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症状別アドバイス集

不安神経症の部屋

「離脱症状からの回復について」 '21.4 

こんにちは、Iさん。現在、Iさんはレクサプロの断薬症状について悩まれているようですね。正直、向精神薬の効能に関する論文は山ほどあるのですが、減薬に関する論文は殆ど見当たりません。むしろインターネットなどで患者さん達がブログなどで、自分たちの減薬体験を綴っている方が多いと思います。私も当初、断薬症状はそこまで多くないと高を括っていました。しかし、蓋を開けてみれば予想以上に多いことに驚かされています。

離脱症状とは、内服を急激に中断することで、それまで薬物が脳内にあることで均衡を保っていた状態が一時的に崩れ、様々な自律神経症状を呈することを意味します。症状はレクサプロのようなSSRI(セロトニン再取り込み阻害剤)の場合だと、眩暈、頭痛、そして巷で言われるようなシャンビリという耳鳴りや皮膚の知覚過敏などが多いと思います。これは、当事者にとって大変つらい症状です。

これに対し、私は減薬を希望する患者さん達に以下のような治療法を試みています。まず減薬の仕方です。学術論文では二か月程度を目安に薬剤を漸減し中止することを推奨していますが、実際は1〜2年程度、人によってはもっと時間を掛かて、減薬するべきと、私は考えています。拙速な減薬は結局、離脱症状に振り回されるだけで、良好な経過を取らないと思っているからです。レクサプロの場合ではれば、0.75錠への減薬を行った後に、半錠、0.25錠へと減薬を2〜3カ月おきに進めていきます。最後、中止する際には、0.25錠を離脱症状が辛い時だけ内服することを保障しながら進めていきます。

減薬に対しては上記のように進めていく訳ですが、順調に進む方とそうでない方には、幾つかの違いがあります。その場合、体調、体力に気を配っているか否かが大きく断薬症状の程度を左右していると、私は感じています。つまり、体力がある方だと、環境の変化に対して自律神経が極端な反応を示さないからだと思います。そうだとすれば、森田療法で言われるところの心身同一論が、離脱症状対策にも一役買っていると思います。つまり、心の安定の前提には、身体、もしくはそれを取り巻く生活の安定が欠かせないのです。

一連の減薬方法はあくまで、私個人の臨床感覚に基づいたもので、普遍的でないかもしれません。けれども、森田療法を実践する一人として、より良い減薬方法を提案させていただきました。Iさんにとって、減薬が進む裏側でより健康的な身体と生活が醸成されることを心より願っています。
(樋之口潤一郎)

「パニック発作を恐れているときに」 '21.3 

Nさんは、「パニック障害になって9年が経ちます。」と書き込まれています。「通勤中にパニック発作になり、最近また、その道を通る前から緊張感や不安がでてきて、疲れます。」「深呼吸を繰り返したり、大丈夫!と自分に声をかけたりしてなんとか乗り越えています。他によい方法があれば知りたいです。」とのことです。

インターネットなどで対処法を検索してみると、不安のコントロールとリラクゼーション、という方向のアドバイスが多いかと思います。それもとても大切なことですが、「不安をコントロールしなければ」と考えることは、不安に注意が向き、さらに不安が増大するという悪循環を招くこともあります。

さて、Nさんは「他によい方法があれば知りたいです」とも書いています。不安をコントロールすることとは異なる、森田先生のこんな話があります。当時は心臓神経症と呼んでいたわけですが、その発作が今にも起こるのではないかと案じているときに、「自分の部屋の畳で大の字になっているときと同じ心境になろう」とすることは、なるほど修養法としては面白いが、実際には無理がある、というのです。

発作を恐れているときは、怖さになりきって、怖がっているのが最も自然なあり方かもしれません。パニック発作は苦しい、なければいいのに、というものであるのは違いありません。

一方で9年の間、パニック障害を抱えながら、文面を見るとお仕事も続けておられるようす、すごいことだと思います。この粘りをぜひ、大切にされてください。
 そして、なんとかたどりついた先でのできごとや見たもの・触れたものをしっかり受け止めるようにしていきましょう。ともすると素通りしがちになってしまいますが、移動の「目的」はこちらですし、Nさんの「生活」はこちらにあるのではないでしょうか。
(塩路理恵子)

「娘さんを大切に想う気持ちがあるからこそ、今じぶんにできることを大切に」 '21.2 

Sさんは、小学生からの嘔吐恐怖、高校生以降の会食恐怖等を乗り越えて社会人となり、その後もさまざまな症状がありながらも、就職、結婚、出産、子育てと人生を歩んできたことに感銘を受けました。

