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症状別アドバイス集

その他の部屋

「いろいろな側面から復職について考えてみる」 '21.9 

Sさん、こんにちは。福祉職として長年勤務され、今年4月から本来3名で対応するセクションをSさんお一人で勤務されていたとのこと、たいへんな苦労だったと思います。6月から抑うつ状態になり、休職したものの、自宅では家族への気遣いからゆっくり休めず、入院され、現在は自宅療養中で復職をお考えとのことですね。ここでは、復職に向けて私なりのアドバイスをさせて頂きます。

はじめに、現在の体調はいかがでしょうか。家庭で家事をしたり、買い物に出かけたり、週5日で仕事をしている時と違った生活になっていると思います。また、家の生活にゆとりを持てるようになり、趣味に手を出せるようになり、リハビリ出社ができていると安心です。まだ疲労感が強く、気分や意欲に波があるようでしたら、もう少し休養をとることをお勧めします。なぜなら、ゆとりがある状態になってはじめて、休職前の状況を客観的、冷静に振り返ることができるからです。

医師によって考え方に多少の違いはありますが、復職前に、休職に至った要因がどのようなものであったか、よく吟味されるとよいと思います。仕事熱心で気遣いされるSさんの持ち味が、心身の疲弊につながったのかもしれません。体調を崩された要因は複合的なものであることが多く、振り返りは一人ではたいへんですので、医師や家族、職場の上司等と話す機会をもうけることをお勧めします。この振り返りをすることが、後々の再発予防につながるものです。金銭の事情も絡み簡単には言えませんが、今一度ご自身の体調、お気持ちを確認されてください。

それから、今までと違う部署(閑職)での復職を提案されているとのことですね。やりがいのあった職場に戻れない憤り、モチベーション維持の難しさがあることをお察しします。自分の存在意義を感じ得ず、自己肯定感が下がってしまうことを危惧する気持ちもわかります。

ただ、Sさんが在籍した職場は、職員が定着せず、人員不足であったことを考えると、たいへん過酷な勤務なのでしょう。たとえ閑職での復帰であっても、Sさんの働きぶりで次第で、元の職場に戻る話も出てくると思います。長年専門職として勤務されてきたSさんですから、過去に活躍された事実は会社にきちんと残っているはずです。

復職にあたっては、0か100かにならず、負担の少ない職場で体を慣らし、仕事に対する視野を広げることも一つの方法です。会社も生き物のように変化していくものです。時間を味方につけて柔軟に対応することが得策かもしれません。一歩ずつ歩まれることを願っています。
(鈴木優一)

「空想と雑念」 '21.8 

Uさんは、彼氏の元カノたちへの嫉妬があり、妄想が止まらないこと、その結果現在の彼のことも気持ち悪く感じてしまうことに悩んでいると書かれていました。付き合っている彼や彼女の過去、あるいは元交際相手のことが気になるという気持ちは、多くの人が体験し、また共感するものでしょう。

Uさんは「嫉妬」と書いていますが、「嫉妬」とは広辞苑では、
(1)自分よりすぐれた者をねたみそねむこと。
(2)自分の愛する者の愛情が他に向くのをうらみ憎むこと。
とされています。交際相手に対してなので、(2)が該当すると思いますが、今現在Uさんは彼と付き合っているわけですから、その彼の気持ちが元カノに傾いていると感じての嫉妬なのでしょうか?

文面からは、おそらく彼の気持ちの問題ではなく、Uさんが彼の過去を色々想像し、それを受け入れ難いために、より一層繰り返し考え、想像を更に膨らませて苦しんでいるように感じたのですが、いかがでしょうか?

