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症状別アドバイス集

普通神経症の部屋

「完璧主義を緩めてみては」 '22.7 

Cさん、お辛そうですね。投稿された完璧主義のからくりは、いわゆる「強迫心性」から来るものと考えます。これは症状としての「強迫症(強迫性障害)」とは異なります。強迫症は、強迫観念や手洗い確認といった強迫行為からなりますが、「強迫心性」はより性格的な要素もあります。「強迫心性」には強迫性パーソナリティ障害に近い要素があります。

具体的には、「秩序、完璧主義、精神および対人関係の統制にとらわれ、柔軟性、開放性、効率性が犠牲にされる広範な様式」とDSM5というアメリカの精神疾患の診断・統計マニュアルに記されています。項目としては以下の中から四つまたはそれ以上とされています。

(1)活動の主要点が見失われるまでに、細目、規則、一覧表、順序、構成、または予定表にとらわれる、(2)課題の達成を妨げるような完璧主義を示す、(3)娯楽や友人関係を犠牲にしてまで仕事と生産性に過剰にのめりこむ、(4)道徳、倫理、または価値観についての事柄に、過度に誠実でかつ良心的かつ融通がきかない、(5)感傷的な意味をもたなくなってでも、使い古した、または価値のない物を捨てることができない、(6)自分のやるやり方どおりに従わなければ、他人に仕事をまかせることができない、(7)自分のためにも他人のためにもけちなお金の使い方をする、お金は将来の破局に備えて貯めこんでおくべきだと思っている、(8)堅苦しさと頑固さを示す、です。

一方、(森田)神経質性格とは、几帳面・完全主義・負けず嫌いといった強迫性、強力性の面と、内向的・神経質・受身といった内向性、弱力性の両面を持つ性格を指します。よって強迫性パーソナリティ障害の特徴は神経質性格の強迫性、強力性と重なります。ですので、「~障害」といっていわゆる「障害者」をイメージされなくて良いです。

細部にどうしてもエネルギーが向いてしまうと思いますが、それだけ全部吸収したい欲求が強いのかとも思います。まず課題をざっと読み、何が大事かを把握することも大事かと思います。決して何か「欠けている」のではなく欲求が過剰なのです。上記の性格特徴である「完璧主義」を緩めていくと良いと思います。

「完璧主義」自体決して悪いものではないです。どう生かすかという観点が大事です。我々はよく患者さんに「60%主義」と言います。「完璧であらねば」という構えを緩めて課題の意図を吸収することにまずはエネルギーを費やしていきましょう。すぐには実践できないかもしれませんので少しずつチャレンジしていってください。
(舘野歩)

「病気と健康」 '22.6 

Hさん。こんにちは。

一度心身の不調を経験されると、健康のことは心配になりますね。日々体調は変わるものですが、そのちょっとした変化でも、「何か深刻な病気の予兆ではないか?」と注意を向けると、実際にだんだんひどくなってくるような感じがしたり、あるいは、安心するためにインターネットを立ち上げたはずなのに、散々調べた後、かえって不安が増していることに気がついたり。また、検査の結果待ちの日々というのも、たいへんつらいものですね。考えても結果が変わるわけではないのに、ふと思い出していて、気がつくと家事や仕事をする手が止まっている、なんてことはよくあるものですね。

ひとたび不安が高まると、「なんとかしなきゃ」と居ても立っても居られないような気持ちになるものですが、そこで慌ててインターネットで調べ始めたりせず、時間を待ってみること。これはとても大切なことですね。不安になったその時はとても待てる気がしないと思いますが、何時間か経ってみると、わずかながら、心の中の不安が占める割合が減っていたりするものです。さらに何日か経つと、たまに忘れている時さえ、出てくるかもしれません。

それから、お書きになっているように、病気の心配を全くのゼロにすることはできませんが、その代わり、「健康でいたい」という願いに近づくためにできることはあると思います。たとえば、食生活を見直してみたり、運動の習慣を作ってみたり。健康のためにできることをやっていく。それもまた、病気に対する不安との付き合い方として大切なことなのではないかと思います。
(半田航平)

「自分に合った生き方を」 '22.5 

Aさんは今まで神経症症状をやり過ごしながら過ごしていらして、3月に41年勤めた職場をご退職されました。4月から再就職され、新しい職場は短時間でプレッシャーもなく楽しく老後が過ごせると思っていたところ、5月に入った頃から突然得体の知れない不安感を感じる様になられたのですね。

41年間お仕事お疲れ様でした。今までお仕事など外に向かっていたエネルギーが、今はAさんの内側への意識に向いて、症状として現れていらっしゃるのかもしれませんね。「新しい職場は短時間でプレッシャーもなく楽しく老後が過ごせると思っていました」「もうこんな年なんだからのんびり生きたいだけなのに心や感情ってやつは全く手に負えません。」という言葉も印象的でした。

森田療法では「こうでなくてはならない」という構えのことを、「かくあるべし」と表現します。一般的に、知らず知らずの内に自分の中や世間の「かくあるべし」のイメージに自分がとらわれて、それに合わせようとしてうまくいかないことがあります。

