本稿のテーマである「セルフケア」について述べます。厚生労働省・独立行政法人労働者健康安全機構(2020)の資料によれば、「セルフケア」とは自分でストレスやメンタルヘルスに対する理解と気づきおよびストレスへの対処を行うことを指します。
図1には、労働者のメンタルヘルスケアにおけるセルフケアの位置づけが記載されています。ご自身のメンタルヘルスを保つ上で、環境的なストレスを自分でコントロールすることは難しい面もあるため、セルフケアの力を高めることが重要です。
本稿では、このセルフケアに森田療法を活かしていただけることを説明したいと思います。
森田療法とは、精神科医の森田正馬先生により1919年開発された神経症(不安症)に有効とされる心理療法です。
本稿では詳細の説明は割愛しますが、不安などのネガティブな感情は、それらを否定するからこそ強まることを森田先生は明らかにしました。<注意と感覚の悪循環(注1)>
また、そういったネガティブな感情は「より良く生きたい」と願う気持ちが強いからこそ生じることも発見し、これを「生の欲望」(注2)と名付けて説明しています。
これらの心理を念頭におき、実際の対処法としては、
①不安などのネガティブな感情は、その時々に生じる自然な感情であり操作できないものなのでこれを否定しないこと。
②ネガティブな感情を抱えながらも「よりよく生きたい」気持ちを大事にしつつ生活の充実を目指すこと。
が重要視されています。
本稿では、日常で生じるさまざまなストレスに対して森田療法の考え方を活用することによって、多くの局面でメンタルヘルスを保つための術を発揮しやすいことを述べたいと思います。
(注1)
森田療法では、「注意と感覚の悪循環」のことを「精神交互作用」という。
森田正馬が唱えた精神交互作用とは、ある感覚に対して、注意を集中すれば、その感覚は鋭敏となり、この感覚鋭敏は、さらにますます注意をその方に固着させ、感覚と注意とがあいまって交互に作用して、その感覚をますます強大にするという精神過程のことである。
(注2)
森田の「生の欲望」は、少なくとも次のような考え方を含めていた。
(1)病気になりたくない、死にたくない、生きたい。
(2)よりよく生きたい、人に軽蔑されたくない、人に認められたい。
(3)知りたい、勉強したい。
(4)偉くなりたい、幸せになりたい。
(5)向上発展したい。
文献:「森田療法」大原健士郎、藍沢鎮雄、岩井寛著(文光堂)
森田正馬(もりた・しょうま):
医学博士、東京慈恵会医科大学精神医学教室初代教授。
若き日に、みずから不安症(神経症)に悩んだ。長じて精神医学者となり、1920年ごろ日本独自の「森田療法」を創始する。いまでは日本森田療法学会があり、「森田療法」は世界的に知られている。
森田療法の考え方が最も適用しやすい真骨頂の領域です。一口に不安といっても、何に対して不安を感じるかは人によります。
たとえば、人前でのプレゼンテーション、試験、スポーツの試合、自らの体調など、不安を感じる対象はさまざまです。そして、多くの方々は、感じた不安さえなければよいパフォーマンスが発揮できたり、健康的な生活を送れると願うでしょう。
その結果、感じている不安からできるだけ気をそらしたり、深呼吸をすることで対処する場合が多いのではないでしょうか。
しかしながら、森田療法の理論から示唆されるように、不安を感じないようにする試みは、かえって不安に注意が向かうきっかけになります。
①この点を踏まえた不安を感じる各種場面でのセルフケアのひとつは「不安を感じるのはしかたがない」と思うことです。
「生の欲望」の考え方からも分かるとおり、不安を感じるということは、その裏には「プレゼンテーションを成功させたい」「試験に合格したい」と願う思いがあるからです。
②そこで、もうひとつの対処法は、「不安を感じながらも目の前の課題に取り組む」ということです。
この点に関係し、「一生懸命目の前の課題に取り組めば、不安を忘れることができるから有効なのですか?」と質問を多く受けます。微妙なさじ加減が求められる部分ですが、先述のように、不安を忘れようとする試みは、かえって不安の感覚を強めます。そのため、物事に取り組む上での前提として「不安が生じているのはやむを得ない」との心構えで臨むことが重要です。
どうか不安が消えてしまうことをあえて願わず、共存の姿勢で不安と付き合っていただければと思います。
