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症状別アドバイス集

その他の部屋

「私たちははからうもの」 '23.12 

Kさん、こんにちは。Kさんは、こちらの体験フォーラムを拠り所とされながら、悩みと付き合ってこられているのですね。Kさんのように、自分がつまずいた時に、頼れる場所があることは誰にとっても大切だと感じます。ところで、Kさんは、「つまずいた時には、『体験フォーラムに相談しよう』と思っているという事は、これは『はからい』なのではないか?運転中に、交差点に入った時に信号が青になるまで『1234と数えて気を紛らす』ことと一緒なのではないか」と気にされているのですね。

実際に、私がカウンセリングでお会いした方の中にも、治療が終結に近づいてきた頃に、「また行き詰まった時に予約を取る、というのは『はからい』ではないですか?」と気にされる方もいらっしゃいました。森田療法を熱心に学ぼうとされる方に多いことですが、「はからってはいけない!」と思うと、今度はそればかりに「とらわれて」しまいます。

「はからい」について、森田は次のように述べています。「われわれは常に何かにつけて、疑い迷い、はからうものである。それがそのまま、われわれの自然の『あるがままの心』である」。決して「はからい」の全てが悪いのではないのですよね。私たちは生きていく上で、悩み不安になり、時には立ち止まったりしながら、試行錯誤して過ごしていくものです。

もう一つ、「はからい」を考える時に大切なのは、「はからい」の目的が何になっているか?ということです。「~したい」という欲望のために行ったものであれば、それが結果的に悪い方向へいってしまうことは少ないと思います。 Kさんとしても、「苦しんでいる方に『森田療法で、よくなった人がここにもいますよ』と伝えたいと思って投稿した」という思いがあったのですよね。だとしたら、その欲望を大切にして行動できたことに胸を張っていただいて良いと思いますよ。細やかなことに気づき、頑張り屋の Kさんの良さが、ますます活かされることを祈っています。
(金子咲)

「今の生活を大切にする」 '23.11 

Mさんは起きていないことをあれこれ想像して不安になり、落ち込んだり、仕事に集中出来なかったり、楽しいことをしているはずなのに楽しめなかったりして困っていらっしゃいます。また、不安が大きくなると何もしたくない、などの気持ちを何とかコントロールして日常生活を送っていらっしゃいます。Mさん、色々と不安になりつつも、なんとか頑張って日常生活をおくっていらっしゃるのですね。

誰でも、日常生活を送っている中で「あのときこうすれば良かった」などと過去のことを後悔したり、「もし、○○だったら、どうしよう」と将来・未来のことを心配したり、してしまうということはあると思います。Mさんは特に、先々のことを心配して、それにとらわれてしまっているようですね。先のことが心配、ということはそれだけ、将来への欲求があるということでもあります。つまり、「こうなったらどうしよう」とか「こうなって欲しくない」という思いには「こうなりたい」という気持ちが隠れているのではないでしょうか。

今回のMさんの投稿では、具体的にどんなことに不安になっているのか分からないことも多いのですが、体重増加への不安がある一方で、その不安を抱えきれずに暴飲暴食してしまう、ということが書かれています。結果的には自分の欲求とは逆の行動になってしまっていますね。Mさんの体重増加への不安の裏には「健康でいたい」「良いスタイルを保ちたい」「人からよく思われたい」などの欲求が隠れているのではないでしょうか。つまり、不安というのは欲求と同じもの(これを両面観といいます)で、不安だけを取り去ろうというのは不可能なことで、不可能なことをやろうとすると、それにとらわれてしまうものです。そうであるならば、Mさんの欲求に基づいて、「今出来ること」に目を向けてみてはいかがでしょうか。おそらく暴飲暴食することではなく、自分の身体に気を遣うこと(栄養に気をつける、運動をする、身なりを整える、など)なのではないでしょうか。

将来・未来への不安が強いMさんの欲求はどんなものでしょうか。その欲求にしたがって、「今出来ること」は何でしょうか。我々が出来ることは過去でも未来でもなく、今のことです。先々の不安はありつつ、少しずつ、今の生活を豊かにしていくことが豊かな未来につながるはずです。是非とも頑張ってくださいね。応援しています。
(谷井一夫)

