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症状別アドバイス集

普通神経症の部屋

「身体を整えてから行動・・・ではなく、生活や行動をしていく中で身体も整っていく」 '20.5 

Kさんは、子育てが一段落した頃に肌荒れが気になりだし、触っているうちに悪化、さらに痒みや手足の不安感などに悩まされ、日々の生活が辛いとのことでした。また、Mさんは、めまいと胃腸の不快感に悩んでいると書き込まれています。お二人とも、症状に応じて身体科の診察や検査を受けられたものの、不調が改善しないために、生活に支障が出ているとのことでした。

実際、身体の不調は不快なものですし、何とか原因を探りたい、解決したいと思うのは当然のことです。治療を試みても改善しないとなると、八方塞がりの気持ちになってしまいますね。しかし、症状を何とか早く治したいという気持ちが強ければ強いほど、かえって身体の状態(不調)が気になり、逆にそのことに敏感になってしまうといった事態に陥ります。大なり小なり、こうした経験は皆さんにもあると思いますが、特に心配性で神経質な性格傾向の方は、身体の不調のみに注意が向いてしまうために、どんどんとらわれていってしまうのです。その結果、まず身体の不調を治すことが先決、治ってから行動しようと考え、どんどん生活や行動範囲が狭まってしまい、ますます身体の不調を恨めしく思うようになってしまうわけです。特に皮膚の症状は、気になって触ったり掻いたりしてしまうことが、逆に皮膚組織を壊してしまい、悪化に繋がると言われています。とはいえ、痒みをなるべく触らずに様子を見るというのは辛いものですよね。

では、こうした身体の不調に対してどのように対応したらよいでしょう。先ほども述べたように、体調をまず整えようとすると、どうしてもその原因を探りたくなり、原因がわからない、あるいは体調がすっきり整わないことがさらなるストレスに繋がってしまいます。まさに、身体の不調の原因であるストレスを自分で作り出してしまうわけです。

身体の不調は、ある意味心の叫びのサインなのかもしれません。Mさんはもともと些細なことでも悩みやすい性格と書かれていました。つまり、めまいなどの不調は、考えても答えがすぐに出ないことをあれこれ心配し、心が疲れたサインとも考えられるでしょう。 Kさんは子育てが一段落して暇になった時に肌荒れが気になるようになったと書かれていました。もしかしたら、これまで必死に子育てに取り組んできたエネルギーを、どこに向けたらいいのかわからないといった心の迷いが身体に影響していたのかもしれません。身体は思っているよりも繊細で正直なものです。まずは、身体の症状を先に解決しようとせず、心に栄養を与えてあげることが必要なのかもしれませんね。そのためには、不調な中でも、自分の心が欲していることに手を出してみたらどうでしょうか。あるいは、辛い中でも日々の家事や育児をこなしているご自身を褒めてあげることが、心の余裕に繋がるのかもしれません。

体験フォーラムを拝見すると、お二人は日記をつけて日々の生活を振り返っているようです。その中で、Mさんはお子さんとの日常を楽しんでいらっしゃいますし、Kさんは、買い物をしているうちに症状を忘れていた経験や、ゴルフ練習場に通うなかでコツをつかんできた喜びなどを記載されていました。身体の症状がなくなったわけではないと思いますが、十分にお二人とも「今、この時」を生きていらっしゃるように思います。

身体の症状を治してから・・・と考えていた時には、思い通りにならないことばかりの毎日だったかもしれませんが、ちょっと順番を変えて、今やってみたいこと、出来ることに取り組んでいくと着実に何かが積みあがっていきます。心が少しずつ満たされていくにつれて、身体の調子も整っていくのではないでしょうか。
(久保田幹子)

「身近なところにヒントはある」 '20.4 

Hさん、はじめまして。幼少時から死への恐怖が強く、今は頻脈と不整脈に囚われ苦しんでいらっしゃるのですね。医療現場はコロナウイルスに気を配りながらの勤務で、日々緊張を強いられる状況ですので、疲れが溜まりやすい状況とお察し致します。本当にお疲れさまです。

