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メンタルニュース

メンタルニュース NO.34

「インターネット相談室・体験フォーラム」のご案内

1.news

I. 体験フォーラムとは

当財団のホームページにある会員制掲示板「体験フォーラム」は、1998年4月に開設されたインターネット相談室です。開設時から順調に会員数を伸ばし、現在では、2,773人(2016年3月末)に達しています。(図)
 この掲示板の特徴は、神経症(不安症)に悩む人またはこれを森田療法で克服した人のみを対象にしており、相互扶助形式によるアドバイスが日々活発に行われていることです。 会員の症状は、普通神経症、不安神経症、パニック症、強迫症、社交不安症、うつ病など、様々な症状をもつ人びとが入会しています。最近では特に女性の入会割合が多く、男女の割合は、男性が42.2%、女性が57.6%となっています。年齢では、30〜40代が最も多く、65%程度を占めています。職業では、会社員が33.1%と最も多く、主婦18.4%、無職12.6%、学生10.3%となっています。
2.グラフ また入会した会員の症状別タイプの割合では、最も多いのが強迫神経症で35.1%、次いで不安神経症で32.9%、普通神経症の16.1%、その他の15.9%という順になっています。

II. 体験フォーラムの特徴

1.参加資格は神経症(不安症)に悩む方または克服体験者のみ

当掲示板の最も大きな特徴は参加資格を厳格にして、心の問題に対して真摯に話しあい、相談し、アドバイスしあえる環境を提供することです。遊び半分や批判、中傷を目的として入会するような人を極力排除するために、今現在心の問題で悩んでいる人もしくは克服した人のみが入会できるよう細心の注意を払っています。
したがって、入会登録時にその人の名前や生年月日、住所、電話番号、メールアドレスなど個人の基本情報を入力してもらうとともに、実際の悩みの内容を書いてもらい、この掲示板の主旨と合致するか、森田療法の適用範囲かどうかを審査し、見極めて入会承認しています。
こうした審査項目の厳格化により、入会時のハードルは高くなりますが、かえってこれが本当に悩み、克服したい意思があるかどうかの判断材料にもなっています。
おかげさまで、開設から18年を経た今も会員数は年々増加し、安心・安全に運営されています。

2.各グループ別(部屋別)掲示板

体験フォーラムの会員は、入会時にその悩みの内容から4つのグループに分かれて入会してもらいます。
4つのグループとは、普通神経症、不安神経症、強迫神経症、その他(うつ等)です。グループ分けをしたのは、同じ悩みを持つ会員同士が意見交換をしやすいように配慮したためです。もちろん会員は自分の所属するグループ以外の会員の意見も読むことができますし、意見を発信することもできます。ただ、普段の質問や新しい発言は自分が所属するグループの掲示板で発言することが基本となっているだけです。
一般的に神経質者は、自己中心的になりがちですので、自分とは症状の異なる人の意見をあまり参考にしない(読まない)傾向にありますが、掲示板ではできるだけ客観的な視点に立って他人の意見を読み、発言することで、自らの症状に対する見方や気づきを得られるのです。このような視野の拡大も、回復に寄与していると思われます。

3.モニターシステムの採用

体験フォーラムは、個人会員への単なる批判や中傷、あるいは個人の営業行為にあたるPRなどの掲載を防ぐために、発言内容の事前チェック制度(モニターシステム)を採用しています。これは会員が発言した内容を掲示板に直接反映させずに、管理者がその内容を事前に確認する仕組みです。そして内容に問題がなければ、掲示板に反映させています。
発言内容が掲示板に反映されるまでに、若干のタイムラグがあるのが短所ですが、不真面目な書き込みや個人的な勧誘、アピールなどを事前に排除でき、場合によってはそのような行為を続ける会員は利用停止にすることもできますので、安心して掲示板を活用することができます。

4.ニックネームとSSL(暗号化送受信)の活用によるプライバシーの保護

入会した会員にとって最も気になるのは個人のプライバシー保護の問題です。当掲示板では、会員はすべてニックネームで意見交換し、原則として会員同士のメール交換や直接のやり取りを禁止しています。また発信した意見はすべて暗号化されていますので、万が一他人に傍受されても内容が読み取られないようセキュリティーを確保しています。また退会後には、会員情報はデータベースから削除される仕組みとなっています。