今回成人された娘様が重い病気の疑いがあり、心配でたまらなく、自分も手足がしびれてしまうようになり、不安障害が再発したと心配されているのですね。 私も自分の子供が重い病気の疑いがあったらと想像すると、不安で夜も眠れなくなりそうだと感じました。

森田療法を経験されたSさんはご存知と思いますが、不安の裏には必ず生の欲望が隠されています。子供に元気で過ごしていて欲しい、生きていて欲しいという気持ちは、Sさんがお子さんのことをかけがえのない存在だと心の底から思っているからに違いないと思います。

このような、内面から湧き出てくる感情は如何ともしがたく、不安から解放されたいと努力しても、気晴らしをして紛らわそうとしても、変わることはありません。森田先生は、「欲望はこれをあきらめる事はできぬ」、「死は恐れざるを得ず」と述べています。

不安な気持ちを抱えることは覚悟がいることですが、不安な気持ちを解消しようと右往左往するのではなく、不安でいいのだ、不安になって当然だ、不安にならなかったらおかしいよ、と自分に言い聞かせてみてください。もし不安のままになりきることができれば、今自分に何ができるのかが見えてくるでしょう。

娘さんは成人されているようですので、自分で考え行動する力を持っていると思います。娘さんに変わって自分が病むことはできないですから、Sさんにできることは、娘さんが悩んだ時に相談に乗ってあげることだと思います。そのためにも、今できているご自身の生活の軸はぶらさず、時には頑張っている自分に優しく声をかけてあげてください。

娘さんを大切に想う気持ち、Sさんの優しさ故のお悩みと感じました。Sさん、娘さんのご健康を心より願っています。
(鈴木優一)

「“あるがまま”のからくり」 '21.1 

Aさんは、将来や老後のこと、いつまで健康でいられるか、仕事のトラブルが解決出来なかったら・・・など、先のことが全般的に不安になり、頭から離れずに困っているとのことでした。これまでにも同様の不安は感じていたものの、その時には「あるがまま」に過ぎ去ってくれていたのが、昨年11月以降は思うようにならず、特に早朝に目が覚めて調子が悪い日はなかなか回復できないと書かれていました。

確かに将来どうなるか・・・と考えると、色々不安になってしまうものですね。以前見た映画の中で、こんなフレーズがありました。「人生には3つの坂がある。一つは上り坂、もう一つは下り坂、3つ目はまさか」だと。人生には山あり谷あり・・・とは良く言いますが、予期せぬ出来事が起きるのもまた人生ではあります。そうした事態は、出来れば未然に防ぎたいものですが、シナリオ通りにいかないのもまた人生と言えるのではないでしょうか。

Aさんは、こうした予期せぬ出来事を未然に防ぎたいという気持ちがとても強いがゆえに、不安をつのらせてしまうのかもしれません。つまり、それだけ順調な人生を歩みたいという願望が強いということでしょう。それは、誰もが願う自然な気持ちであり、それ自体は決して悪いものではないのです。では、どうしてそれが頭から離れなくなってしまうのでしょう?

もしかすると、これまでのように過ぎ去っていかないことに違和感を抱き、「これではダメだ」と無理に解決しようとして、逆にこだわってしまっているのかもしれません(とらわれ)。森田先生は、『一度自分が「あるがまま」になろうとしては、それは「求めんとすれば得られず」で、すでに「あるがまま」ではない。なぜなら「あるがまま」になろうとするのは、実はこれによって、自分の苦痛を回避しようとする野心があるのであって、苦痛は当然苦痛であるということの「あるがまま」とは全く反対であるからである』と述べています。早朝に目が覚めて調子が悪い日は特に回復しない・・ということでしたが、早朝に目が覚めること自体も、何か悪いことの前兆と捉えてしまい、それを何とかしようとあがいてしまう結果、逆に不安ばかりに注意がひきつけられてしまうのかもしれません。

「あるがまま」を心がけること自体はとても大切なことですが、その結果、気になる事が流れていくとは限らないのです。将来のことが気になってしまうのも致し方ないことですし、健康に過ごしたいと思うけれど、確実にそれが叶うかどうかはまた別のことです。そうした願望を抱くことも、またそれがかなうかどうか・・と不安に思うことも、両方避けられない事実であり、自分なりに日々の生活に取り組む中で、人生を歩んでいる感覚が得られるのではないでしょうか。昨年まではそうして過ごせていたのですから、逆に「何とかしよう」と力まないことが、今の状況から自由になる方法なのかもしれません。
(久保田幹子)

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