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症状別アドバイス集

その他の部屋

「今ここ、の実感を少しずつ増やして 」 '22.11 

Mさん、こんにちは。過去への後悔と未来への不安ばかりで、「今ここ」に気持ちが持ってこられないということで悩んでおられるのですね。他のところにも書き込みをされている内容を拝見しますと、「自分のした事で、人の人生を台無しにしてしまった」と書かれています。そのような想いがあると、後悔や自責、罪悪感など様々な気持ちが出ては過去に目が向かい、なかなか「今ここ」に目が向かなくなってしまうのも無理もないかと思います。不安神経症が再発され、うつ症状も出てらっしゃるとのこと、お辛いですね。

過去のことについて後悔や自責が大きいと、「こんな自分には、この先悪いことが起こるに違いない」と思い込んでしまう傾向があるものです。過去のことについて、今からどうにか出来ることがあると良いのですが…それが出来ず苦しいのですね。また、未来のことも実際にやってみなければどうなるか分からない、と頭では理解出来ても、つい、考えてしまうのですよね。

これに対して、森田の言葉に「前を謀(はか)らず、後ろを慮(おもんばか)らず」というものがあります。「前を謀らず」とは、「自分がこんな病気がなかったらよかろうに」、「あの夜、活動写真を見に行かなかったら、肺炎にもかからなかったろうに」と「既往の失策の繰り言を言わないこと」と述べています。また「後ろを慮らず」とは、「自分は旅行の途中で、つい大患にかかったら」、「九州で死ぬようなことがあっては」というふうに「未来の取り越し苦労としないこと」と説明しています。そして、「結局は自分が欲望に乗り切るために、その現在現在において、戦々恐々、注意に注意をして、間違いのないようにし、そのうえもしいけないことがあれば、それは天命であって、倒れて後やむのみである、というふうに、そのときどきの現在になるのである」と続けて述べられています。

Mさんの場合には、どうすると良いでしょうか。森田のいう「そのときどきの現在になる」という言葉ですが、「今ここ」に常に目を向け続けなければいけない、と思うとかえって「今ここ」から離れてしまいます。実際には、過去に目が向いたり、未来を気にしたりしながら、ふと「今ここ」に目を向ける瞬間があって、その瞬間瞬間を実感していくことから始めていくものなのだと思います。例えば日常のことで、食事を味わったり、身体を動かす爽やかさを感じたり、季節を肌で感じたり…ということから実感してみるイメージです。Mさんがご自身の感覚を実感し、「今ここ」から人生を歩んでいかれますことを祈っています。
(金子咲)

「別居後のうつと不安障害」 '22.10 

Nさん、書き込みありがとうございます。モラハラに耐えられず別居されたのですね。いろいろ苦しいなかでパートを何とか頑張られていること、今のNさんにはとても精神面のケアが大切ですね。それとともに、法的・制度面について相談すること、そしてモラハラ・DVについて同じような経験をしている仲間とつながることも良いかと思います。なぜならNさんの鬱・不安障害はご本人の気質からだけ起こっているものではなく、今置かれている状況によって強まっており、その構造的な側面があるからです。

すでにこういう対応を取られていればよいのですが、まだでしたら、かかられている病院の担当医に相談し、ソーシャルワーカーに繋いでもらう、または他の方もおっしゃられていた公的機関や被害者支援、家庭でのDVや女性支援に力を入れている団体に相談してみてください。具体的な対策が見えてくることで、できることがはっきりし、緩和される不安、仲間とのやり取りから見えてくる見通しも多いと思います。

別居をされてまだ離婚など法的な手続きは進められていないのだとすると、今後Nさんはどうしていきたいのか。自分の精神的・肉体的な安全を確保しつつ、Nさんの希望を実現するにはどんな方法があるのか、具体的にどうしたらいいのかを制度・法律に詳しい専門家と話をして、具体化していくことも大事だと思います。

全部を自分でやるのではなく、辛い時に必要な援助を求めるのも大事なことです。その援助には友達や知人から受ける私的なものから、体験フォーラムや生活発見会のように準公的なもの、より公的なサービスまでいろいろなものが含まれます。

内閣府にも情報サイトがあり(残念ながら情報を少し検索しにくいですが)
https://www.gender.go.jp/policy/no_violence/e-vaw/dv/02.html
そこに載っている女性センターの都道府県・市町村の一覧はこちらです。
https://www.gender.go.jp/research/joho/pdf/01-6.pdf
どちらにお住まいかわからないので、きわめて総合的なリンクですが、貼っておきますね。
(矢野勝治)