5.専門医によるアドバイス

体験フォーラムは、森田療法の中心拠点である東京慈恵会医科大学精神神経科のご協力のもと、月1回、会員向けにアドバイスを掲載しています。専門医には交代制で掲示板の内容を読んでいただいたうえで、各グループ(普通/強迫/不安/その他)の会員個人または複数の会員向けにコメントしていただき、その内容を掲示板に掲載しています(※体験フォーラムの専門医コメント例を参照)。
管理者や他の会員と意見交換をしつつ、毎月更新される専門家によるアドバイスを参考にすることが回復への足がかりとなります。

6.オフ会の実施(不定期)

普段は掲示板の中での意見交換やアドバイスが中心になる体験フォーラムですが、年に数回を目安に、会員同士が直接集まって勉強会をしたり、意見交換、親睦をはかるオフ会も実施しています。
会員は全国にいるため、不定期ですが、各地域で会員同士が日時を調整し、当方の事務局も加わって開催しています。これまで東京や大阪、広島などでオフ会を開催してきました。今後も会員同士での自主的な盛り上がりを契機にしたオフ会開催が期待されます。

III. 入会方法と掲示板の内容

体験フォーラムを利用する(無料)ためには、まず会員登録が必要となります。会員登録の際にはご利用方法や注意書き、会員規則(ルール)を読み、これに同意をしたうえで、会員情報の登録フォームに必要項目を記入し、最後に現在の悩みの内容を400文字以内で書き込んで送信してもらいます。それを事務局の管理者が内容確認のうえ、森田療法の適応可能性を審査し、問題がなければ入会となります。
また先ほども述べたように、当掲示板は、審査承認する際に、入会者の悩みの内容を把握したうえで、4つのグループ(普通神経症/強迫神経症/不安神経症/その他)のいずれかに所属分類し、各グループの掲示板へと誘導します。
それぞれのグループの対象者や症状の違いは以下のようになっています。

<各グループの対象者と症状例>

(1)普通神経症の掲示板

正常に機能しているのに、心身のわずかな違和感や不快感などを病的に思い、そこに意識が集中して注意が集まり症状が発症するグループ。
3.イラストA (症状例)
・不眠、めまい、頭痛
・耳鳴り、肩こり、ふるえ
・心臓の違和感、しびれ
・書痙(字を書く時に震える)
・胃腸神経症、疲労感など

(2)強迫神経症の掲示板

ある特定の観念に恐怖しながら、それを打ち消そうとして心の葛藤(強迫観念)が生じる。また悪化すると安心を得るために打ち消す行為(強迫行為)を伴う症状が発症するグループ。
4.イラストB (症状例)
・対人恐怖、赤面恐怖、外出恐怖などの社交恐怖症
・不潔恐怖、確認恐怖、縁起恐怖、不完全恐怖、加害恐怖などの強迫観念と強迫行為
・その他、雑念恐怖、尖端恐怖など

(3)不安神経症の掲示板

急激におそってくる不安発作などを主症状に、心悸亢進や過呼吸などの一時的な症状を伴い救急車などで病院に行くこともあるグループ。
5.イラストC (症状例)
・心臓神経症
・乗物恐怖症
※発作中(パニック発作)は、
・心悸亢進、めまい、呼吸困難、頻脈、震え、発汗などの症状を伴う

(4)その他神経症の掲示板

最近急増するうつ病や躁うつ病などを中心に、(1)から(3)とは異なる症状や悩みのグループ。
6.イラストD (症状例)
・うつ病、躁うつ病、抑うつ神経症
・離人症
・燃え尽き症候群 ほか

IV. 体験フォーラム会員の克服体験例

体験フォーラムには数多くの会員がおり、フォーラムを通して神経症や不安症を克服されていった方も多くおられます。その中でご本人の承諾のもと、ご自分の克服体験記を書いてくださったものを紹介します。なお、紙面の関係上、掲載文は一部の抜粋と整理したものですのでご了承ください。

<克服体験記(1)>

「神経質は自分の一部」
森田療法から学んで、抑うつ感と不安のとらわれから脱し、積極的に生きる!