もしそうであるならば、わからない過去をあれこれ想像して、逆に今交際している彼のことを不快に感じてしまうのは勿体ないことですよね。ただUさん自身も、「自分にも過去があるし、彼の過去を変えること、過去に口出しが出来ないことは分かっている」と書かれていますから、頭では十分理解しているのだと思います。とはいえ、頭に浮かんできてしまうもの、あるいは妄想癖がどうにもならないということでしょう。

ではUさんは、どうしてそこまで彼の過去を想像し、こだわってしまうのでしょう?関心のない相手のことは、一般的にあまり考えないものですね。言い換えれば、それだけ彼のことを大切に想うからこそ、彼の人生に関わった自分以外の女性の存在が許せないのでしょう。つまりUさんの強い愛情の現れということです。

森田先生は、「空想とは、自分で思いふけることが面白いのをいう。宝くじが当たったら、何と何を買おうとかいうようなものである。雑念とは、自分で考えることが苦しいことで、例えば明日は試験である、気になる。いや、気にしては、それが邪魔になって勉強が出来ないとかいうようなものである。苦しいのが雑念で、面白いのが空想である。砂糖は甘い、塩は辛いと同じく、いずれもわれわれの心の事実である」と述べ、あるがままの事実になりきるよう促しています。

愛情が強いから嫉妬もする。それは切り離せない心の事実なのでしょう。ただ、そこまで彼のことを大事に思うのであれば、想像する力を、森田先生が言うように楽しい空想の方に生かしたらいかがでしょうか?過去ではなく、彼と過ごす今現在の時間、あるいは、彼との未来など、想像をめぐらすことは色々あると思います。

過去が気になる気持ちも自然なことです。ただ過ぎたことをあれこれ想像しても何も生まれません。気にしないようにするのではなく、気になるものなんだ、考えたくなくても勝手に頭に浮かんでくるものなんだ・・・とそのまま受けとめ、目の前の彼と楽しく過ごすことを想像し、それを実現することにエネルギーを注いで頂きたいと思います。それを繰り返している中で、少しずつ彼との絆を実感できるようになってくるのではないでしょうか。
(久保田幹子)

「疲弊している事実に寄り添って」 '21.7 

こんにちは、Pさん。確認の強迫症状でお悩みなのですね。現在は、仕事に対する理想が高くて疲弊されているとのこと。ご苦労をお察しします。これまでに多くの治療(薬物療法、カウンセリング、TMS治療、FAP治療など)を受けてこられて、森田療法に辿り着いたのですね。

書き込みを拝見して、Pさんはご自身の性格をよく理解されているなと思いました。「完璧志向でこだわりが強い」側面と、 「人と会話したり打ち解けたりするのが苦手」な側面の性格をお持ちなのですね。これは、森田神経質の性格特徴である「強力性」と「弱力性」の両側面に当たると思います。Pさんには、森田療法が合っているように感じますよ。

ここでは、そんなPさんの「仕事に対する理想が高くて疲弊している」というお悩みについて、森田療法の観点から何か手がかりになることをお伝えできればと思います。まずはPさんの困りごととして、実際にはどのようなことが生じているでしょうか。仕事を完璧にこなそうとして、作業に時間をかけすぎて疲れてらっしゃるでしょうか?仕事以外の時間にも仕事のことばかり考えて、そのことで頭がいっぱいになってしまっているでしょうか?はたまた、理想通りいかない周りの人の言動について細々と気にして、あれこれ対応することで、疲弊してしまっているでしょうか?

ここでは具体的なところは書かれていないため、Pさんのご様子を想像する範囲にはなりますが、いずれにしても「疲弊している」というPさんの感覚に着目してあげることが重要です。それはなぜかというと、森田療法では、「事実」を重視するからです。「事実」というのは、実際に起きていることを指します。

疲弊している感覚は、身体が「このやり方では無理がありますよ」という事実を教えてくれているとも言えます。理想が高いPさんは、完璧を目指して、一つのことにどこまでも頑張ってしまっているところがないでしょうか?一方で、生身の人間がやっていることですから、どれだけ気を付けても上手くいかないことが起こるのが「事実」ですね。

そうしたあらゆる事実に目を向けながら、バランスをとって過ごしていくことが大切です。具体的には、「もっとやりたい」という気持ちが強く出てきても、「確認をするのは2回までにしよう」とか「何時までで切り上げよう」というように目安を決めておくことも一案です。よりいっそう、Pさんの良さが活かされることを祈っています。
(金子咲)

「自分の気持ちを整理しつつ、子どもを元気に育てる」 '21.6 

Aさんは毎朝の気持ちの落ち込みを克服して、お子さんたちに朝から爽やかな笑顔を向けられるようにしたいと書かれています。

朝起きると気持ちが落ち込んでいるのは、どんなことでなのでしょうか?特に理由なく気分だけどんより落ち込んでいるのか、それとも理由があって落ち込んでいるのか。朝起きて動いていると、3時間経つ頃には気持ちも大分変わってくるのでしょうか?

