メンタルニュース

メンタルニュース NO.28

日本独自の精神療法「森田療法とは」

1.森田療法の誕生と発展

森田療法は、わが国の精神科医、森田正馬(もりたまさたけ)(1874‾1938) によって創始された神経症に対する独自の精神療法です。創始者である森田自身が、思春期には「心臓神経症」やパニック発作などの神経症を体験していました。そこで森田は東京帝大を卒業して医師になると同時に神経症の精神療法に情熱を傾け、当時欧米で普及していた催眠療法など様々な治療法を試みていきました。しかしこれら既存の療法の効果に満足できず改良に改良を重ねた末、1919年に家庭的な環境のもとで臥褥と作業療法を骨子とする独特の治療法を完成し、これが後に森田療法と呼ばれるようになったのです。

森田は神経症の人々の治療を進める傍ら、東京慈恵会医科大学精神医学講座の初代教授として後進の指導に当たりました。以後現在まで慈恵医大が森田療法の中心的役割を担っており、2007年には森田療法の診療・研究・教育をリードする森田療法センターが同大学にオープンしました。そのほか浜松医科大学や九州大学など、いくつかの医科大学にも森田療法が導入されています。

森田療法に関する研究活動、研修事業は日本森田療法学会を中心に推進されており、国際森田療法学会も過去7回開催されました。

森田の著書は英、仏、独、スペイン、中国、韓国語に翻訳出版されており、多くの治療施設を有する中国をはじめとして北米、ヨーロッパ、オーストラリアなどに普及が進んでいます。またこうした森田療法の普及活動には、メンタルヘルス岡本記念財団が大きく貢献してきました。

2.森田療法では神経症をどう理解するか

森田療法の元来の治療対象は強迫性障害、社交恐怖(社交不安障害、対人恐怖症)や広場恐怖などの恐怖症性不安障害、パニック障害、全般性不安障害、心気障害などの神経症性障害です。森田が着目したのは、これらの多様な神経症症状の背後に比較的共通の性格傾向が認められることでした。森田はそのような性格傾向を神経質性格と呼んだのでした。神経質性格とは内向的、自己内省的、小心、過敏、心配性、完全主義、理想主義、負けず嫌いなどを特徴とする性格素質を指します。つまり小心、心配性など弱気の部分と理想主義、負けず嫌いなど強気の部分が共存し、それだけに「強気の自分が弱気の自分を許容できない」といった形で内的葛藤を起こしやすい性格だということができます。このような神経質性格を基盤にして、「とらわれの機制」と呼ばれる特有の心理的メカニズムによって発展する神経症が森田療法の典型的な治療対象と考えられてきたのです。

「とらわれの機制」には以下の2つが含まれます。第1は「精神交互作用」と呼ばれる機制です。例えば偶然の機会に心悸亢進が起こると、ことに神経質傾向にある人はそれに強い不安を覚えて心臓部に注意を集中します。その結果益々感覚は鋭敏になり、さらに不安がつのって一層の心悸亢進がもたらされるのです。精神交互作用とはこのように注意と感覚が悪循環的に作用して症状が増強する機制であり、パニック発作を生ずる心理的メカニズムもこの機制によって説明することができます。また心臓部に限らず身体のどこかに違和感を覚えたとき、神経質の人は過敏に病気を恐れてその部位に注意を向けます。その結果、一層違和感が強く感じられ、益々病気の恐れがつのっていくという悪循環は、心気障害に典型的な心理でもあります。さて、とらわれの機制の第2は「思想の矛盾」と呼ばれます。一般に神経質性格の人々は不安や恐怖などの感情や身体の感覚を「こうあるべき」「こうあってはならない」という知性でもって解決しようとする構えが強く、そこに不可能を可能にしようとする葛藤が生じるのです。例えば対人恐怖症(社交恐怖)の1種である赤面恐怖の患者さんは、何かの折りに人前で恥ずかしく感じ顔が赤らむといった当たり前の感情や生理的反応を「ふがいない」「もっと堂々としていなければならない」と考え、恥ずかしがらないように努める結果、かえって自己の羞恥や赤面にとらわれてしまうのです。特に思想の矛盾は、強迫的な心性に関連が深いと考えられています。

3.森田療法の基本的な考え方

神経質性格の患者さんが、自己の不安や恐怖の感情を無理に排除しようとするところに、とらわれの源があることを述べてきました。そもそも不安やその根底にある死の恐怖は、限られた時間を生きる私たちにとっては避けることのできない普遍的な(誰もが体験する)感情です。そして、その裏にはよりよく生きようとする人間本来の欲望(生の欲望)が存在するのです。病気に対する恐れの裏には健康でありたいという欲求があるように、不安や死の恐怖と生の欲望は表裏一体のものなのです。死の恐怖を完全に除去することは不可能であり、またその必要もないことです。そうであるなら死の恐怖と生の欲望のどちらも人間性の事実としてそのまま受容することが自然に従ったあり方に他なりません。