「うつになった経験を活かす」 '22.9 

Jさんはうつ病を9年経験し、現在は神経症と共に生きているとおっしゃっています。Jさんは幼少期よりご家庭の事情から両親と離れ、生きていることが悪いと感じながら生活し、中学生の頃から消えたいという気持ちがありながら、生活されてきました。

その後、役者になる夢を持ち、経済面の自立を考えて看護師となりつつ、役者を目指して上京されました。1年後にうつ病を発症され、ご家族の理解がないまま家を出て、うつ病治療をされてきたとのことです。その後、回復、悪化を繰り返し、森田療法と出会って3ヵ月目でやっと自分らしく生きていけている気がしていると感じていらっしゃいます。

Jさん、本当に今まで良く頑張っていらっしゃいましたね。沢山の困難に立ち向かってきたこと、本当に素晴らしいと思います。そして、現在、「自分らしく生きている」という感覚が出てきたのですね。この感覚になれたことは、森田療法と出会ったこともあるかもしれませんが、Jさんが今まで頑張ってきた経験が活きたからこそなのではないでしょうか。

一般に、うつ病からの回復の中で、うつ病の回復を遅らせてしまう、あるいは、悪化させてしまう要因の一つに、自分がついつい陥りやすい行動パターンというものがあると言われています。Jさんの場合、Jさん自身がおっしゃっていたように、「無理な生活スタイル」というのがそれにあたるのかもしれません。

Jさんの言う「無理な生活」というものが、具体的にどのようなものであったのかは分かりませんが、無理な生活をしているときというのは、「こうでなくてはいけない」という構え(「かくあるべし」の姿勢)が強くなっているときが多いように思います。この「かくあるべし」に縛られて生活していると、うつ病が長引いたり、あるいは再発しやすかったり、としやすいものです。これは私の想像なのですが、Jさんは今、この「かくあるべし」から少しずつ解放されたことで、「自分らしく生きる」という感覚を手に入れたのではないでしょうか。

Jさんの体験から考えると、本当の意味でのうつ病からの回復というのは、元の自分に戻るということではなく、うつ病を経験したことで、今までの自分より、より良く生きることが出来るようになることなのかもしれません。これは、同じように長いうつ病に苦しむ方に何かしらのヒントになるのではないでしょうか。

これからも、Jさんがこの3ヵ月の間で得た感覚を是非とも大切にしていってくださいね。応援しています。
(谷井一夫)

「焦りが不安を強めること」 '22.8 

Bさんはさまざまな体の症状や体が動かない、死にたくなるのが怖い、などの様々な不安が続くことを書きこまれています。ご家族のためにもなんとかしたい、不安をなくしたいと焦っているけれど動けず苦しい気持ちを書かれています。その中で「不安がなくなったら元通りに動けると、不安をなくすことに集中して余計不安が高まりました」とも書かれています。

大切なことに気付かれていると思います。先輩からのアドバイスの書き込みを読んで「不安で固まって自分のことばかり考えている反面、家族に申し訳なくてはやくなんとかしたいと焦っています」と書かれています。ご家族のためにも不安をなくしたい、動けるようになりたい、という思いが強いのですね。

一方で気づかれているように、その願いが「不安をなくさなければならない」と「かくあるべし」になってしまうと、そこに焦りが生まれて、逆に不安に集中することになって身動きが取れなくなってしまいます。行動も「不安をなくすためにやみくもに動く」ことになってしまい、その動き方は疲れを強めてしまいます。さらに「頑張ったのに元気にならない」という徒労感を持ってしまうこともあるでしょう。

Bさんも、きつい時期にも仕事やPTAを頑張ったよう。焦りでやみくもに頑張ってしまったこところもあるようですが、でも一方で苦しい中で手を動かしたことはあったはず。そのときに「このことは頑張って取り組んだな」ということを、もう一度、できるだけ具体的に振り返ってみてください。

「上の子にはにこやかに接してあげられたのに、年が離れた下の子にはいつもどんよりとした不機嫌な顔で、たびたび不安で固まっている姿を見せているのが何よりつらい」とも書かれています。お子さんたちが何よりも大切なのですね。おそらく上のお子さんが小さな頃と今の体調はかなり違うのでしょう。その中で「同じようににこやかに接してあげたい」と願うのはとても自然なことですが、「にこやかに接してあげなければダメだ」と「かくあるべし」の無理な注文になっていないでしょうか。