自分一人で考えてもわからないとき、それ以上自分一人で考えても堂々巡りになるので、ぜひ、その解明の作業への同伴者を見つけてください。それは体験フォーラムでも、カウンセラーでもクリニックのドクターでも構いません。ここであればちょっと話してみてもいいかなと思える場所で少し話し始めて、良ければ続けるくらいのスタンスで。自分がなぜここまでつらいのかわかってくると、お子さんに対してどのくらいどのように自分を見せていったらいいのか、判断がつきやすくなると思います。

子どもたちを不安にさせないように、笑顔で接してきたことは大変立派なことだと思います。子どもは敏感ですし、母親の表情や様子をよく見ています。親が自分の感情をそのまま感じ、認識できることはとても大事なことですが、それとその感情をどう出すか(感情と行動)は別です。自分の気分の波のままに接すると、子どもは自分の気持ちよりも母親の気持ちを常に気にするようになったり、調整役を果たそうとしたりします。これはきっとAさんが望んでいることではないですよね。Aさんが子どもの心の平和を第一に考えられているのはとても大事なことです。

自分の朝の落ち込みの理由がわかってきて、お子さんに対して装っていることが特につらいのであれば、お子さんも小学生になられたということですし、お子さんの目にお母さんはどんな風に見えているか聞いてみたり、お母さんは〇〇ということで今ちょっと気分が落ち込んでるんだよ、お母さんもくよくよ考えて落ち込むこともあるんだよ、など率直な気持ちを少し出してお子さんと自分の反応を見ることがあってもよいと思います。親が子どもにしてあげられることは子どもが安心して暮らせる環境を提供してあげること、そしてこの世の中を生きる人間として自分が大切と思うことを教えていくことだと思います。

いろいろな感情を抱きながら、生きていく母の姿は子どもにとっては、自分の感情をどう扱って生きていくかを学ぶ一番身近な教材です。自分のつらさをドバっと出すのではなく、「お母さんとその気持ち」という素材について話し合う感覚でやってみるくらいがちょうどよいと思います。Aさん自身も自然な自分を少し出すことができますし、子どもも思ったことを言ってくれたりするものです。
(矢野勝治)

「自分の特性をどう活かしていくか」 '21.5 

Mさんは10年間うつ病で通院をされています。数年前に発達障害と診断されてから、うつ病は安定されているそうですが、このまま一生不安や鬱の治療を続けるのかとやりきれない思いを抱えていらっしゃいます。また、発達障害に起因した不安やうつ症状は、障害が完治するものでは無いため、寛解しないのか、という疑問もお持ちです。

Mさんは発達障害と診断されてから、うつ病は安定されているとのことですが、現在はどのようなことでお困りでしょうか?不安やうつ症状がまだ残っていらっしゃるということなのか、それとも、再発を恐れていらっしゃるのか、今回の発言だけでは分からないのですが、一般に、発達障害の特性の影響から、生きにくさを感じ、うつ症状や不安症状に悩まれている方は多くいらっしゃいます。

神経質という性格も「治る」(なくなる)ものではないのと同じように、発達障害そのものは「治る」(なくなる)というものではないと思います。そうだとすれば、どのように、自分の強みを生かし、自分の特性とどう付き合っていくか、ということが大切だと思います。この点は神経質をどう活かすか、という森田療法の考え方が応用できるかもしれません。

そういった意味で、まずは自分の癖(特性)を知ることから始めてみてはいかがでしょうか。発達障害と診断を受けたのであれば、そこの主治医に、自分の癖(特性)を尋ねてみてください。自分の強みを知り、そこを磨くことと、苦手な所に対して、どのように対処していくとよいのか、よくご相談してみてください。