・名前:Aさん
・年齢:40代
・職業:会社員
・症状:抑うつ感、不安神経症

(入会時のコメント)

ここ数年来、精神的なエネルギーが低下し、日常の些細でよくあるような厄介事ですぐ不安にとらわれ、うつ的な気分に陥り、行動ができなくなります。きっかけはここ数年前の2度の転機だと思います。特に人との交流がおっくうで、雑談や公式な会話も含めコミュニケーションもままならない時があります。以前は顧客のA室長やB部長、社内上司からの信頼を得ていたと自負しますが、今のパフォーマンスでは、顧客や上司との信頼を失くしたように感じ、自信が持てません。(顧客や上司から以前にはあり得なかった叱られ方をするようになりました)
7.イラストE そのため、会社では覇気がなく、周りには「ひどく疲れている」という印象を与えているようです。(職場で複数の方にそのように言われました)
私は、漠然とした抑うつ感と不安のとらわれから脱し、積極的に行動したいと願っています。そのため「あるがまま」「目的本位」を重視する森田療法を実践したいと思っています。

1.精神的な不調のはじまり

初めて精神的な不調を感じたのはX年の冬頃だったと思います。
当時私はエンジニアとして一線で働いていました。顧客や上司からの信頼も実感しており、やりがいを感じて仕事に邁進していました。そのような中、リーダーに昇進することになりました。私自身ますますやりがいに燃え、また昇進後の責任も受け止める自信にあふれていました。昇進後、20数名を部下に、グループ運営の方針を決め、計画し、最適な要員配置とメンバーの業務遂行管理が私の仕事となりました。
昇進して3カ月が過ぎ、いまひとつ私の想いが結果につながらないことに焦りを感じ始めました。そしてX年の冬頃のことです。顧客室長や上司、部長などに呼び出され、成果が出ないことを叱責され、自分の不甲斐なさに失望し続けていました。
「今に見ていろ、いつかきっと成果を見せつけてやる」と、その想いは非常に強いものでしたが、その想いとは裏腹に、成果はますます遠ざかり、時間ばかりが過ぎていくのでした。そして結果は、私がプロジェクトから外されてしまいました。
今思えば、私は顧客、上司、メンバーに求められていたことを黙殺し、私のやりたいことを実行しようとしていました。当時は誰にも理解されずとも、いずれ結果で納得させればよいと思っていました。完全に一人よがりでした。まさしく、自分の理想と現実の自分が一致しない、自分の内々に注意が集中し、あけくれて、求められる行動をしない…神経質の特性が悪い方に出た典型例だったと思います。

2.転勤による2度目の転機

私は職場の問題をやりっ放しにし、逃げるように転勤することになりました。X+1年冬に転勤しました。これが2度目の転機です。
ところが、半年を過ぎる頃、だんだんと人間関係に悩むようになりました。私はエンジニアでしたが、C氏(私の1年先輩)と協力して業務を推進していく必要がありましたが、C氏は私のことをよく思っていないらしく、私を露骨に無視したり罵倒したりしました。C氏の上司や同僚にも相談しましたが、結局のところ事態は変わりませんでした。そして再び成果をあげることができなくなりました。
前任地でも失敗しているし、これはやはり私個人の人間性に問題があるのだと思い、それを直すために、X+2年の夏からカウンセリングを受けました。ところが、カウンセラーは私の人間性の問題を指摘することはなく、ストレスを客観視し、受け流せるように指導しました。その後、X+3年の夏からは、再び精神科に通うようになり、カウンセラーを切り替えたりしましたが、ここでも私の人間性に触れることはなく、やはり自分の感情を客観視するような指導を受けました。X+4年頃より認知行動療法を独学し実践してみましたが、論理で気分をコントロールするこの方法は、納得できるときは効果があるものの、自分でも根拠のはっきりしないときの感情のコントロールは独学では難しいものでした。結局、いずれの心理療法にも失敗しました。X+7年の9月頃まではさまざまな心理療法を試しました。そして最後に、森田療法が目にとまり、X+7年9月末に体験フォーラムに参加したのです。