森田療法はこのような人間観に基づいて、患者さんが症状へのとらわれから脱して「あるがまま」の心の姿勢を獲得できるよう援助します。「あるがまま」の姿勢とはまず、不安や症状を排除しようとする行動や心のやりくり(「はからい」と呼ばれます)をやめ、そのままにしておく態度を養うことです。患者さんは、不安や症状を取り除かなければ、どんどん不安がつのり症状が強まって大変なことになるのではないかという誤った予想をしています。
しかし実際にはそのままにおけば、不安は時間と共に自然に消褪することが事実なのです。ところで「あるがまま」の姿勢とは、不安をそのままにおくというだけではなく、不安の裏にある、よりよく生きていきたいという欲望(生の欲望)を建設的な行動に発揮していくことをも意味しています。
1例を挙げると、疾病恐怖の強い患者さんは、病気に罹るあらゆる可能性を絶とうとして、可能な限り外出も控えるといったように極端に行動範囲を狭めてしまうことがあります。それは客観的に見れば「病気を恐れて病人の生活を送る」ことに他ならないのですが、本人はそれを自覚していないのです。
このことに本人が気づいて、病気を恐れつつも、仕事や人付き合い、スポーツなどを再開して活動的な生活を過ごすように変ったなら、そのとき本来の願いであった「健康な人生を送ること」が現実のものになるのです。このように行動を通して、自分を受け入れ自分らしい生き方を実現することが森田療法の最終的な目標になるのです。

4.森田療法の入院治療

先に述べた「あるがまま」の姿勢は、理屈として理解するだけでは不十分であり、患者さん自身の体験を通した自覚によって初めて身につくものです。このために森田療法では臥褥と作業を中心にした生活を実践するという独特の入院療法を基本形にしてきました(右:森田療法センターの入院施設)。
入院は4期の治療期間から構成されています。

  • 第1期:絶対臥褥期(7日間)
    この間は食事、洗面、トイレ以外、終日個室で臥床して過ごします。症状をやりくりしようとするはからいをやめて、自分の状態にそのまま向き合うことが目的です。ふつう臥褥の後半から心身の活動欲が高まっていきます。
  • 第2期:軽作業期(4〜7日間)
    戸外に出て自然をよく観察したり、部屋の掃除、木彫りなど軽い作業に徐々に手をつけていきます。臥褥によって高まった活動欲を一時に発散するのでなく、気分に流れず徐々に必要な行動に向かっていくことがこの時期の目標です。なおこの時期から主治医の面接と並行して日記指導が開始されます。
  • 第3期:(重い)作業期(1〜2ヶ月間程度)
    動物の世話、園芸、陶芸、料理など生活に根ざした様々な作業内容があり、他の患者さんと共同で作業する場面が飛躍的に多くなります。作業や生活の実践を通して、症状にとらわれず臨機応変に行動する姿勢が培われていくのです。
  • 第4期:複雑な実際生活期(1週間〜1ヶ月程度)
    この時期は外泊を行うなど社会復帰の準備にあてられ、必要に応じて院内から通勤、通学が許可されることもあります。 入院治療においては、患者さんの神経症的なあり方に変化をもたらすため、次のような指導がなされます。
  1. 気分本位から目的本位へ
    神経症の患者さんは、とかく自己の不安や症状を中心に物事を考えます。それに対して森田療法では、気分ではなく目的に適っているかどうかという基準で考え実行する姿勢(目的本位の態度)を涵養していきます。
  2. 素早く手を出すこと
    神経質性格の人、特に強迫的で完全主義的な傾向にある人は、何か行動をする前に、それをどのように実行するのがよいかと計画ばかりを考えて、なかなか実際に取り掛かることができません。そこで森田療法の治療者は、腰軽く動き、目の前のことに素早く手を出していくよう助言します。そのような動きが、とらわれのない心を培う土壌になるのです。
  3. 行動(生活の形)を整えれば、気分は後からついてくる
    たとえば乗り物恐怖の人は、不安がなくなれば乗れるようになると考え、まず不安を除去することに努力を傾けますが、不安は除こうとすればするほど大きくなっていくものです。それと反対に森田療法で奨励するのは、まず生活の形、行動を整えるということです。乗り物恐怖の人も、不安な気分のままに、恐る恐る乗り物に乗って目的地に向かうことを積み重ねていけば、いつしか不安な気分も流転し、平常心に変わっていくのです。
  4. 現在になりきる
    神経症の人々は、将来起こるかもしれない事態を予測して不安に駆られたり、過去のことを繰り返し後悔しているため、いま現在のことがおろそかになる傾向にあります。 そこで森田療法では、「現在になりきる」こと、つまり後悔や先々の不安はそのままにおき、いま目前のことに打ち込んでいくことを強調します。そのように現実の物事に取り組んでいくことで、今という時はより充実し、過去や未来の見え方もおのずから変わってくるのです。

今日、森田療法の入院期間は平均3ヶ月間程度ですが、最近では外来治療施設や自助グループとの連携のもとに1ヶ月間程度の短期入院を実施することも徐々に増えてきました。
慈恵医大森田療法センターにおいて2007年5月から2010年5月までに入院森田療法を実施した166例のうち主な病態は、気分障害(うつ病・うつ状態)46例(27.7%)、強迫性障害46例(27.7%)、対人恐怖症(社交恐怖)38例(22.9%)です。退院時の改善率は気分障害73.9%、対人恐怖症(社交恐怖)65.8%、強迫性障害58.7%でした。