可能な範囲で穏やかに接してあげることはもちろんですが、思い出していただきたいのは、にこやかに接してあげた上のお子さんがお兄ちゃんかお姉ちゃんとしていてくれている、ということです。さらにご家族もそしてBさん自身も上のお子さんを育てたことは「経験」になっているはずです。

幸いフォーラムではつらい時間を過ごしたけれどお子さんのことを考えてチャレンジしている先輩にも出会えたようす、先輩の取り組み方は良い参考になりますね。病院のことも書かれていますので、病院も恐る恐るでも行って相談できるといいですね。「一人で頑張らねば」と焦りから肩に力を入れて自分を追い込むのではない「今、少しでも手が付けられること」というやり方を探ってみてください。
(塩路理恵子)

「うつの状態に応じた対応」 '22.7 

Jさんどのような時期にどのくらい活動したらよいかお悩みですね。うつ状態に応じた森田療法を活かした対応を述べますね。

うつ病の米国DSM5診断基準を照らすと、(1)抑うつ気分(憂鬱な気持ち)、または(2)興味または喜びの喪失のうち少なくとも一つは存在し、(3)体重の変化、(4)ほとんど毎日の不眠か過眠、(5)ほとんど毎日のいらいらまたは行動の抑制がかかる、(6)ほとんど毎日の疲労感、(7)ほとんど毎日の無価値感、(8)集中力の低下、(9)死にたい気持ち、のうち5つが同じ二週間に存在していることが基準になっています。これを満たすようであれば、うつ状態からくる否定的な思考があるのではないかと思いますし、きちんと抗うつ薬を使用し無理をしない方が良いでしょう。

回復の過程は個人差がありますが、以上の症状が少しずつ階段を上がるように回復していきます。我々は患者さんに「今どのくらいの回復度合いですか」と訪ね、%で表現してもらうようにしています。症状がでそろっているいわゆる「極期の過ごし方」は、「果報は寝て待て」が大事になります。簡単に言うと家でごろごろしていて良いわけです。

30%前後から50%くらい、「回復前期」の時は、「毎日の中での変動が目立つ」のですが「どん底を過ぎれば必ず回復が訪れる」と思っていて下さい。この時期は「疲労感」を主な基準として、疲労感が強い時は休息し、軽い時は手をつけやすいところから手をつけていきましょう。これが「臨機応変」という対応です。また「感じから出発する」のが大事です。何かしたい気持ちがあればそれを少しずつ行動に移して疲れたらまた休んで良い訳です。

本来の状態の60~70%くらいまで回復してきたら、生活リズムを規則正しくして生活を整えて行く、「外相を整える」ことが大事になってきます。また、今までの自分の生き方を見直す時期でもあります。「かくあるべし」といった思考にとらわれず現状の中で出来ることをしていくことが大事になります。

上記はいわゆる原則論です。直線的に回復の方向が向くとは限りません。一旦70%くらいになってもまた動いて疲れて50%に戻ることもあります。それを悪くなったと捉えすぎずにまた回復してきたら動いていくというくらいに思っていたらいかがでしょうか。 このようにうつの状態、%に応じた養生をしていって頂けると幸いです。
(舘野歩)

「少し力を抜いてみる」 '22.6 

Jさん。こんにちは。

小学生の頃からうつ症状に悩まれてきたのですね。「学校でも家でも休まる日々ではありませんでした」と書かれていますが、そのような環境から、今のお仕事・ご家庭に辿り着くまでの努力は、きっと並大抵のものではなかったのでしょう。

さらに最近は妊娠のことを考えて減薬を試みたりもされているとのこと。コメントを拝見しただけで何かが言えるものでもありませんが、ご自身に対してややネガティブな捉え方をされる側面もあるようですが、今までも、そして今も、努力を積み重ねてこられている方なのではないかな、という印象を受けました。

そのようなタイプで、うつ症状を繰り返している方の場合、一つ気をつけた方がいいポイントがあります。それは、がんばりすぎてしまっていないか、ということです。「幸せに、楽しく暮らしたい」。そのお気持ちはとても大切な生きる力だと思います。ですが、その気持ちが強すぎると、時に空回りして疲れてしまうことがあります。たとえば、挙げられている中でいくと、うつ症状が強い時に無理をして落ち込んでしまったり、お薬を減らしすぎて眠れなくなってしまったり、というところが近いでしょうか。