私も今週は疲れたからゆっくり寝て午前中は寝て過ごそうと思うことがあります。でもそういう時に限って実際日曜日になるといつもと同じ時間に起きてしまいます。じっとゴロゴロしても二度寝もできません。結局は起きて午前中に家事を済ませて動き回っていることがよくあります。そういう過ごし方は理想の休日とは違いますが、いつもと違う作業をしていることでリフレッシュはしているし、次の週も普通に過ごせるのです。いつもの習慣は急には変えられないし、自分は何かしていたほうが性に合ってるのかもしれないと最近は諦めています。

ゆっくりとした楽しい老後というイメージにもとらわれ過ぎなくてもいいのかもしれません。「幸せで他に悩みがない時ほど、症状だけに囚われてしまう事も思い出したので、周囲に目を向けていこうと思っています。」とご自身でおっしゃっているように、Aさんに合った今後の過ごし方を見つける挑戦をぜひ続けて行かれてください。応援しております。
(市川光)

「自ずと調和する」 '22.4 

Rさんは、自分の髪の毛(白髪)にコンプレックスを抱えており、外出などもままならないとのことでした。しかし最近は、出来る限り自分の「したい、やりたい」ことを行動に移し、その中で行動することの楽しさを少しずつ実感していると書かれています。不安を無くしてから行動しようとすれば、ますます不安の存在を意識するようになり、“とらわれ”の渦の中に入り込んでしまいますから、Rさんのように、不安はそのままに行動してみる姿勢はとても大切です!実際、動いてみることで新たな感覚を得たり、変化も感じられているのですから、大きな進歩ですね。

ただ、いつもより不安が強い時は、行動したとしても不安が頭から離れなかったり、体の症状が出てしまうので、素直に喜んだり、自分を褒めることが出来ないとのことでした。ご自身でも「自分の中で完璧主義みたいなものがあるからだと思う」と書かれていましたが、まさに100点を基準にして、足りないところを減点方式で見てしまっているのでしょう。折角行動したからには、それなりの結果を出したいし、喜びを感じたいと思うのは自然な欲求です。でも、見返りを期待しすぎてしまうと、逆に期待通りにいかない部分(「純粋に幸せを感じられない」「確信が持てない」など)に引っかかってしまうのかもしれません。それゆえ、折角、行動や感情面で変化を感じているにもかかわらず、期待通りにならないのは何かが間違っているのではないか?と考え、どこかで正しい方法を求める気持ち(行動の基準がわからない、感情と行動のバランスが難しい)が生じてしまうのかもしれません。

 森田先生は、「人生は調和である」と述べています。では、その調和はどのようになされるのでしょう?森田先生は次のように書かれています。「私は腸が悪いために、飯を気長く嚙みこなすことをやっている。そうすると、こればかりでは気が焦るから、その間に新聞や手紙を読んだりする。それで丁度良く調和が保たれる。この調和があると、食物の味も良くわかるが、何もしないで噛むことばかりやると、気が焦って、かえって味がわからないというふうになる」。つまり、一つのことばかりを徹底してやろうとすると、逆に調和が取れず、新たな気づきも得られなくなるということでしょう。行動も、そこで感じることも、一つの方向だけを目指して徹底的にやるのではなく、色々やる中で自ずと調和が取れていくものなのかもしれません。行動にしても、どのくらいやれば疲れるのかは、その日の体力によっても変わるでしょうし、やっていく中で加減もわかるものでしょう。言い換えれば、完璧に(万全に)しようとするのではなく、色々なことをやっていく中で自ずと調和(バランス)が取れていくものであり、そこで見えてくるものがあるのだと思います。

 感情にしても、楽しいと感じる時もあれば、期待外れでげんなりしたり、不安に感じる時もあるでしょう。苦あれば楽あり・・・というように、不快なものがあるから、喜びはさらに強く感じるのが事実であり、それが心の調和に繋がるのかもしれませんね。Rさんが、まさに今色々行動し、感情を味わっていることこそが大事なのであり、その積み重ねの中で、自ずと心身の調和がなされるのではないでしょうか。
(久保田幹子)

「治ることの契機」 '22.3 

Mさんは、体のこわばりや不安感といった症状に悩まされてきたのですね。これまで、クタクタになるまで行動しては、その反動で動けなくなってしまったり、好きなことをしてみたり日記を書いてみたり、薬を試してみたり・・・と試行錯誤されてきたことがうかがえます。その中で、最近になって沢山の気づきがあったようですね。

Mさんの気づきとして、「この不安感は自分で作り出したものなんだ」、「怖くて、不安になっていることは、自分の妄想や気持ちなんだ」、「不安はどうにもならないんだ」ということが書かれています。また、「働いた時は、緊張で自分の中ではめちゃくちゃでしたが、外から見たらきっとフツーの人だったと思います」ということも書かれていますね。悩みの性質が分かってきて、恐怖や不安とつき合えるようになってこられているのだなと感じます。

さて、Mさんのように、ご自身で色々な気づきを得ている方は多くいらっしゃると思いますが、治ることの契機は、どういうことがポイントになるのでしょうか。気づきを次へ繋げるためにも、このことについて少しコメントさせていただきます。
 森田療法では、治ることの契機には二つの側面があるととらえます。