3.森田療法に出会い、森田先生の生き方から学び、体得から得られた納得

森田療法を勉強すると、どうも、沸き起こる感情をそのままに、眼の前のことに集中しなさいということだろうと思いました。しかし、いまひとつ納得感がありません。感情は放っておいて、眼の前の行動を心がけても楽にはならない。それでもこれまでよりは行動できるようにはなっていました。このようなもやもやを払拭したく、体験フォーラムの中で、日記療法に取り組み、指導してもらいました。管理人さんを始め会員の皆さんから、森田先生の書籍からの引用や、気づきをコメントしてもらいました。森田療法に出てくる言葉はある程度覚えてはいました。ですが、日記を活用していくと、それがいかに頭だけの理解だったかということを思い知らされました。
だんだんと森田療法という治療法を単に学ぶのではなく、森田先生の生き方そのものを学んでいるのだと気づきました。私の場合、「あるがまま」とか「境遇に従順」とか言葉から先に覚えると、勘違いのもとでした。ある程度体感したのち、この状態を「あるがまま」というのか、「境遇に従順」というのかと、自分が感じた感覚を言葉でいうとそうなるのか…ということに日記指導を通じて初めて気づいたのです。
X年冬から森田先生の教えに出会うまで、ずっと、「仕事で成功することで負の連鎖を断ち切らねばならぬ、そのためには生き生きと仕事をしていかねばならぬ」と固く信じてきました。ところが、思い返すとこれは、森田先生のおっしゃる「循環論理」であり、「思想の矛盾」だったのだと振り返ることができます。
森田先生の教えを学んで、劇的に何か変わったということはありません。ただ、以前のように無理して現実を敵に回すことはしなくなりました。これは決して諦観ではありません。いろいろな意味で、自分が今できることに集中するという感覚です。私は自分の神経質とともに、これからの人生を切り開いていく所存です。

<克服体験記(2)>

「神経質は病気ではない」
森田療法の実践から学ぶ本当の生き方

・名前:Bさん
・年齢:30代
・職業:自営業
・症状:動悸、嘔吐恐怖、自殺恐怖、不安神経症

(入会時のコメント)

私は30代女性です。小学生の頃、緊張したあと胸が苦しくなったのをきっかけに、いつも自分の身体についての不安感を持っていました。思春期の頃から心のほうに目が向き始め、高校の時、下級生が自殺したのをきっかけに、自殺恐怖に陥ってしまいました。吐き気恐怖にもなり、人前では食事ができなくなりました。その後、大学に入り、社会に出るのが怖くて大学院に進み、なんとか公務員になりました。結婚、出産、離婚を経ていまは実家で子どもと一緒に住んでいます。一昨年、母とのトラブルで憂うつ気分、不安感が強くなり、初めて心療内科に行きました。今は、森田療法のメールカウンセリングを受けています。生活は普通にできるようになりましたが、今、現実が何かわからないような、おかしな感覚になっています。これもカウンセラーの先生によると、神経症による「とらわれ」ということなのですが、これがしつこくつきまとい、悩んでおります。

1.神経症の発症の背景

私は父、母、弟、娘の5人家族です。父は気が小さい方ですが、呑気でどこでも寝てしまうような性格の人です。母は筋金入りの神経質人間です。小さいことがいちいち気になり、ストレスになる。攻撃的な性格で、誰とでもよく大喧嘩をします。私は、母の神経質に父の呑気さを少し持つ性格だと思っています。ただ、母のような攻撃性はなく、できるだけ争いは避けたい性格です。
そんな私が自分の神経質性格に執着し始めたのは、小学校高学年の頃。4歳からピアノを習い始め、毎年発表会に出ていたのですが、5年生の頃、発表会終了後、動悸がいつまでも残ることに気づいたのです。自分は心臓が悪いのではないだろうか。でも、そのことを誰かに相談もできず、苦しい思いでした。ただ、負けず嫌いの目立ちたがり屋で、代表でピアノを弾く機会があれば、絶対自分がやらないと気がすまない性格でした。
8.イラストF

2.嘔吐恐怖、自殺恐怖など次々に神経症を発症する青年期から結婚まで

その頃から神経質による身体の症状が増えてきました。クラスメイトが脳貧血で倒れるとそのことが気になったり、映画で主人公が泣きわめく場面を観ると大声で叫んでしまいそうになります。この頃から身体の不調を母に話すようになりました。母は神経質ですが、私のように自己内省性は乏しく、気持ちを分かってはもらえませんでした。私は自分の不調の原因を、うすうす気づいていたのです。自分で作り出しているということを。
また中学では、うどんが喉につかえてから嘔吐恐怖となり、大人まで続きました。高校生の時には友だちの自殺から、自分も自殺するのでは?という恐怖にかられ、学校でそれを思い出してはめまいがして、ろくに授業を受けられなくなりました。それ以降、成績も急降下して、国立大学志望をあきらめ、短大に入りました。短大生活は短いもので2年経つとみんな就職活動を始めます。私は社会で働くという恐怖を克服できず、4年生大学への編入から大学院へと進学しました。ずっと母に過保護で育てられた私は、自分でお金を稼ぐ、ということすら恐怖だったのです。しかし大学生活の中で、初めてアルバイトを経験しました。それをきっかけにいくつかのアルバイト経験をし、少しずつ人前に出ることができるようになりました。それを契機に大学院卒業後は、なんとか郵便局に就職し、それから人並みに仕事をこなして、この頃から嘔吐恐怖や自殺恐怖などは忘れるようになっていました。
その後、同僚と結婚、出産を迎え、ストレスが溜まると憂うつになりましたが、なんとかだましだまし生活をしていました。結婚後は、実家の近くに住んだのですが、母親と夫の仲が悪く仲違いから、結果、離婚してしまいました。小さい頃から何でも母の言うとおりに生きてきた私ですから、結局私が選んだのは母のほうでした。