つまり、努力が足りないのではなく、むしろ過剰になってしまっているのかもしれません。人生不思議なもので、散々押しまくってもびくともしなかったものが、引いてみると拍子抜けするくらいすんなりうまくいくこともありますね。ご自身でもYさんにアドバイスされているように、もう少し「手を抜いて」みるとよいかもしれません。
(半田航平)

「勉強への取り組み方」 '22.5 

Rさんは現在資格試験の勉強をしているときに「この神経症(強迫観念)のせいで集中できない、という考えは無意識の逃避ではないか」と悩んでいらっしゃるのですね。 そのお答えは他の方の回答でお答えいただいているので、そちらを参考にしていただくこととして、ここでは、勉強への取り組み方についてお話させていただきたいと思います。

そもそも試験勉強はほとんどの人にとって楽しいものではないですし、大きなストレスになることが多いと思います。好きなことでも勉強となると嫌いになることもあります。その間に強迫観念が出てきて邪魔されたら余計に逃げたくなったり、他の人に頼りたくなる気持ちもあったりして当然です。当然あっていい気持ちをあってならないと思って排除することは必要ありません。

「一波を以て一波を消さんと欲す、千波万漂交々起こる」という言葉が前月の専門医のアドバイスでもありました。症状を消そうと努力すると、逆に次から次へと新たな症状が生じて収拾がつかなくなることです。気になることをすぐに解消したい、白黒はっきりつけたいという姿勢により、余計に悩みや気になることが増えるのかもしれません。悩みというものは、白黒はっきりつかないことや、すぐには解消されないことの方が多いものです。神経症か神経質かの定義も実際はその人がどれくらい困っているかという度合いによるので、曖昧なものです。

また、過去に人に迷惑をかけたことをふと思い出すことは変なことではないと思います。誰でも過去の失敗を不意に思い出してしまうことがあります。そしてその思いが自分の中で整理されるのは時間がかかるものです。それをすぐに取り除こうとジタバタすると余計に考えてしまう悪循環になります。

今のRさんの目的は資格を取得することですね。勉強する際に「逃避してはいけない」とか「集中して勉強に取り組まなければいけない」といった「かくあるべし」の姿勢はとらわれの素です。大事なのは、皆さんがおっしゃるように、観念はそのままに、目の前のものに手を出してみることです。

例えば集中しようと思って、集中する環境作りなど、勉強をする準備にばかりに気を取られて時間を浪費しているとしたら、もったいないですよね。試験は100点をとらないと受からないものではないですから、100%の理解や一つの問題にばかり気をとられたとしたら、勉強は進みません。ここでも白黒はっきりつけず、分からない部分があっても、とりあえず理解できそうな部分から手を伸ばしてすすめていくことも大事です。

他の方もおっしゃるように、「不安なまま、スッキリしないまま、嫌々、次の行動に移っていく態度」で、今日は問題集がここまで進んだ、一個理解できたことが増えたという事実を足がかりに、勉強を進めてみてください。

Rさんは強迫観念がありながらも一般生活を送れていらっしゃるとのことで、素晴らしいと思います。今できていること、目の前の勉強や今の友人との付き合いを大切に頑張ってください。
(市川光)

「誰のために生きるか」 '22.4 

Yさんの症状が酷くなったのは、お父様の死がきっかけだったとのことですが、その亡くなったお父様に対する思いが綴られていました。それは、大変な闘病生活を終えて、ようやく天国で自由に過ごしているであろうというお父様への思いと共に、未だ色々なことに悩みつつ生きている自分は父のことを苦しめることになるので、思い出すことはあっても会いたいと思わないといったものでした。

 大切な人を失うということは、残された者に、寂しさや悲しさだけでなく、後悔や、罪悪感などさまざまな感情を抱かせるものです。このフォーラムの中でも、身近な人を失って、同じような経験をした方は多いのではないでしょうか。私も、大切な存在を亡くした時には、悲しさだけではく、「もっと〜すれば良かった」といった後悔や、「生きている間に〜を見せられなかった」といった申し訳なさなど、色々な思いがよぎりました。それは時間の中で、多少変化するとしても、なかなか整理がつくものではないような気もします。