一つは、「感情の受容」です。これは、「不安は悪いもの」と感情を価値づけしたり、「あってはならない」と操作しようとすることを手放し、そのままの感情で過ごしていく姿勢を指します。実際には、Mさんの「少しわかったようなわからないような」というところから徐々に腑に落ちていくような流れが自然だと思います。

もう一つは、「行動の変容」です。これは、生活の中で、症状が理由で出来ていなかったところに踏み出してみる姿勢を指します。Mさんが、「働いた時は、緊張で自分の中ではめちゃくちゃでしたが、外から見たらきっとフツーの人だったと思います」と、一歩踏み込んで仕事に取り組まれこともそうですし、この体験フォーラムにおいて、「自分の考えを晒すことで、少し勇気がいることだった」という思いがありながら、書き込みをされたことも行動の大きな変容です。

二つの側面において、これまでのあり方から変わってきたところがあるとしたら、治る方へ進んでいるとみていただいて良いと思いますよ。今後も、行き詰まりや気づきを繰り返しながら、人としてますます成長し、Mさんの良さが花開いていかれることを応援しています
(金子咲)

「日中の生活を整えることが病気不安・不眠への対処」 '22.2 

Fさんは病気不安をきっかけに不眠になってしまったとのことです。長いこと眠れないのは辛いですね。夜眠れないときに、この先病気になったらどうしようと恐怖心がわいてくるのでしょうか。それとも不眠が続くと、恐れている病気になってしまいそうで、不安になるのでしょうか。

そんな中で、家事とできるときは実家の畑の手伝いもされているのはとても立派なことです。ぜひこれは続けてください。日中を規則正しく元気に過ごすこと、日中の生活を充実させていくことが、不眠へのこだわりを下げ、自分の自信にもつながっていきます。

症状がある中どのように過ごしていくといいか皆さんから学びたいと最初に書かれていたので、やってみてわからない点や聞いてみたいことがあったらまたぜひフォーラムに書きこんでください。

また、お父さまと「話して安心した時には苦しさを感じずに眠れたことがあり、精神的なものかなと思った」と述べられていましたが、Fさんには病気になったら○○ができないことが不安など、具体的な心配がありますか?もし思い当たることがあったら、どんな病気になることが恐怖なのか、その病気になると何が恐怖なのか、どんなことが心配なのかも、フォーラムにぜひ教えてください。

森田療法では不安になるのはそれだけ自分が大事に思っていることや達成したいことがあるから(不安と同じ量の欲求がある)と考えます。Fさんが失いたくないものや達成したいことがあるからこそ、それをおびやかす病気に対してとても恐怖を感じられるのではないかと考えて伺ってみました。

Fさんがどんなことに不安や安心を感じるのかを伺えたら、会員の方もまたアドバイスもしやすくなると思います。ここで話して、会員同士で助け合ってよくなっていかれた方がこれまでにたくさんいますので、ぜひ活用してくださいね。
(矢野勝治)

「今までどうやって対処してきたのかを思い出してみる」 '22.1 

Cさんは以前より雑念恐怖と疾病恐怖がありましたが、これらの恐怖とは何とか共存できていたそうです。しかし、更年期になって、体調不良が続き、さらには難聴になってからは、眠れなくなり、色々なことが不安になってきて、今まで頑張ってきた自分が認められなくなりそうと困っていらっしゃいます。

Cさん、難聴になって、不眠になって、不安が強くなって、という状態は辛いですね。特に感覚を奪われるという恐怖はかなり強いものだと思います。さぞかし心配されたことでしょう。

誰しも体調不良になれば、自分の体が心配になりますよね。それ自体はとても自然なことだと思います。ですから、「不安になって、眠れなくなって、自分はダメだ」というようにそのことで、自分を責めたり、否定したりする必要は全くありません。

そもそも、Cさんは今まで神経症症状と付き合いつつ、生活を送られてきたのですね。それはとてもすごいことだと思います。まずは、その事実を忘れないで下さいね。その上で、それらの不安と今までどのように付き合ってきたのか、思い出してみましょう。

「病気になるのではないか」という不安と「実際に病気になった」不安というのは少し質が異なると思います。ただ、不安には、そればかりに注意を向けて、それをなんとかなくそうとすると、ますます強まるという悪循環の性質があります。この悪循環は「病気になるのでないか」という不安も「実際に病気になった」不安も共通して生じるものです。

おそらく、Cさんが不安と付き合えていたときは、不安は不安のままに、その不安は棚上げして、今出来ること・やるべきことに手をつけていたのではないでしょうか。

今、Cさんが出来ること・やりたいこと・やるべきことはどんなことでしょうか。旦那様や娘様にしてあげたいことはどんなことでしょうか。あるいはご家族とどのように過ごしていきたいとお考えでしょうか。不安で辛い今だからこそ、どんなことでも構いません。何か手をつけてみてください。以前恐怖と共存出来たCさんなら、「現状を打破したい」と思っているCさんなら、今も同じことが出来るはずです。是非とも頑張って下さいね。応援しています。
(谷井一夫)

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