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メンタルニュース

メンタルニュース NO.40

「うつに対する森田療法」

  齋藤 直巳 (滋賀八幡病院精神科)

ニュース冊子

I .はじめに

「抑うつ状態」は、「気分が落ち込んでいる」「意欲や関心が低下している」「疲労感が続く」「後ろ向きの考えになっている」などといった、ヒトの精神的エネルギーが低下した状態のことです。 嫌なことがあって、単純に「落ち込む」といった正常な心理的反応も含め、さまざまな原因で生じます。
この抑うつ状態が一定期間持続し、日常生活に大きな影響を及ぼすような病的状態となったものが、いわゆる「うつ病」です。
この「うつ病」を代表とする「気分障害」と言われる疾患は、1990年代以降増加し続けているといわれ、2017年に厚生労働省が発表した調査結果によると、日本国内における「気分障害」の患者数は、127万人を超えたとされています。


さらに、経済協力開発機構が行ったメンタルヘルスに関する国勢調査によると、新型コロナ感染拡大が起きる前の2013年度では、日本におけるうつ病およびうつ状態の人の割合は7.9%でした。
これに対し、2020年には17.3%にまで上昇していると報告されています。
新型コロナ感染症という社会的にも経済的にも影響の大きかった出来事が起こったにせよ、今や、うつは多くの人が遭遇しうる疾患の一つになったといえます。

「うつ病」になると、少なくとも1~2年はその回復に時間を要するだけでなく、3年以上症状が長引くなど、長期化するケースも珍しくはありません。
実際、うつ病の20~30%程度は長期化すると指摘する声もあります。
このような時代に、ヒトはどのような生活を送ればよいのか、改めて考える時期にきているのではないでしょうか。


1.森田正馬
森田正馬(もりた・しょうま 1874~1938)
東京帝国大学医学部卒業
東京慈恵会医科大学・名誉教授
医学博士、慈恵医大精神科・初代教授。 若き日に、みずから不安症(神経症)に悩んだ。その結果、のちに1920年ごろ、画期的な精神療法「森田療法」を創始する。いまでは日本森田療法学会があり、「森田療法」は世界的に知られている。


森田療法は、森田正馬先生により、20世紀初頭に我が国において創始された精神療法です。 元来の治療対象は、強迫性障害や社交不安障害、不安障害、心気障害といった、いわゆる「神経症」と総称される病態です。
しかし近年になり、その有用性に着目し、広く認知してもらうべく、森田療法を理論化し、かつ、それをもとに外来においても実践できるように治療モデルが整備され、外来森田療法として、病院やクリニックで実践されるようになりました。
さらに、従来の治療対象以外への応用も試みられるようになり、中でも「うつ病」や「うつ状態」への有用性が広く知られています。

「うつ病」の極期は「休養」と「薬物療法」が主であり、とにかく、極度に低下した精神的エネルギーの回復に努める必要があります。
しかし、うつ病の極期から次第に回復してきた時期や、抑うつ症状が持続消長するような慢性化した症例においては、森田療法的な取り組みが、その回復の一助となることが多いのです。

表1は、従来日本の精神医学会が用いていた伝統的なうつ病の分類法の一つですが、現在広く用いられている米国精神医学会の「精神疾患の診断・統計マニュアル:DSM」をよく吟味せずに用いると、これらの異なったうつ病群は、同じうつ病として診断されてしまいます。それぞれの成り立ちが違うので、そのアプローチも異なり、注意が必要です。

外因性うつ病は、原因となっている脳の器質的障害や身体疾患への対応が第一ですし、世間に知られている「休養と薬物療法」が最も当てはまるのは内因性うつ病です。
森田療法が適応となりやすいのは、内因性うつ病の慢性化した症例と、慢性化しやすい神経症性うつ病とされています。


表1


Ⅱ.うつに対するアプローチ

うつ病の治療は、十分な「休息」と「薬物療法」により、低下した精神的エネルギーの回復を目指すというのが基本です。
しかし、病状が長期化する症例がおおよそ2~3割ほどあり、基本的な対応だけでは回復しないといわれています。
また、神経症性うつ病や、従来の典型的なうつ病像とは異なった「現代型のうつ病」など、従来の「休息+薬物療法」だけでは、十分な回復を示さない症例が存在します。
そのような症例を含め、東京慈恵会医科大学森田療法センターの中村敬先生は、うつ病に対するアプローチの一つとして、森田療法的養生を勧めています。

うつ病は、極期、回復前期、回復後期、慢性期、回復後といったその病勢の時期によって養生の仕方が異なるという考え方です。
森田療法は生活を重視します。ですから、生活に留意しながら回復に努める「養生」という考え方は、とても森田療法的な取り組みといえるのです。

森田療法的養生の基本は、うつ病に寄っていた精神的エネルギーを自然な回復の方向へ促す、「あるがまま(注1)」の養生です。
 自然な回復を妨げる不自然な対応や、それによる悪循環を見直し、「あるがまま」の態度で病気の状態を受け入れ、回復過程で膨らんでくる「生の欲望(注2)」をしっかりと育みます。
そして、その「生の欲望」にもとづき、自然な行動へと広げていく生活を目指すことが重要とされています。