YさんのOCDがどのようなものなのか、記載されていないのでわかりませんが、いずれにしてもお父様の死によって悪化したということですし、その存在がとても大きかったのだろうと想像します。実際、今回の書き込みを拝見し、「逢いたいと思わない」という言葉とは裏腹なお父様への想いを感じました。「会いたいなって独り言で呟いたりするけど…」という気持ちが、実は本当の想いなのではないでしょうか。心配させたくない気持ちが、本当の想いに蓋をしてしまっているようにも感じました。

 お父様は、Yさんが30代前半の時に亡くなられたということですから、まだお若かったのだと思いますが、大変な闘病生活をされていたのであれば、必死に「生き尽くした」ということなのではないでしょうか。Yさんの文面を見ると、思い悩んで生きていることを否定的に捉えているように受け取れましたが、それは真剣に生きようとしているからこその悩みとは言えないでしょうか。実際、人生は幸せなことよりも、むしろ思い通りにならないことの方が多いように思います。だからこそ、少しでも後悔がないように・・・と人はあがくのかもしれませんね。闘病生活を経験したお父様は、沢山そうした思いも味わってきたでしょうし、Yさんが悩みつつ生きようとする姿勢を見守ってくれるのではないでしょうか。「心配させたくないから、会いたいと思わない」と気持ちに区切りをつけるのか、それとも心配させたくないからこそ、「今」を大事にして、自分なりに生きようとするのか・・・。自分なりに精一杯生きることは、誰のためでもなく、結局自分の人生を大事にすることになるのでしょう。

 短いか長いかの差はあっても、いつか私たちの人生には終わりがきます。「死」によって「終わりがあること」を目の当たりにすることは、残された者にとって、これからの人生をいかに生きるか、を考えるきっかけになるのかもしれません。  自分なりに・・・と日々を生きることが、お父様への恩返しになると同時に、お父様への色々な思い、自分への色々な思いを整理し・受けとめることに繋がるような気がします。
(久保田幹子)

「生の欲望が過剰な時には」 '22.3 

Tさん、こんにちは。症状がありながらも目的へ意識を向け、仕事に励んだ結果、順調に実績を上げているのですね。森田療法を学び、実践されている姿勢がすばらしいです。一方で、成長欲求が強すぎるあまりに、過剰な目標設定をし、それが度を越した行動へ繋がり疲弊してしまっているとのこと。今は、強い生の欲望と自分のエネルギーとの折り合いのつけ方に悩んでらっしゃるのですね。takenokoさんのこうしたお悩みは、多くの方が経験される大切な葛藤ではないかと思います。

「生の欲望を尊重する森田療法では、その過剰さとの付き合い方はどう考えるのでしょうか。」と書かれているTさんの思いに対して、森田療法の視点からコメントをさせていただきます。

森田が「欲望はこれをあきらめることはできぬ」という言葉や、「われわれの完全欲、すなわち向上心があることは、ちょうど水が低きにつくのと同じ自然の勢力である。水はどこまでも流れ流れてやまざらんとする。」という言葉で述べているように、生の欲望には際限がないということが分かります。

しかし、Tさんも葛藤されているように、私たちの身の回りには、限りがあるもので溢れていますよね。例えば、身体が健康でいられるためには、永遠と酷使し続けることはできません。1日は24時間しかありませんし、作業も一人で出来るものには限界があったりします。こうした様々に限界のある事実と、生の欲望との両方を見て、折り合いをつけていくことが大切です。

では、折り合いをつけていくための手がかりはなんでしょうか?まずは、「できないこととできることを分ける」ということです。私たちは限界を超えてやっていくことは出来ないですが、限界があるという事実を認めることはできます。また、限界を認めるに伴って生じるもどかしさや、不本意な気持ちを無くすことはできませんが、その気持ちのまま過ごしてみることはできます。そうしたすみ分けを頭に置いておくことで、余計な空回りを無くしていくことができます。

Hつぎに、「できることの中でも優先順位をつける」ということです。例えば、仕事の中でも特に重要なものに絞って、それに力を注ぎつつ、他はほどほどにしていくという形です。全部を自分一人でやるのではなく、任せられるものは誰かに任せてみるのも一つかもしれません。そうすることで、自分の力をどこに注いだら良いのかが分かっていきます。

これらを意識しながら、是非Tさんなりに試行錯誤されてみてください。成長したい生の欲望にのって、Tさんに合った過ごし方が見つかることを願っています。 (金子咲)