そして、Mさんらしい生き方を試行錯誤してみてください。自分の特性を理解し、対処方法を徐々に身につけていくことで、発達障害を持ちながらでも、少しずつ生きやすくなっていくと思います。生きやすくなってくれば、自ずと不安やうつも軽減していくと思います。焦らずに頑張ってくださいね。
(谷井一夫)

「「うつ」の養生法」 '21.4 

こんにちは、Kさん。Kさんは恐らく長年、フォーラムに参加され、神経症や「うつ」を抱えながら生活に邁進されてきたのではないかと思います。森田療法で「不安と付き合えるようになってきた」という事実は、不安を悪い物と差別せず、びくびくしながらも生活を深めた証であると考えます。森田療法では、このことを「あるがまま」の姿勢と一括りに言うのかもしれませんが、中々出来る事ではありません。

その矢先、お母様のことなどで心労を募らせたのではないかと推察します。うつ状態に陥ったなどと言われると、「自分に負けてしまった」などと捉える風潮がまだ世間には根強くあります。しかし、「鬱」という文字には鬱蒼という言葉からも分かる様に、豊かな物を内包しているという含みがあります。そうだとすれば、「うつ」は次のより良い生活への準備期間と捉えていけば良いと、私は考えます。主治医の先生も仰っているように「うつ」は体が発した警告サイン、そのサインに従って慌てないことが、確実な回復の道標なのだと思います。

養生法などには先人の先生方が多方面から言説を述べられ、Kさんの肌感覚に合う物を取り入れていただければ十分と考えます。その中で、私は最近、森田療法家の大先輩でもある北西先生の書物を読み進める中で、「なるほど」と思うことがありました。それは、「我々は人生の中で苦しい時代ばかりに目を向けがちだが、逆に良かった時代にも目を向けることを忘れてはいけない」という件についてです。恐らく、それは我々が幼少の頃、もっと無邪気であった時代のことのように思います。

疲れれば休み、面白ければ夢中になるなど、その状況に素直に従った時代が、我々にとって一番自然なのだと思います。そうだとすれば、生活で行き詰った時は、「周りはこうだから~せねば」と世の中の価値判断を一端脇に置いて、自分の「感じ」を大切にすることが、本当の養生なのだと思います。そして、Kさんは、生協のカタログを見て楽しく過ごすことを見出しているとすれば、正にその時々の気持ちに従って養生されていると思います。

このような感覚は恐らく、フォーラムの皆さんとの相互関係などで養われてきたものでしょう。一人で考え込んでいれば、それこそ「~せねば」という「かくあるべし」の姿勢にとらわれ、自分を見失いがちになるものです。これからも、この様な関係を大切にされ、Kさんの豊かな生活が広がることを願っています。
(樋之口潤一郎)

「また頑張らなければならないのかという思い」 '21.3 

Mさんは過去にうつ、現在は不安神経症と診断されており、一時寛解に至ったものの、恐怖心が発作の様に出て体調を崩し再燃したことを記載されています。

一度苦しい症状から抜けて寛解状態に達すると「もう大丈夫」「もうあの苦しい状態は来ない」と思いたくなりますね。しかし、うつは再発・再燃が起こりやすいという特徴ももっています。そういう性質があることを知っておくことも大切になるでしょう。そうはいっても良くなったと思った後に調子が悪くなることは、とても落胆するもの。
「不安を感じたくない、こんな症状なければと思う自分、また頑張らなくてはいけないのかと落胆する自分がいます」と書き込まれていますが、とても正直な気持ちだと思います。

こうした再燃・再発のとき、「また・・」ととらえてしまいがちですが、ここで「戻ってしまった」のではなく、長い時間の流れの中で「今調子が悪くなっている」ととらえてみましょう。そうすると、これまでの治療や取り組んできた時間が無駄になったのではなく、今の不調をどう抜けていくか、という視点にもう一度立てることでしょう。そして今の苦しい状態への対処を考えるとき、以前の改善した時の経験はリソースになるはずです。