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【うつ病の極期の養生】
まず、うつ病の極期では、消耗しきった精神的エネルギーの回復を図るため、「休養」と「薬物療法」が中心となります。
なんらかの理由で失われてしまった精神的エネルギーを回復させないまま、あらゆる精神活動を行うことは不可能なのです。
だから、極期は、十分な休養と薬物療法の効果で、精神的エネルギーを徐々に回復させていくことが大切なのです。
【うつ病の回復前期の養生】
うつ病の回復前期においては、精神的エネルギーを大事にしながら、生活に動きを取り戻していく過程が大切です。
焦って動きすぎたり、エネルギーを使いすぎたりしないように注意して、「生の欲望」を育む時期です。
具体的には、ふと心に浮かんだ、「外の空気を吸ってみよう」「空を見てみよう」といったささやかな欲求に身をゆだねて、少し外に出てみる、窓を開けてみる、といった行動を素直におこなってみるように促します。

さらに「生の欲求」が花開き始めてくると、その欲求に従い、少しずつ動きのある生活を取り戻すことを後押しします。
この時期は、「こんなことをしても無駄だろう」とか、「こんなことをして変な人と思われないか」など、「こうあるべき」といった、素直な行動を阻む思考に惑わされがちです(思想の矛盾(注3))。
ですが、感じるままに行動したときに浮かんでくるさまざまな感情の動きを大切にし、そこから生まれてくる、さらなる欲求を、次の行動の弾みにするのです。

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【うつ病の回復後期の養生】
精神的エネルギーがある程度回復してきたうつ病の回復後期には、以前に比べると、気分はずいぶん楽になってきていますが、意欲や気力はいまだ不十分な時期でもあります。
溜まってきた精神的エネルギーをさらに充実させるため、規則正しい睡眠、食事を心がけ、心身両面のバランスのよい生活を営むことを目指します。
適度な運動も心掛け、低下していた体力も生活に必要な活動にこたえられるように少しずつ向上・回復させていきます。
いわゆる「健康的な生活」「健康な心」という生活のペースをここで改めて身に付けなおしてもらうのです。
【うつ病の慢性期の養生】
回復期が長引き、慢性期に入ってきた場合は、「生の欲求」にもとづく素直で建設的な生活を目指す中で、その人のもつ不自然な取り組みや、「思想の矛盾」、とらわれやすい心などが表れて、自然な回復を阻んでいると考えられます。
そのため、自身の回復を阻んでいるものを素直に認め、自然で建設的な生活を目指そうとする、「あるがまま」の取り組みがとても重要であることに、気づいてもらう必要があります。
自身が気づいて修正しない限り、回復を阻む不自然な生き方は変わらぬままに続いてしまうのです。
【うつ病の回復後の養生】
回復して通常の生活を取り戻した後や社会復帰後も注意が必要です。
一見、修正されて自然な生活態度を身に付けたようでも、長年にわたって培ってきた考え方、価値観、取り組み方、生活、生き方などは容易に変わるものではありません。
時間が経つと、以前と同じような不自然な取り組みをしはじめたり、何かのストレスに見舞われたり、問題にぶつかったときには、再び過去の悪癖(あくへき)が顔を出すことがよくあるからです。
追い詰められたときほど、その人の持つ癖のようなものは出てきやすく、逆にうまくいっているときでも、油断したかのようにその人の癖は顔を出してきます。
それは支障となって生活に表れてきますので、その都度、見直しが必要になります。
回復して一定期間が過ぎると、薬物療法や治療自体は終了することがあります。けれども、回復後の状態を維持するよう、その後も取り組み続ける必要があるのです。

以上のように、さまざまな「うつ状態、うつ病」があり、このような取り組みだけでスムーズに改善するわけではありません。
とはいえ、森田療法的アプローチのエッセンスは、さまざまな「うつ状態、うつ病」の治療として応用できる部分を数多く含んでいるのです。

(注1) 気分や感情にとらわれず、今自分がやるべき事を実行していく、目的本意の姿勢。

(注2) 人間が絶えず向上・発展しよう志向する欲望。

(注3) 神経質者にある「かくあるべし」という理想と、現実の自分との矛盾(ギャップ)。


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Ⅲ.事例紹介

先に紹介した、森田療法を応用した「うつ状態、うつ病」へのアプローチについて、事例を通してその流れを見ていきましょう。
なお、ここで紹介する事例は、森田療法の流れをわかりやすく解説するため、いくつかの事例を複合して創作した架空の事例です。

【事例 40代男性 Aさん】

Aさんは、40代男性でIT関連の会社でエンジニアとして勤務しています。まじめで責任感が強く、しっかりと計画を立てて物事に対応していくタイプです。
大学を卒業し、新卒でIT関連企業に就職し、エンジニアとしてさまざまなプロジェクトに関わり、いつしか複数のプロジェクトリーダーを務めるようになっていました。