「不登校の親に森田療法を活かす」 '23.10 

R様、お子さんが二人不登校とはかなりの心労でしたね。しかし返信などを通してお子さんの方向性が出てきて良かったですね。

ここでR様がご理解なさっていると思いますが、不登校の親に森田療法をどう活かすかを整理してきたいと思います。

森田療法では元来症状への「とらわれ」からの脱却を目指します。しかし最近は症状でなく人間関係の「とわれれ」として対人関係を理解できる方にも森田療法を活かせます。不登校になるお子さんへ親がお子さんのことばかりに「とらわれて」しまう現象です。

親からすれば不登校はびっくりしますし早く登校をと思うのは自然だと思います。しかし四六時中不登校の子供の動向にばかり注意が向くとお子さんはますますぴりぴりしてしまうのではないでしょうか。起床や就寝の挨拶、食事の声かけはするとして、それ以外は、親御さんもご自身の時間を持ってお子さんのことから離れる時間を作ることをお勧め致します。そして大変だと思いますが、現状のお子さんの状態をまず受け止めてあげる事かと思います。お子さんを受け止めた上でお子さんがどうしたいかを大事に育てていく視点が大事かと思います。そして直近の何か「~したい」気持ちは遊びで良いと思います。できればインターネットでなく運動などの方が良いでしょう。しかしインターネットは手頃なのでそこからのめり込まない範囲で使うのはOKです。登校するかしないかの綱引きから親子とも離れてお子さんの好きな遊びを大事にしていくことは当初重要です。

R様、お子さん良い方向になっているので今更という内容かもしれませんが、整理に役立てて頂けると幸いです。どうかお大事になさってください。
(舘野歩)

「一進一退を繰り返してゆく先に」 '23.09 

Nさん、こんにちは。東京慈恵会医科大学附属第三病院精神神経科の半田と申します。

20年間にわたってうつ病と向き合っておられるのですね。そんな中「治したい、そして同じ人の気持ちに寄り添えるようになりたい」というお気持ちが出てきているということ、これはとても大切なことだと思います。うつ病の方に対する森田療法的なアドバイスとしましては、最初の頃はとにかく休息が必要なのですが、しばらくすると、あれをやりたい、これをやりたいという気持ちが出てきます。それがとても大切で、その気持ちに従って少しずつ動いていくといいのです。ただし、経過が長い方の陥りがちな落とし穴として、気持ちばかり焦ってやりすぎて疲れて自信をなくしてしまったり、不安要素を排除しようとがんばりすぎてかえって不安を煽ってしまったりすることが挙げられます。何かをやりたいという意欲も大事なのですが、不安や疲れを感じ、素直に休むこともまた、同じくらい大切なことなのです。Nさんのお気持ちが変わってきたのは、何かやりたいこと、寄り添いたい人がいるからでしょうか?だとしたら、うつ病を「治してから」と言わず、今からでもできることを少しずつやっていくとよいでしょう。不安な気持ちがありながらおそるおそるやっていくといいですし、少し動いて疲れを感じたら少し休むといいでしょう。そうして、ゆっくりと一進一退を繰り返してゆく先に回復があるのだと思います。ただ、薬物治療に関しては、どうしてもある程度のお薬は必要という方もいらっしゃいますので、主治医の先生とよく相談して決められるとよいと思います。Nさんが、うつ病を経験されたことでかえって人生が豊かになったなと思えるような日がくることを祈っております。
(半田航平)

「失敗は成功の基」 '23.08 

Mさんは、受験の失敗、不登校などを経て、現在予備校に通っていたものの、最近通えなくなり、生活も勉強も「始める」ことができない自分を責めているとのことでした。そうした自分を「人並みの努力が出来ない」と書かれています。

ここでちょっと気になったのは、「人並み」とは?ということです。Mさんは「人並み」をどのように捉えているのでしょうか?