さて、森田療法の大切にしている言葉に「努力即幸福」という言葉があります。「努力」というとどこか「根性もの」のドラマやアニメ、あるいは学校や塾のときの「成果をあげるためには努力あるのみ」というような、どこか強いられるようなイメージを持たれることも多いでしょう(もちろん努力にはそういう側面があることも否定するものではありませんが)。

けれどもここでいう努力は、「もう頑張りたくない」と思うけれど投げ出すわけにもいかず、よろよろとまた一歩踏み出す、そうしたあり方を含むものなのです。このときの行動は「必要なことを行う」ことではありますが、その一歩には「起き上がるのは大変だけれど、とりあえず換気も兼ねて窓を開けてみよう」といったものもあると思います。

「また頑張らなくてはならないのか」と気落ちしているときに、「前向きに、意欲的に」というのも無理な注文。うつむきながら、よろよろと、動いてはまたうずくまりでいいので、いまできる小さなことに少しずつ手をつけていきましょう。
(塩路理恵子)

「不安は辛い。だからこそ、目の前の事実を見定め、自分にできることに手をだして」 '21.2 

Hさんは、お父様の身体疾患がこれから先どうなっていくか、いつか悪化してしまうのではないかと悩み、不安でいっぱいであるとお察しします。今のところ、お父様の病状は薬物療法で落ち着き、定期検診でも問題はないのですね。しかし、Hさんは不安で辛い。一方で、お父様はHさんに対し、不安感と同居できたら楽になるのにとおっしゃる。

Hさんが抱いているお父様の病状悪化に対する不安は、お父様を大切に想っていることの裏返しでしょう。酷な言い方になるかもしれませんが、このような不安は逃れようと思ってもけして逃れられないものです。森田も「死は恐れざるを得ず」と語っています。死の恐怖や不安は受け入れざるを得ないのです。

とはいえ、頭で考えてばかりではそのような境地にはなれないものです。お父様とHさんはそれぞれ個別の人生を歩んでいるはずです。時に一緒に歩み、時には違う道を歩む。家族とはいえ、違う人間です。Hさんは自分の人生を疎かにしないでください。今自分にできること、今お父様のためにできることに全力を尽くしてください。不安に圧倒され、時が過ぎ去っていくこともまた辛いことではないでしょうか。時間は有限でありますから、今、自分がなすべきことを大切にされてください。

いくぶん強い文面になってしまい恐縮です。道が開けることを願っています。
(鈴木優一)

「薬の助けも借りてみる」 '21.1 

Yさんは、口を開けて話していないのに、自分の心の声が周りに伝わって、周りの人が迷惑していると考えてしまい、人と付き合うことが怖くなってしまうとのことでした。実際に噂をしているところを見たとも書かれていましたし、知らない人にも心の声が聞こえて怖がらせたりしたとのことなので、かなり落ち着かない日々と思います。そんな中、怖いながらもお仕事はされていると書かれていますので、かなりの頑張り屋さんだと推察します。

この書き込みだけでは細かいことはわかりませんが、かなり周囲の人の反応に敏感になっている様子が伺われます。Yさんは、ご自分の噂をされていると確信されているようですが、それは実際に何か確実な証拠など(相手に確かめてみたなど・・・)があったのでしょうか?

Yさんのように、対人関係での悩みを抱えている場合、「もしや・・」という恐れが、実際にそうであったかのようにリアルに感じてしまうことも一部の方に見受けられます。その後「思い違いだったかも・・」「考えすぎだったかも・・」と振り返る方もいらっしゃいますが、Yさんの場合は、いかがでしょうか。

これまで心療内科に通ったこともあるようですが、今は特に医療機関には通院されたり、お薬を服用などはされていないのでしょうか。心の声が周囲に伝わってしまう・・・といった不安は、もしかしたら薬物療法を併用することで多少和らぐかもしれません。心療内科と精神神経科では多少扱うお薬も異なりますし、一度精神神経科にご相談してみたらいかがでしょうか?

こうした体験フォーラムなどで、同じような悩みを持つ方々との交流など、仲間の支えや助けも大事にしつつ、お薬の助けも借りられると、もう少し辛さが変わってくるかもしれません。
(久保田幹子)

SEMINAR

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