3.娘の学校生活が一段落した時、急な不安が襲いかかり、不眠症に

私は離婚してからすぐ、郵便局を退職し、一人で自営業を始めました。この頃娘が幼稚園通いで、神経質な娘の性格もあって、登園拒否などトラブル続きで、母親との意見の衝突もあり、心身ともに疲労こんぱいでしたが、卒園後、小学生になるなり、今までとはうって変わり、娘は喜んで学校に通うようになりました。私も、肩の荷がいっぺんに下りたようで、本当にほっとしたものです。
ところが、気が抜けた瞬間、これまでにない不安感に襲われるようになってしまったのです。今までだましだまし生きてきた神経質人生に、大きな壁が立ちはだかってしまった時期でした。夜、なんだかイライラして寝付けない。夜中まで起きているとなんとも言えない不安感が襲ってくるのです。
そのうち、自分の店で、お客様との接客や知り合いが訪ねてきた時に、気が滅入るようになってきました。頭痛がして、もう何をしゃべっているのかもわからない状態です。母に相談し、しばらく休業することにしました。家で寝たり起きたりの生活。神経症の症状が進むには絶好の環境です。私は毎日、手帳に自分の症状を書き込むようになり、症状をどんどん増やしていきました。そのうち、今までもう忘れかけていた「自殺恐怖」も復活してきました。「自分は死にたい気分になっている、死んでしまうのだ。」そんな恐怖と闘っていました。

4.森田療法を思い出し、財団の体験フォーラムと出会う

私は大学院の時、少しだけ森田療法について心理学で学び、知っていました。そして症状をなくしたい一心でいろいろ検索していると、どうしても森田療法がヒットします。森田療法にヒットさせるように自分で仕向けていた、というほうが正しいかもしれません。なぜなら森田療法では「神経質は病気ではない」というフレーズがたくさん出てくるから。そう、私はどこかで自分が病気ではない、ということを悟っていたのだと思うのです。
寝たり起きたりの生活も10カ月を迎えていました。子育てより自分のことに必死の超自己中心的生活。この頃、ネットで知った森田療法のメールカウンセリングを受け始めました。そして主治医もたまたま変わり、「僕は森田療法を積極的に推進してるわけじゃないけれど、この療法の素晴らしいところは、症状をすべて受け入れるところだよ。あなたも森田療法をやりたいということは、自分の症状の原因についてうすうすわかってるんじゃないかな」と言われました。そんな中、たくさんの検索結果から岡本記念財団のページを見つけました。そしてパソコンを買い、念願の体験フォーラムに入会することに。そうしたら同じような仲間のなんと多いことか。そして管理人さんからの直々の返信も頂きました。
見た目には普通の生活を送っていましたが、まだまだ私の中では不安な気持ちが抜け切れていませんでした。まだ、「どうすれば安心を得られるか」ということに執着していたのです。また。この頃は自分が「うつ病」ではないかという恐怖と闘っていました。たびたび発作のように恐怖感が噴き出して、どうにもならない感情におびえていました。