私は医師ですが同じく病気は怖いです。病気になろうと思って病気になる人などいませんし、自分がコントロールできないところで病気は生じるものです。Hさんは病気の知識があるでしょうから、それ故不整脈や頻脈の怖さも知っていると思います。心臓の動きに意識を向けると、その感覚が鋭敏となり、さらに胸の違和感が増すという悪循環に陥っているのかもしれません。

森田療法では、死や病気への恐怖心は、「生きたい」という気持ちの裏返しであり、避けては通れない人間の自然な感情と捉えます。もしかしたら、Hさんはこんなことに悩む自分は情けない、人間として弱い、とお考えかもしれませんが、生きている限り誰にも生じる自然な気持ちなのだと森田療法では考えます。

私には、Hさんが不整脈や頻脈への不安を抱えながらも、日々病に苦しむ患者さんのケアに取り組んでいらっしゃる姿が目に浮かびます。患者さんのケアをしている時、どのような感覚や気持ちが生じているでしょうか?

自分への囚われが生じている時は、外の世界に目を向けることがポイントです。忙しい中たいへんと思いますが、患者さんと接する時間を少し長く取り、丁寧に患者さんに寄り添ってみると、新たな発見があるかもしれません。また、職場には複雑な人間関係があると思います。人間誰しも完璧に物事をこなすことはできないですし、皆に好かれることも不可能なものです。1日1つ、患者さんのためになるケアが実践できればそれでよし。そう自分に言い聞かせてみてはいかがでしょうか。

自分に多くを求めず、肩に力が入らない人生が送れる日が来ることを願っています。
(鈴木優一)

「不眠に対する発想の転換」 '20.3 

Kさんは過去にパニック障害などのお悩みがあったとのことですが、森田療法カウンセリングを受けて落ち着かれていたのですね。それが、7年程経って、今度は眠れないことを気に病まれているとのこと。良くなっている実感がもてていた分、また困りごとが生じると穏やかな気持ちでいられないものですね。そのような時には、真面目な方ほど「前のように戻ってしまったのでは」と焦り、不安になる傾向が強いように思います。

Kさんは睡眠について、「眠れた日は元気によく朝起きれるのに、寝付けなかった日は朝起きた時に、眠れなかった事のショックを受けてしまう」と書かれていますね。不眠にお悩みの方の場合、眠れるようにあれこれと努力をされることが多いのですが、実はそれでは逆効果になってしまいます。不眠について森田先生は、「不眠に注意を集中するほど、ますますこまごまと眠れない状態が明らかになり、これを恐怖するほど、ますます注意がその方に集中するようになる」と、注意と恐怖がお互いに強め合ってしまう相乗作用を「精神交互作用」という言葉で説明しています。そのため、眠ろうと強く思えば思うほど、眠れなくなってしまうのです。

ではどうしたら良いでしょうか。寝付けない時には悪あがきせず、思い切って「眠らない」という選択をとるのはいかがでしょう。実際に、森田先生が不眠に悩む患者さんに対して「明日は眠らず来てください」と告げると、患者さんは早速その晩安眠できたというエピソードがあります。「眠らない」と思うことで構えがゆるみ、かえって眠れるようになる、発想の転換が功を奏したということですね。

発想の転換つながりでもう一つお伝えします。そもそも、眠れる眠れないことへとらわれているということは、眠ることが目的になってしまっていると考えられます。眠ることの本来の目的は、休むことですよね。そのため、眠れるかどうかより、身体を休めることに意識を向けてみることも発想の転換になるかと思います。現在Kさんは、子育ての真っ只中でいらして、気持ちにも余裕がないとのことです。子育ては思うようにいかないことばかりでしょうから、本当に大変ですよね。日中奮闘して疲れた身体を、どう休めるか工夫されることが大事です。夜ゆっくり身体を横にすることで案外休めるかもしれませんし、日中お子さんと一緒にお昼寝することも一案です。発想の転換をしてみると、解決の糸口は見えてくるかもしれません。
(金子咲)