「人と話す際に不安を感じやすい」という内容でしたら、前述の1の対処法を試していただければと思います。つまり、「人に対して不安を感じるのは、人と仲良くなりたいからだ」と捉えていただき、不安でも会話を行っていく、という形です。
しかしながら、人間関係の難しい点は、職場であれ、学校であれ、必ずしも気が合う人とだけ付き合えるわけではないことにあります。多くの場合、本音を隠してあたり障りなく会話をし、愛想よく振る舞ったり、ときには相手をおだてたり、あの手この手で円滑な関係を保とうと努力します。
しかし、このような努力は相当なストレスとなり、心身の疲労につながります。ここで森田療法の出番です。森田療法では、不安はその時々の状況によって自然に生じる感情とらえています。
この点を人間関係に当てはめてみますと、気の合わない人とどうしても巡り合ってしまうことも、また自然なことだといえるのではないでしょうか。
そうだとするならば、基本的な心構えとして「気が合わない人がいるのはしょうがない」と、割り切ってしまえばどうでしょうか。
気の合う人とお付き合いができるか否かは、人知の及ばない「ご縁」として捉え、それが叶わなければ「適当に(「適切さ」と「いい加減さ」の両方)」コミュニケーションを取っていく、あるいはその人と距離を取るのです。
不可能な努力はしない、ということを森田療法は伝えていますので、この点を応用していく形です。
皆さんの人間関係を、一度このような観点から見つめ直してみてはいかがでしょうか。
人は、望まずともときに病や事故に遭ってしまいます。その結果、不自由な生活を強いられることがあります。いつ治癒するか、先の見えない不安も感じます。場合によっては、慢性疾患のように完全な治癒が見込めない病や怪我などを抱えることになり、さまざまなネガティブな感情を抱くこともあるかと思います。そのような場合でも、人には「諦められない欲求」、つまり「生の欲望」が潜んでいます。
森田先生の教えを受けた岩井寛医師は、晩年、がんに冒されながらも、最後まで森田療法の神髄を人々に伝えようと、教え子による口述手記の手伝いを借りて書籍を書き上げました(岩井寛(1986)森田療法.講談社現代新書)。
自身の生き様を持って森田療法の神髄を体現されたのです。生きることには、さまざまな困難がそのときどきに立ちはだかります。それが病気や怪我であっても、その事実自体は変えがたいので、その制約を抱えながらもできることを実践していく、
このことがわれわれに与えられた生をまっとうする上で重要なことなのかもしれません。
ここまで、主に身近な日常生活において不安を感じやすい場面を取り上げてきましたが、次からはわれわれの生活に切っても切れない「仕事」をテーマにいくつかのセルフケアに触れてみたいと思います。
仕事に関して離転職を繰り返す中で、自己否定感や焦燥感に苛まれ、メンタルヘルスを崩してしまう場合は少なくありません。そのため、適職に巡り合うことはセルフケアにおいて極めて重要です。
では、適職を考える上で、森田療法の考え方をどのように活かせるでしようか。
森田療法では、「不可能なことはしない」「できることに精力的に取り組む」ことが重要と考えます。
この世の中にはいろいろな仕事があります。営業、製造、研究、技術、事務などさまざまです。これらの業務で求められるスキルもさまざまです。営業であれば、対人コミュニケーションが求められるでしょうし、パソコン系の技術職ではパソコンスキルや集中力の発揮などが求められるでしょう。
一方で、人には適性があります。「努力すればどんなスキルも一定に身に付く」と考える方もおられるかもしれませんが、さまざまな心理相談を担当してきた経験上、生得的な向き不向きは厳然と存在することが現実だと私は考えています。
この点を、森田療法の考え方と絡めて考えますと、いたって月並みな結論にはなりますが、「自分に向いている仕事を選ぶ」ことが重要です。
しかし、この月並みと表現した「向いている仕事」を選ぶことには実は多くの困難が伴います。図2をご覧ください。
右の吹き出しは、自分の適性や興味(=生の欲望)に沿った「現実」の自分のありようです。一方で、左の吹き出しは親の期待、社会的な価値観に即した職業選択に対する思い、すなわち「理想」です。心理学的には「社会的望ましさ」と呼んだりします。森田療法的には「現実」に即した進路選択が重要であることは言うまでもありません。