5.体験フォーラムで日記指導を受けて、健康人らしく振る舞う

そんな中で、体験フォーラム内で日記指導が始まりました。私はここぞとばかりに自分の症状を書き込みました。そして管理人さんや仲間たちの同情を期待し、毎日返事を待っていました。でも、管理人さんの回答はいつも厳しかったのです。「症状を書き込んで同情を得たいのはわかりますが、自分の行動に着目しましょう」という回答でした。そう、神経症は病気でもなんでもないのだから、こんなことここに書いたってしょうがない、治りたけりゃ症状のことを自慢するのはやめなさい、ということです。
 その一言で私は変わりました。そう、安心なんて得られやしない、どこに行ったって不安だらけなんだ。うつ病、確かに怖い、もしかしたら私もなるかもしれない、絶対大丈夫、ということはないんだ。ただ、怖いと思いながらしぶしぶ生きるしかないんだ、と悟りました。
 それからは、自分の症状を一切書かなくなりました。症状はどんどん出てきます。もう仕事には復帰していたけれど、ふとした瞬間に突然恐怖に襲われる。管理人さんに相談したい。でもどうせ答えはわかってる。もうやけくそで、フォーラムでは健康人のふりをしていました。心の中では泣きそうなのに、偉そうに他の仲間に「症状を書くのはやめて、健康人のふりだけでもしましょう」なんて指導までしてしまう私。でも、それが克服への近道だったのです。そんな書き込みを見て管理人さんが「そろそろ克服宣言を」とおっしゃいました。心では「まだ早い」と思いながら、また、そうすることでなんだかまた不安感がぶり返しそうになりながら、でもそれが私の一番の欲望だとわかっていたから、思い切ってみなさんの前で克服宣言をしてしまいました。日記療法を始めてからわずか19日間でした。

宣言したからといって何か変わったかというと、実は何も変わっていません。相変わらずびくびくしている性格とか病気に対する不安とか、ちゃんと備わっています。いや、神経症は病気ではないから、変わるわけないんです。前より良くなった、とか治ったとかいうんだったら、それはやっぱり病気なんじゃないかと。
ただし、周りから見て、行動的になったとはよく言われます。今までは、何かをやる前に「○○したらこうなるんじゃないか」とか、自分の中で空想し、勝手に答えを出してしまい、結局何もしないことが多かった私。でも、考えながらとりあえず手を出してみるようになりました。仕事で初めての取引先に電話する時、「○○って言われたらどうしよう」とか不安がよぎります。でも、とりあえずダイヤルしてしまう。相手が出てしまった電話を切るわけにもいかず、しょうがなしに話をしているうちに、なんだかんだと前に進み商談成立となるわけです。

6.実は人が大好きな私。これからもっと新しい出会いを広げていきたい

今、洋服店をやめて新しくお菓子のお店をやっています。出荷先の店長さんが、私をいろんなところに紹介してくださいます。私が住んでいる市の市役所から、地産地消応援店の認定を受けることができ、市内のいろいろなイベントにひっぱりだこ。あっという間に人脈が広がりました。昔、人に会うと気が滅入って憂うつになっていました。自分は人に会う仕事は向いていない、母からも「あまり人前には出ないほうがいい」と言われていました。でも、「本当は人が大好き!いろんな出会いが大好き!!もっともっといろんな人に出会っていきたい」、今はそう思います。

V. 体験フォーラムの専門医コメント例

体験フォーラムでは、東京慈恵会医科大学精神神経科の協力を得て、月1回専門医による会員へのアドバイス・コメントを掲載しています。
現在、10名の専門医の先生に交替制で掲示板を閲覧していただき、直接会員へのメッセージを各部屋別にいただき、掲載しています。以下、そのコメント例を紹介します。

<普通神経症の部屋のコメント例>

「身体の不調が死の恐怖と結びつく」2016.5

矢野勝治先生(東京慈恵会医科大学附属第三病院・診療医員)

9.矢野先生

 Aさんが長い間 身体の不調と不安で困っています。ふらつき・胃腸の不具合・胸の締め付け感などの身体症状があり、これまでにいろいろな医療機関で検査されたようですが特に異常の指摘も受けず、不安神経症や自律神経失調症と言われてきたとのことです。また、「身体症状=死」と結びつけて考えることが一番困るとのことです。文面からは心気障害ではないかと思います。気分屋・自己中心的と書かれているのは「自分が気にすることは気にする」という神経質の性格を言われているように感じます。
Aさんのように検査しても特に異常を指摘されない方の中には、身体が常に万全の状態でありたい、健康でありたい思いが強いゆえに、どこか悪いことがあるのではないかと身体の小さな変化に敏感になり、そのために身体の小さな症状をも拾ってしまう。さらに神経質の心性から症状に焦点を当ててしまうために不調の感覚を強めてしまう方がいます。
身体の症状について検査でどこも悪くないと言われても「やはりどこか悪いのではないか」という思いはありますか?思いはあるがこれまで調べて来ても異常はないのだから大丈夫なのだろうという思いでしょうか?もし前者であれば、症状を気にすることがさらに症状を強めることに繋がりますので、症状を追いかけることをやめてみましょう。そうすることが<どこか悪いところがないかを探す><不調の感覚を強める>ことから離れる姿勢を身につける一歩になると考えます。さらにそのことに思い悩んでいたエネルギーを、その分自分らしく生活できるように使えるようになれればしめたものです。頑張ってください。