プロジェクトの進行が計画通りにいかない中で残業が続き、80時間以上も残業する月が連続しました。
次第に抑うつ気分、気力低下、持続する疲労感、集中力低下、睡眠障害、食欲低下などが現れるようになりました。
仕事の能率は低下し、会社に行くことすら困難となり、産業医の紹介を経て受診となりました。 うつ病発症の診断のもと、抗うつ薬を中心とした薬物療法を開始するとともに、休職して状態回復を目指すことになりました。

Aさんにおいては、受診時が「うつ病の極期」であったと思われます。
薬物療法の開始はスムーズにいきましたが、休養=休職へのためらいは、しばらくAさんを苦しめました。
責任感の強いAさんにとって、仕事を離れること、重要な業務を手放すことは、無責任な行動であり、罪責感を伴う行為でした。
そのため、休職して家に居るときも、仕事や責任が頭を駆け巡ってしまい、しっかりと「休養する」心になるまでには時間がかかりました。

このように、がんばった末にうつ病を発症したタイプの方の「極期」は、「休養の難しさ」の課題にぶつかる例が多いのです。
2週間ほどかかって、「今は休養するしかない」と思い至り、ようやく抗うつ薬を中心に服薬し、「しっかりと休む」ことに専念し始めました。
薬物療法の効果もあり、次第に睡眠障害や食思不振、気力低下、持続する疲労感などは改善傾向を示し始めました。

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しかし、休職期間が2か月を超えたころより、再び抑うつ気分が増すなどの変調が現れるようになりました。
Aさんの訴えは次のようなものでした。

「眠れるようになったし、体のだるさもマシになった」
「やる気も出てきたのに、ちょっと人と会っただけですごく疲れる」
「回復してきたので復職に備えて勉強しようとしたが、本の内容が頭に入ってこない」
「いつまでも悠長に休んでいるわけにいかない」
「長く休んでみんなに迷惑かけている」
「こんなことでは今後やっていけない」


これは「うつ病」の回復期にありがちな状況です。
いまだ十分に回復していない状態にもかかわらず、早期回復、早期復帰を焦るがあまり、休養期間を短縮しようと試みてしまうのです。
つまり、真面目で責任感が強い性格が、災いするのです。 休養期間を無理に短縮しようとして、不十分なまま復帰を試みることで、かえって病状の回復を遅らせるパターンです。
いまだに人と会うだけでも疲れてしまう、文字を読むだけで内容が十分に入ってこない、という事実を素直にとらえ、その事実をもとに行動することが大切だと、改めて認識してもらう必要があるのです。

Aさんは、産業医面談でも同じことを指摘されました。
そこで、日常生活を苦もなく送れる状態を目指して療養生活を継続し、休職3か月目にして、ジムに通って体力づくりに励む日々を送れるようになりました。
課題としていた規則正しい生活、規則正しい食事も続けており、「焦る気持ちもあるが、あの頃はどうして一人であれほど抱えていたのか、と思う」と、休養前の不自然な抱え込みを振り返るようになっていました。
また、なにげない生活の中で感じられるさまざまな思いも、しっかりと味わいながら生活することを勧めるとともに、時折、「何をしたいですか?」と問いかけていました。
「こうするべき」といった「思想の矛盾」にとらわれないように、その人が有する素直な「生の欲望」を問い続けることは、Aさん自身においても、治療者においても重要なのです。

産業医面談を経て、休職4か月目より会社の用意する復職プログラムに入ることとなりました。
短時間勤務で徐々に慣らし運転をしながら正式復職を目指し、少しずつ復帰への道を歩み始めました。

責任感の強いAさんは、復職プログラム期間中においても、復職後においても、仕事熱心なあまり、疲れを無視してがんばることだけを目指しがちでした。
そして、その後で必ず調子の乱れが生じるのですが、Aさんは、自身が有する過剰な取り組み癖や、「こうあるべき」の思考が強すぎる点などについて、実践の中でたびたび気づくようになりました。
また、予定を立てて取り組むときに、計画を立てすぎて負担になったり、過剰な不安が生じたりすること、不測の事態に対する苦手意識を募らせてしまう事実にも気づいていきました。
Aさんは、つい、いろいろと考えてしまう癖を、「目の前のこと」「今、実践していること」のほうに向けることで、「現実的な解決能力」として生かせることを学んでいきました。
その後も、とらわれや思想の矛盾を繰り返し、ときには不安と憂うつ感を通して、「あるがまま」の取り組みの重要性を感じ取りながら、復職を果たしました。
そして、その後も、自らの生活を工夫しはじめるようになりました。

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Ⅳ.おわりに

「うつ」という言葉が広く認知されるようになり、昨今では新型コロナウィルスの蔓延(まんえん)により、生活や生き方の変化を余儀なくされ、以前にも増して「うつ状態」「うつ病」が身近に感じられる世の中になりました。
そのような時代だからこそ、先人の知恵の結晶ともいうべき「森田療法」の、「あるがまま」に代表される、生活や生き方を問い直す取り組みの必要性が増していると筆者は強く感じるのです。

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