Yさんは、物心ついた頃から書痙があり、学生時代には黒板に字を書くことができず、いじめを受けるなど大変つらい経験をされてきたのですね。学校へ行くのもつらい中で、ご両親の期待もあり、相談できず過ごしてこられたとのこと、そのご苦労は相当なものだったと思います。それでも大学を卒業され、ご結婚され、2人のお子さんを育て上げてこられたとのこと。長い年月の中で、多くの困難を抱えながらも生活を築いてこられたことは、Yさんのお力だと思います。
Yさんは現在、事務のお仕事をされているのですね。PCのマウスに力が入りすぎてカーソルを合わせにくいことや、人前で字を書くことに不自由さを感じることがあると書かれています。一方で、「学生時代よりは大分減った」とも書かれていますね。それはYさんがこれまでの生活の中で、さまざまな工夫を重ねながら乗り越えてこられた結果とも考えられます。実際にどのような工夫をされてきたのかここではうかがえませんが、以前よりも症状が軽くなっているという事実は一つの大切な点だと思います。
書痙のような症状は、人前で字を書く場面などで「うまく書かなければ」「失敗してはいけない」と意識が向くほど手に力が入り、思うように動かなくなることがあります。するとそのことがさらに気になり、そうした場面に苦手意識を感じ、苦手な場面でますます体がこわばるということが起こりやすくなります。そのような時、森田療法では、先に症状をなくそうとすることよりも、まずは症状がありながらも日常生活で出来ている事実に目を向けていくことを大切にします。森田が患者さんに話した言葉に次のようなものがあります。
「書痙は、とにかく書けるようになった。それでよくなったといえる。人前でもよく書きたい。一時間のものを三十分で書きたい、と思う。…またもっと上手になりたいと思うのもよい。ただ自分はどこまでも欲張るものであるということを認めるとともに、以前よりはよくなったという事実を認めなければならない。」
Yさんにおかれましても、緊張して手に力が入ることがあっても、その場その場で必要な作業に取り組みながら生活を続けてこられているのではないでしょうか。また、苦手と感じる場面がある一方で、仕事や生活の中でYさんなりにうまくできていることや得意なこともあるかもしれません。Yさんならではの持ち味を発揮しつつ、日々の生活を重ねていかれることが、さらなる歩みを進めていくことに繋がっていくのではないかと思います。
(金子咲)
Nさんには、不完全恐怖があり、とにかく失敗が怖いと感じているようです。その他にも加害恐怖や不潔恐怖にも悩まれていると書かれています。一見すると、恐怖の対象はさまざまなように思えますが、「~になったらどうしよう」といった不安があるのでしょう。と同時に「~になってはいけない」という万全を求める気持ちが共通してあるのではないでしょうか。そしてNさんには自分のルールに縛られている感覚があり、何より行動が出来ないことに悩まれているようです。おそらくルールというのは万全を期すためのものなのでしょう。しかし、万全を求めるとますます不安が強くなり行動が出来なくなってしまうのは自然な心理かもしれません。
私たちの生活には不確かなことが多くあふれていますよね。明日雪が降るかもしれないし、こうしようと思っていても、予定通りにことが進まないことだってあります。ある程度の見通しは立てられたとしても、実はどうなるかわからない不確かさと隣り合わせと言ってもいいのでしょう。人はわからないコトに不安になるように出来ていますから、不安になるのは人間にとって自然なことだと思います。そのようなときに、願掛けのような、とりあえずの安心を得ようと自分なりのルールで行動をすると、一時的に安心感が持てることってありますよね。しかし、それが過ぎると、次はルールを守ることに縛られて結局それをしないと不安になり行動ができなくなる。まさに今のNさんの状況そのものなのではないでしょうか。自分にとって安心を担保するためのルールが、実は不安を呼びやりたいことへの足かせなっているとしたら逆効果になってしまいますよね。
Nさんは大学に行くこと、卒業することが目標だとおっしゃっています。とても素晴らしい目標ですね。しかし今のNさんはルールを守ることが目的になってしまっていませんか?安心を担保するためのルールに多くの時間と労力を費やす生活は、本当の納得につながっているでしょうか。きっと、そうではないはずです。ルールを守ることで得られる安心は実は一瞬。一時的な安心に目を向けるのではなく、数年後の自分が納得する生活はどのような生活か、という視点に立ってみるのも必要かもしれません。そしてその生活に向けて出来ることに目が向くとそこに可能性が見えるかもしれませんよ。自分の欲求を足掛かりに進む道は、どうなるかわからない不安を含んでいたとしても、本当の納得につながる道になるはずです。心から応援しています。
(渡辺志保)