<強迫神経症の部屋のコメント例>

「もしも〜の不安とどう付き合うか」2013.4

久保田幹子先生(森田療法センター・臨床心理士長)

10.久保田先生

Kさんは強迫性障害に悩んでいるとのことでした。きっかけは健康診断のコレステロール値が気になったことでしたが、その後、何もしていないのに疑われるのではないか、運転中に交通取り締まりだったのではないかといった不安にさいなまれるのが辛いとのことでした。こうした不安は、私たちも感じることがあると思いますが、Kさんの場合はそうした考えにかなり振り回されてしまっているのでしょう。ここで確認しておきたいのは、そうした考えや不安が生じた時に、Kさんがどのように対処しているかです。
書き込みによれば、仕事はできており、気分が紛れることもあるとのことですが、気になることが浮かんだ時にそれを打ち消す、あるいは大丈夫だと納得するために何か確認や行為をしているのでしょうか?
もし、確認行為をしていたとしたら、そうした行為で安心するのは一時的なものであり、すぐにまた疑念や不安が生じてきているはずです。あるいは、その時には納得しても、次の時にはさらに確認をせずにはいられないといった堂々巡りに陥ってしまうものです。つまり、打ち消す方法は逆効果ということなのです。
そもそも、Kさんが気になっている考えや不安は、すべて「万全にしておきたい」という欲求から生じているものです。Xさんもアドバイスしているように、気になること自体は正常なことです。つまり、コレステロール値が気になるのは、健康でありたいという欲求が強いがゆえであり、取り締まりに捕まったのではという不安は、安全に規則を破らない運転をしたいという思いから生じるものです。しかし、万全を求める気持ちがあまりに強いがゆえに、「もしも〜だったら」と万が一の可能性を想像し、懸念と不安にさいなまれ、それにとらわれてしまっていると言えるでしょう。Kさんは介護の仕事でリーダーを務めているとのこと。きっと責任感が強く、仕事にも真面目に取り組もうとされているのだと思いますが、完全を求めすぎて、不安を強めてしまっているのかもしれません。
 ではこうした不安にどのように付き合ったらよいでしょうか。まず、Kさんが気にしている考えが、実際に起こっている事実なのか(現実の不安)、あるいは「もしも〜」の不安(万が一を想像しての不安)なのかを分ける必要があるでしょう。「もしも〜」の不安であれば、今考えても答えは出ないことですから、そのままにしておくしかありません。それでも考えは頭に浮かぶでしょうが、それ自体をコントロールすることはできません。たとえ確認や打ち消すための行為をしたくなったとしても、それはせずにそのままにしておくのです。初めは当然気になり、いてもたってもいられないでしょう。しかし、そこで確認をしても結局次々と不安が襲ってくるのみで、そこから脱出することはできないのです。不安は必ず時間とともに変化するものです。空に浮かぶ雲がいつの間にか流れていくのを待つような気持ちで、とりあえずそこでできることや、やるべき仕事に手を出していくことです。
そして同時に、不安の背後にある「万全」を望む気持ちを活かすために、今できることを探っていきましょう。コレステロール値が気になるのであれば、食事や運動に気を付けることが健康的な生活に繋がる行動です。また取り締まりが気になるのであれば、安全運転を心がけることでしょう。不安そのものと闘うことにエネルギーを使うのではなく、不安の背後にある欲求を活かすために工夫を凝らしていくことが、本当の意味で求めている生活に近づくことであり、神経質を活かすことになるのです。

<不安神経症の部屋のコメント例>

「パニック発作とパニック障害の違い」2016.2

舘野歩先生(東京慈恵会医科大学附属第三病院・診療部長)

