笑うと健康になる。生活の中に笑いを取り入れ、前向きに生きることを提唱する「生きがい療法」の伊丹仁郎先生が、森田正馬賞を受賞された。
今号は栄えある受賞を記念して、本年10月、日本森田療法学会で発表された記念講演を特集します。
私は1980年頃より、ガンに対する心理社会的な側面からの治療学サイコ・オンコロジー(精神腫瘍学)という領域に関心を持つようになりました。試行錯誤を続けるうち、森田療法に出会い、主としてガン・難病の方々を対象とした、「生きがい療法」とよぶ、心理・生活療法の試みを続けてまいりました。
当時、直腸ガンの手術を受けられたばかりの、激しい死の恐怖におびえる主婦の方の様子が、強迫性障害の症状に酷似していることに気づいた。早速、外来森田療法を試みたところ、大変効果的で、約3ヶ月後には、主婦としての普通の生活へと回復されることができたのです。
私は後に、森田先生が「人間がすでに物心がつけば、病を気にし、死を恐れることは、人情の当然のことである。あたかも、この当然のことを、自ら感じ思わないように、平気になろうと苦しむのが強迫観念である」「強迫観念の治療法は、同時に、この『生老病死』の四苦の解脱にも役立とうかと思うのであります」と述べられていることを知り、この主婦の方の体験そのものをさしていることに、強い感銘を受けたものでした。
「生きがい療法」そのものを森田療法のキーワードで表現するとどうなるでしょうか?
私は『日々是好日』がぴったりではないかと思います。
森田先生は「あらん限りの力で、生き抜こうとする希望、その希望の閃きこそ、『日々是好日』なのである。・・・・・如何なる時も、死ぬまで、憧れと・欲望とに引きづられて、前へ前へと追い立てられるのが、それが即ち私の『日々是好日』である」と述べています。その点で森田療法的な死へ の対処は、ホスピス的な諦めや死の受容とは異なるといえるでしょう。
近年、日本の医療現場で、根治できないとされる進行ガン、再発ガンの人々に対して、手を尽くした治療が行われず、人命軽視の扱いをうける「ガン難民」と呼ばれる人々が増えていると言われます。したがって、ガン闘病中の人々は、あくまで生き抜くことに執着する「日々是好日」の精神が必要な状況に置かれているといえるでしょう。
さて、「生きがい療法」は全国どこにいても実行可能なセルフサービスによる心理・生活療法を目指しております。その習得を希望する人は、個人加入制の学習団体「生きがい療法実践会」に登録することによって、その体系を学ぶことが可能です。
また、希望する会員は協力医や協力心理士による通信助言を受けることもできます。生きがい療法の内容は主として、4本の柱を中心に行っております。
「体験学習」では、おのおの自分の生きがいに取り組んでいただいたり、一つの目標を集団で取り組む「ペイント・フェスタ」「一日教授体験」と呼ばれる活動も不定期に行っており、希望する人が参加できます。登山をすることもあります。1987年にはガン闘病者の方々とヨーロッパアルプス最高峰のモンブランに登山しました。
※この出来事は新聞・TVで国内外に広く報道され、全国の病気闘病中の人々から沢山のお便りが寄せられました。闘病者7人方々の体験学習に過ぎなかったわけですが、結果的に全国無数々の間接的な体験学習となったことが窺われました。マスコミの一部からは「ガン患者が危険な登山をするのは暴挙である」との批判もありました。しかし、健康な時も病気の時も、今日一日の時間と生きる目的は同じであります。19年後の現在、登山された7人のうち、5人の方はお元気で、毎日ボランティア活動、スポーツ、趣味などで多忙に過ごされています。
こうした旅行やアウトドア活動に参加した人々の感想は「日頃の生活を離れて広い世界を体験したり、さまざまな困難を乗り越えて旅から帰ってくると、なぜか生きる意欲が大幅に大きくなっていた」という点に集約できるように思われます。
森田先生は治療方法の一つとして「旅行」をあげ、入院森田療法の後、社会復帰の一助となる方法と位置づけられておられたようです。そして、形外会活動においても何度もピクニックや一泊旅行などのアウトドア活動が取り組まれていました。森田先生ご自身も旅行や登山がお好きだったようで、富士登山を2回体験されています。また、その講話の中でもアウトドア活動の意義が語られています。すなわち、「我々の生命の喜びは、常に自分の力の発揮にある。……富士登山を遂げて歩けないほど足が痛くなったとしても……喜びと誇りを感ずるのは『努力即幸福』という心境である」
このように、登山やアウトドア活動が森田療法的生活法の体験的学習になることを指摘されています。森田先生が治療技法として採用されていたアウトドア体験学習については、現在の森田療法においては意外に注目されていないかに思われます。今後この方面の研究と治療への導入も見直される必要があろうかと考えます。
本年3月には第2回ガン患者大集会が開催され、現在のおざなりなガン医療の改革を求めて、約2500人もの関係者が参加いたしました。ガン闘病中の人々が、ガン医療をめぐる非人道的な側面に対し抗議し、変革してゆくのも森田療法の精神の発揮であるように思います。
さて、私どもは、「生きがい療法」がガン闘病中の人に、どのように役立っているかを知るため、本年8月時点で過去1年間の「生きがい療法」の利用者に、郵便で無記名のアンケート調査を行いました(対象者425人中、有効回答182人、うちガンなどの闘病者139人)。
ビジュアル・アナログスケール法(VAS法)によって、現在の生きがいレベルの測定を試みたところ、……有効回答119人分を一つのスケール上にまとめた結果、生きがいレベルが50%ないしそれ以上の人が8割近く、生きがいレベルが75%以上の人が半数を占め、さらに現在が人生最高のレベルと回答した人は119人中19人にのぼりました。この療法が生きがいを高めるのに、一定の役割を果たしていることを窺わせました。
さて、生きがいを持つことがQOLを高めるという効果については、すでに多くの知見があり言をまちませんが、最近生きがいがもたらす身体的効果についても研究されています。
近年、精神免疫学などの研究により、ストレスやうつ状態が免疫能低下をもたらすことが明らかとなっていますが、逆に精神高揚をもたらす生きがいなどは、自然治癒力増強により、ガン抑制的に働く可能性も示唆されます。
サイコ・オンコロジー領域において、心理療法とガン予後との関係については……米国スタンフォード大のスピーゲルらの研究、UCLAのフォージーらの研究やドイツでのクッフラーらの研究など代表的な3つの研究があります。
こうしたデータからの推測の域はでませんが、森田療法を応用した心理・生活療法も、ガン患者の予後に好ましい影響を及ぼす可能性も示唆されるところです。
森田先生は1935年の著作の中で「神経質のこの忍耐力の強いということは、神経質の最も大なる長所で、生の欲望が盛んで、生命力の強い証拠である。そのために神経質は、チフスとか肺病とうかいう時にも……ずいぶん重症の場合でも、よくこれに耐えて、治ることの多いことが著明である」と記されています。
サイコ・オンコロジーの研究が米国で始まる実に40年も前に、精神活動が身体疾患の治療効果に好ましい影響を及ぼしうることを指摘されていたわけで、森田先生のこの先見性には、ただただ驚くばかりです。
近年、ガンは日本人の死因のトップの座を占め、人生を脅かす重大な疾患となっています。一方ではインフォームドコンセントが社会常識となったことによって、ガンに伴う不安・死の恐怖への対処法への、社会的ニーズは急速に高まっています。
不安や死の恐怖への優れた心理学的解決指針をもつ森田療法は、サイコ・オンコロジーの領域においても多大な貢献をなしうる可能性があると考えられます。
生きがい療法実践会
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