しかし、このような「社会的望ましさ」が人が生きていく中で意識的・無意識的に私達の心に住み着いてしまうことがあるのです。このような「社会的望ましさ」に即した職業選択は、ときに本来の自分にとっては無理がかかったものである場合や、自分の興味関心とは異なる場合が少なくありません。
そのため、皆さんにおいては、自分が今行っている仕事やこれから探そうとしている仕事が、真に自分の適性や欲求に即しているのか否か、丁寧に自己分析をしてみてください。
そこに大きなずれがあり、理想に寄った考えが強い場合は、勇気をもって現実を選び取る形で適職をつかみ取って欲しいと思います。
このように考えると、セルフケアの実現には、社会的な圧力や人からの期待に目もくれず、わが道を進む勇気が求められることも見えてきます。
「言うは易く行うは難し」かもしれませんが、自分らしい生き方を貫くことこそがセルフケアの究極の目標だと考えれば、避けてはとおれない道なのではないでしょうか。
職場の人間関係は「仕事を介した関係性」であることが、職場外での人間関係とは大きく異なる点です。つまり、同僚と仕事が円滑に行える関係にあることが、良好な人間関係の前提条件といっても差し支えないでしょう。ここにまた難しさが潜んでいます。
それは、誰しもが自分の望むような仕事の進め方をしてくれるわけではない、ということです。世代間ギャップがあり、若いスタッフの仕事に向かう姿勢に真剣味を感じない、という慣りを感じる方もいるでしょう。この点は、ときに不満やイライラを生み、感情が最高潮に高まった場合は、意図の有無はともあれ、ハラスメント的な言動につながってしまい、同僚や部下から突き上げられる場合もありえます。
それでは、このような状況にどのように向き合えばよいでしょうか?ここでもまた森田療法を参考にしてみましょう。
自分の言動は変えられますが、他者の言動は変えられません。森田療法的には、これがあるがままの事実と捉えます。
もちろん、ある程度の教育によって仕事のスキルを伸ばせる面はあるとしても、前述の通り、人には厳然と適性が存在します。
よって、仕事を思うようにこなしてくれない同僚に出会った場合は、必要な教育を淡々と行い、それでも改善が見られなければ、少々冷たいかもしれませんが「そういう人だ」と受け入れることをお勧めします。
また、多少真剣味が足りないスタッフがいたとしても、その人なりの仕事への向き合い方があり、それを受け入れるしかありません。
自らの感情が操作できないことと同様に、人のありようも操作できないからです。その上で、その人に頼らずに自分で仕事をこなせば仕事が進むのであれば、自分の仕事に集中すること、また、自分ができることとして余暇をしっかりと楽しむことなどがセルフケアになるでしょう。
反面、苦手が目立つスタッフがいるとしても、特定の作業であれば問題なくこなせる場合も少なくありません。その場合は、職場が望む最大限のパフォーマンスの発揮とはいかないですが、
彼らに適職を配分することで業務に取り組むことができるようになるかもしれません。
仮に、その一人のスタッフの不出来によって職場全体が不利益を被る割合が強い場合は、厳しい見方になりますが、根拠にもとづきその方により合った部署への異動を促すことも一案となりえます。
もちろん、ハラスメント的に部署を追い出すことには厳に慎むべきですが。これらのあらゆる可能な努力を尽くしてもどうにもならない現状があるならば、自分のために転職を考えましょう。
ここまで、森田療法の考え方を活かしたセルフケアについて、さまざまな日常生活場面や職業場面に即してお伝えしてきました。
森田療法の考え方は一見シンプルではありますが、「生じた気持ちはすべて自然なことなので否定しない」「できないことはせず、できること、したいことに邁進する」ことを徹底的に貫く生き方を推奨しています。
このような生き方が実践できると、多くの方はメンタルヘルスが向上し、自分らしい生き方が実現できます。この世に存在するさまざまな「しがらみ」に触れつつも、自らに潜む「生の欲望」を開花させていくことこそが重要なセルフケアになることを最後に強調したいと思います。
本稿が皆さまのセルフケアへの一助となることを願っております。
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