11.舘野先生

Sさん、パニック発作でSSRIを開始され断薬され、なんとか漢方で過ごされているのですね。日頃他院でパニック障害の診断を受けSSRIを飲んでいるが不全感を持ち当院へいらっしゃる方は多数いらっしゃいます。パニック発作が一回起きただけではパニック障害とは言いません。
 米国の診断基準DSM5にも、パニック発作の具体的な症状だけでなく、発作のうち少なくとも一つは
(1) パニック発作またはその結果についての持続的な懸念か心配あるいは
(2)不慣れな状況を避けるといったことが一ヵ月以上持続すること
と記されています。つまりパニック発作が問題ではなく、パニック発作へ注意が集中してそのことへ「とらわれ」、行動が狭小化してしまうことが問題なのです。
森田療法の知恵は発作そのものというよりも、発作への予期不安やそれに関連して狭小化した行動に役立ちます。「癌ではないか」「心臓が止まるのではないか」と思う裏側には「健康でありたい」欲求(生の欲望)が潜んでいると森田療法では理解します。「気力を失いかけ」が気になりますが、うつでなく不安障害の範囲であれば、不安を抱えつつ、不安の裏側の欲求に従って動いていくことが大事になってきます。不安ながらも「やれた」「動けた」といった体験がまた次の行動への後押しになります。このあたりの実際の治っていく過程はこの体験フォーラムや各地で行われている発見会活動に参加して回復された皆さんの生の声を聴くのが良いかと思います。 抗不安薬の頓服についてです。一般的にパニック障害治療の急性期はきちんと定時に服薬した方が良いです。なぜなら、発作が起きた時に頓服を飲むということ自体、日々「症状測定器」になってしまうからです。ある程度パニック発作の予期不安と付き合えるようになり、建設的な行動が広がってパニック発作への「とらわれ」がゆるんでから頓服にしていった方が良いでしょう。 Sさん、以上のことを参考にパニック障害から回復していくことを祈っています。

<その他の神経症の部屋のコメント例>

「現代的な"うつ病"をめぐって」2010.5

中村敬先生(森田療法センター長)

12.中村先生

Cさんは「うつと仕事」について率直な感想を記し、その中で,ひきこもりの人の心情に共感を寄せられました。Cさんは2年間の休職をはさみながらも約20年間,うつを抱えながら仕事を継続されたということですから、いわゆる「ひきこもり親和型」とはだいぶ異なる方のように推察しますが、それでもひきこもりはどこか他人事とは思えない点があるのですね。またMさんも、ひきこもり70万人というショッキングな報道を取り上げられました。
そこで今回は、うつ病の中でも従来のタイプよりひきこもりの心性に近いタイプ、昨今若年層にひろがる現代的な「うつ病」(メディアでは新型うつ病とも呼ばれています)について記しておくことにしましょう。
こうしたタイプの人びとは、気分の落ち込みよりも、疲れやすい、だるい、集中力や気力がわかないという訴えが主であり、従来のうつ病のような自責感が目立たず、職場への帰属意識や仕事上の役割意識が希薄であることが特徴に挙げられています。またひとたび休職に入るとなかなか職場に戻ろうとしない、休んでいても趣味の領域などには案外意欲的に取り組むといった点から、しばしばわがまま、自己中心的、他罰的な性格に起因するとみられがちです。
 たしかに自己中心的と言いうる側面もあるのですが、原因を性格だけに求めるべきではないと私は主張してきました。それというのも、こうした現代的な「うつ病」が増加した背景には、1990年のバブル崩壊以降、若年層を取り巻く雇用・労働環境の悪化が存在するからです。彼らの「やる気が出ない」「疲れた」といった訴えの底には、仕事に対する士気の阻喪を認めることができるのです。
このように社会的、経済的な要因が絡んでいるだけに、現代的な「うつ病」に対しては休息と薬物だけではなかなか効果が上がりません。彼らが無力感から脱し,環境に対して能動的に働きかけていかれるような心理的援助が必要とされています。私たちは、現代的な「うつ病」の人びとも入院森田療法の環境において、他の患者さんたちとの関わりの中で作業に携わることによって、無気力症状が速やかに改善に向かうことを経験してきました。こうした経験を踏まえて、現代的な「うつ病」の人には次のような助言をしています。
1)これまでのような気ままな休養生活から脱して、徐々に行動を増やしていくこと
2)起床、食事、活動、就床の時間を一定にして生活リズムを整えること
3)グループによる治療環境を利用していくこと
4)薬物は補助手段として位置づけ、薬だけで問題の解決を図ろうとしないこと
などです。
そして社会復帰の段階では、本人が一歩距離をおいて仕事を見直したうえで、当面どう折り合いをつけていくかを自ら選択することが鍵になると考えています。リスクを承知で転職を目指すという選択もあれば、趣味の領域を大切にしつつ、ほどほどに今の仕事を続けるといった選択肢もあり得るでしょう。要するに、「うつ病」の経験をきっかけに、これからの生き方を自分なりに選び取っていくということが大切なテーマになるのです。

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