「追えば追うほど大きくなる不眠恐怖」 '22.2 

Hさんは不眠不安に悩まれているとのことです。入眠障害を完治させたい、不眠に不安感を感じないようになりたいという思いがとても強そうです。

経過の中で、いったん不眠恐怖に悩んだものの、「寝られるときに寝ればいい」という考えに転換していつも通りに眠れるようになった。けれどもそのあと1週間ほどして、眠れない夜があったときに不眠の恐怖がフラッシュバックして、不眠恐怖が再発したと書かれていました。

今も眠れない日が多いのでしょうか。それともむしろ「不眠が治っていない」ことの苦しさが大きいのでしょうか。この違いは大きいです。

どうもHさんは「不眠恐怖」というおばけに右往左往させられてしまっている気がするのです。睡眠というのは難しいもので、追えば追うほど逃げる影のようなところがあります。よく眠れない日が二日あると不眠だと疑い、自分で病気化してしまって、一日でもまたよく眠れない日があるとショックを受けてしまう。

文面からHさんは気になることはすぐにしっかり治していきたいやや完全主義的なところのある方ではないかと思ったのですが、いかがでしょうか。几帳面な人や完全主義的な人は足りないことに目が行きやすいものです。毎日思ったように眠れないと(不眠恐怖が完治しないと)自分が何か足りない人間のような気がしたり、睡眠時間によって自分を判断するのはもったいないと思いませんか?Hさんの几帳面さや集中力を仕事に注げばすごく良い仕事ができそうに思います。

Hさんが、2か月ほど前にある日眠れず、翌日眠れたと述べられていたように、身体は自然なもので、疲れると自然に眠りに落ち、必要な休息をとっていくものです。

不眠が気になると、この症状さえなければと思ってしまいがちですが、不眠へのとらわれは日常生活の広がりとともに良くなってくるものです。不眠だと○○できないのが困るのだとしたら、不眠が解消されるまで待つのではなく、○○にまず手を出してみましょう。完全に問題が解消されるまで待ってから行動するのではなく、症状があってもできることから手を出していくことが自分の望んでいる生活の実現に繋がっていきます。0か100かではなく、10,20の積み重ねが100につながっていくという事実に基づいた考え方です。

今は、アルバイトと就活をされているようですが、それをできる範囲でしっかりやること。そして趣味などが100%楽しめなかったとしても、やらないよりはちょっとだけでもできたらよしと考えてよいのではないでしょうか。気になることがある時に、心が完全に晴れないのは自然なことです。少しでも楽しい時間が持てたことで良しとして、楽しい時間を50%、60%と増やしていきましょう。全体としてみるとかなり充実した生活になっていくと思いますよ。 (矢野勝治)

「抑うつ状態が悪いときは、諦めて休むことも大切」 '22.1 

Rさんは1カ月前から、何もやる気がおこらず、睡眠障害もあり、引きこもって生活をされております。病院で抗うつ薬を処方されて、現在も内服されているようですが、「やる気を取り戻してなんとか動けるようになりたい」と考えていらっしゃいます。

やる気がでなくて、眠れなくて、家事も出来ずに引きこもって生活している状態というのは辛いですよね。ここに書かれていることだけなので、詳しいことは分からないのですが、Rさんは現在、心身のエネルギーが少なくなっている「うつ状態」であることは確かなようですね。

この「うつ状態」の要因にはいわゆるうつ病からくるもの、ストレスからくるもの、他の病気や要因からくるもの、と様々あります。それによって対処方法は異なる部分もあるのですが、今のRさんの状態は、まずは休養と薬物療法が必要なのではないかと感じます。

やる気がなくて動けない状態が続き、睡眠障害も伴っているということであれば、今は心身のエネルギーが殆どない状態であるということだと思います。ですから、まずはその現実を受け入れて、無理をせずにしっかりと休養をとる必要があると思います。このようにエネルギーがない状態にもかかわらず、「こんなことではいけない」「怠けてはだめだ」「なんとかしなくては」という構えから、無理をして動いてしまうと、うまくいかないだけでなく、ますます「うつ状態」が長引いてしまうといった悪循環を招いてしまいます。

うつ状態が回復してきた際には少しずつ生活も回復させていく必要があると思いますが、今は焦らず、ある意味諦めてしっかりと休息をとることが、回復の第一歩になると思います。 現在の主治医の先生とも良く相談されながら、どのように過ごしていくと回復しやすいのか、を探りながら、実践していって下さいね。回復をお祈りしております。
(谷井一夫)

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