森田療法センターのご案内(PDFファイル)

5.外来における森田療法

今日では入院療法ばかりでなく、精神科や心療内科を専門にするクリニックの増加に伴い外来での森田療法も広く普及してきました。また学生相談室や職場の健康相談などにおいても、森田療法が導入されて不安や悩みの解決に寄与しています。こうしたクリニックや相談施設での通院・通所形式の森田療法(以下、外来森田療法という呼び方で統一します)には、通常の一般診療の枠内で行うやり方から、面接の時間と回数をあらかじめ決めて行うやり方まで治療施設によって幅があります。後者の場合、30分程度の面接時間で計10‾15回位のセッションを行うことが一般的です。なお日本森田療法学会では、標準的な外来森田療法の指針を示すために、2009年に「外来森田療法のガイドライン」を作成しました。このガイドラインでは外来森田療法の基本として「感情の自覚と受容を促す」「生の欲望を発見し賦活する」「悪循環を明確にする」「建設的な行動を指導する」「行動や生活のパターンを見直す」という5つの要素を挙げています。これらのポイントをいつ、どのように取り上げ助言して行くかは、各々の治療者が患者さんの問題に応じて柔軟に計画していきます。
外来治療のおよその流れは以下のようなものです。

  1. 治療初期
    この時期には、患者さんのとらわれを明確にし、治療の方向性を示すことが目標になります。まず治療者は患者さんの訴えを手がかりにして症状に伴う不安などの感情と、その裏にある生の欲望を探し当て、共感を伝えます。不安と欲望は自然な心の両面であるにもかかわらず、これまで患者さんは不安を排除しようとして一層自己の不安や症状にとらわれてきたのであり、こうした悪循環を明確にすることが治療初期のポイントです。そして、不安や症状そのものを除去することではなく、とらわれから脱して生活を立て直していくことが治療の目標になることを患者さんと治療者で共有します。
  2. 治療中期
    治療中期には患者さんの生の欲望を掘り起こし、建設的な行動に繋げていくことが課題です。治療者は患者さんの日常生活全体に目を向け、改めて何を希求しているかを言葉にするよう働きかけます。そして患者さんには、不安や症状をそのまま抱えつつ、これらの希求を建設的な行動に移すよう提案していくのです。
  3. 治療後期
    患者さんの行動が広がるにつれて「こうあるべき」といった頑なな姿勢が改めて明るみにでてくることがしばしばです。そこでこうしたパターンを取り上げ、事実に即してより柔軟な対処ができるよう、きめ細かく助言して行きます。こうしたプロセスによって、神経質性格を陶冶し、より充実した生活が送れるよう援助していくことが治療後期の課題です。

6.森田療法の現状

これまで述べてきたような専門的な療法とは別に、森田療法の考え方に立脚する当事者の活動(自助グループ)が大きく発展したことも森田療法の特徴です。なかでも「生活の発見会」は全国で約2千名の会員を擁し、各地での集談会を中心にして活発な活動を続けています。また、森田療法をがんの患者のメンタルヘルスに応用した「生きがい療法実践会」の活動もよく知られています。このように現代の森田療法は入院、外来、自助グループという形態に発展しており、相互の連携体制も確立しつつあります。

治療の対象については、神経症に限らず慢性化したうつ病に適用が広げられ、成果を挙げているのは既に述べたとおりです。そのほか過敏性腸症候群、慢性疼痛、アトピー性皮膚炎、口腔内の痛みや違和感など種々の心身症にも森田療法が実施されています。

ところで今日では強迫性障害やパニック障害などの神経症に対して選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI) を始めとした薬物療法が普及しています。森田療法においても薬物療法との併用が広く行われています。但し薬物療法のみでは投薬の中止に伴う症状の再燃が高率に報告されており、また患者さんは受身の立場に終始するなどの問題点があります。森田療法の治療者は、薬物は神経症治療の補助手段であること、何といっても建設的な行動に向かう患者さん自身の取り組みが回復の原動力であると考えています。

森田療法以外に、神経症の治療に推奨されている心理療法に認知行動療法があります。認知行動療法も森田療法も、患者さんの心理的悪循環に着目し、行動の変化を重視する点では共通です。けれども認知行動療法が、患者さんの考え方(認知)の修正によって不安や症状の軽減を目指すのに対し、森田療法では考え方の修正からではなく、不安や症状をあるがままにおくという態度の変化によってとらわれから脱するよう導くのです。欧米で開発された認知行動療法が不安コントロールモデルにもとづくとするなら、森田療法は不安受容モデルと呼ぶことができます。さらに森田療法では、症状の改善に留まらず、性格を陶冶し自己をよりよく生かすことが目標におかれる点でも認知行動療法とは異なります。
(東京慈恵会医科大学教授 中村敬)

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