「失ったからこそ大切なものがわかる」 '20.2 

Yさんはメニエール病で闘病中とのことですね。以前この体験フォーラムのコメントにも書きましたが、難治の耳鼻科疾患で森田療法を希望される方は多い印象です。そしてメニエール病、突発性難聴を初めとした耳鼻科疾患は身近によく起こるものです。周囲にも今も難聴に苦しんでいる同僚や患者さんはよく聞きます。

聴力が落ちていくことは恐怖です。人とのコミュニケーションの時に支障が出たり、Yさんの場合は小さなお子さんがいるので余計心配でしょう。「もっと悪くなったらどうしよう」と繰り返し考えてしまうのは自然な気持ちで、それだけ家族との関係や他人との関係を大切にしたいと思うからでしょう。

今回の話を聞いて思いだしたのはトーベ・ヤンソンの「ムーミン谷の仲間たち」にあるフィリフヨンカの物語です。お読みになったことがありますか?繊細な性格のフィリフヨンカはいつも自分の家にある大事なものをいつか失ってしまうのではと毎日毎日恐れて生きていました。ある日、竜巻が来てフィリフヨンカの家を奪ってしまします。しかし失ってみて初めて、「もう二度と失う事を恐れてびくびくする必要はないんだ」と思うのです。竜巻を前に両手を上げて自由になったフィリフヨンカのイラストが本には描かれています。この物語を読んでいるとフィリフヨンカの自由になった清々しい気分を読者も味わうことができます。失ってみて初めて自分のありのままを感じることができたのではないでしょうか?Yさんも失っている部分はあるかもしれませんが、それでも尚ある弱い自分も含めたありのままの自分を感じていってください。

それと保育園にお子さんを入れたとのこと、良いと思います。保育園に入れることを「本当は自分がみるべきなのに」と感じられるお母さんは多いですが、保育園で子どもは育っていきます。お母さんが無理せずに休息も取れると、お子さんと接する時のゆとりも生まれお子さんにとっても逆に良かったりします。お子さんが元気一杯に育っているのはYさんが病と付き合いながらも子育てを一生懸命やっていらっしゃる何よりの証拠だと思います。
(大久保菜奈子)

「頑張りすぎぬように」 '20.1 

Mさんは病気、体調不良を恐れ、そのことを考えない日はないとのことです。小さいころから病弱で入院もたびたびされていたのですね。すると自分の体調に過敏になるのも無理はないかもしれません。身体の病気を心配する人はこんな悩みを持っているのは自分だけだと思いがちなところもありますので、ここで話して少しずつ不安のある自分もOKだと思ってもらえるようになればと思います。

Sさんや経験者のKさんがアドバイスしてくださったように、検索の時間制限やサイトの制限のアイデアはとてもいいですし、外の情報によってとても揺り動かされやすい状態にあるので、病気のニュースなどはあまり見ないというのもいいと思います。

診察については、毎回同じ先生にかかられていますか?それとも違う科にかかられるのでしょうか。先生の反応や、診察の後の状態や気分はいかがですか?楽になりますか? 様子を見て、診てもらうかどうかを徐々に決めていけるようになれるといいですね。大事なのは行くか行かないかで綱引きをすることではなく、行ってみてどうだったかを感じて、自分と家族にとってより良い選択肢を選べるようになること、そして診察に行った方がいい病状とそうでない病状を分けていけるようになることです。それが不安を抱える心の器を大きくすることになります。通院を制限して何とかなった体験を積み重ねていくことでも抱える力はつきますし、通院する経験の中で少しずつわかっていくという道でもいいのです。

出産を機に病気が前よりもひどくなったとのことですが、その理由として思いつくことはありますか?病気になったら何が困るのか、自分が大切にしたいものは何かをよく考えて、見つめてみてください。

そして完璧にいい一日が過ごせなくてもいいのです。少しでもやりたいと思っていたことができたり、家族が笑って過ごせたとしたらそれで(はなまる)ですね。神経質性格を持つ人はみんな自分を責めるのがとても得意なので、今日の反省は明日に生かせばいいというスタンスで少し気楽にやっていきましょう。
(矢野勝治)

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