辞書で見てみると、「世間一般の人と同様、同程度であること」と書かれています。ただ、「世間一般」といっても、その基準はかなり曖昧です。最近、耳にする「多様性」という観点から言えば、生き方は色々で良いはずですし、努力の仕方も人それぞれのはずです。しかし、Mさんはご自身が「世間一般」の生き方から外れてしまった、その原因は「努力が出来ない」自分にある、と考えてしまっているようです。もしかしたら、「世間一般」「普通」というものに縛られてしまっているのかもしれません。

色々悩みながらも通信制の高校を卒業し、予備校にも通い始めたことはMさんの努力の賜物ではないでしょうか。そうした自分なりの努力を、「人並み」の枠から眺めて、「努力が出来ない、したことがない(タイトル)」としてしまうのは勿体ないことですよね。おそらく、ここ最近、家から出るのも怖い、生活動作も勉強も「始める」ことができなくなってしまったことから、「何も出来ていない」と捉えてしまっているのだろうと思いますが、過去の努力は努力として認めてあげるのは大切ではないでしょうか。

では、今「始める」ことが出来なくなってしまったのは、どうしてなのでしょうか。行動を始めて、どうなることが不安なのでしょう。Mさんが、もし「世間一般」「普通」でなくてはならないと考えているとしたら、予備校を通い続けなければならない、受験は失敗してはいけない、と思ってしまうかもしれません。そうなれば、それはかなりのプレッシャーになってしまいます。誰も先のことはわかりませんし、失敗することもあるでしょう。思い通りにいかないこともあると思います。しかし、「失敗は成功の基」「失敗は肥やし」と言うように、経験から学ぶことは、必ず次の行動の糧になります。失敗して傷つくことを恐れ立ち止まっている方が、実はもっと傷つくことに繋がるのではないでしょうか。実際、Mさんが今の自分を責めてしまっているように。負のループから抜け出すためには、結果は二の次にして、失敗も含めて「経験すること」を目標に動き出してみることだと思います。
(久保田幹子)

「いつになったら治るのか」 '23.07 

Fさん、こんにちは。Fさんは、全般性不安障害とうつ病を患ってらっしゃいますが、投薬治療は終わり症状もなく、日々の生活は不自由なく出来ているのですね。私としては、 Fさんのそうした状態について拝見し、回復がかなり進んでらっしゃるなという印象を受けました。しかし、Fさんにとっては、日々の生活が不自由なく出来ていても、こうなってしまったご自分について、悲しさや不安、不快感を抱いていて、元に戻らないということを引きずっているのですね。「いつになったら治るのでしょうか」という言葉からは、Fさんの見通しの持てない心細さやもどかしさが伝わってきます。

そんな Fさんに、森田療法における治ることの要点について、コメントさせていただきたいと思います。一般的には治ることのイメージとして、「元の自分に戻ること」や「不安や症状がすっかり消えうせること」と思われがちですね。しかし、実際には、不安や恐怖の体験をした事実と記憶は無くなりませんから、これまでの体験を経て敏感になった感情や感覚を無くすことはできないのです。また、実はこれまでの生き方にどこか無理があって、ある時をきっかけに症状が生じるという場合が多いものです。そうすると、例え元の自分に戻ったとしても、いつか何かのきっかけでまた行き詰まりが生じる可能性もあります。では、森田療法における治ることについてはどう考えるかというと、「あるがまま」に生きる姿勢を身につけることとしています。つまり、不安や苦しみは無くせないものとして付き合いながら、自分がこうありたいという欲求にエネルギーを使っていく姿勢です。

もう少し具体的に、森田は、治ることについて「『気分の悪いまま、こらえて働く』これができ出したら、修養の程度でいえば小学卒業というところです」と述べています。気持ちはどうあれ、行動が変わってきて出来ることが増えていくことが、治るプロセスの初めの段階として大切なことなのです。また次の段階としては、「『気分の悪い時は、いやなものである。また気分のよい時は、朗らかなものである』という事実をそのままに認める事は、諸行無常という事実を認めると同様であって、この程度が中学卒業に相当する」と述べています。「こうでなければならない」という姿勢を緩めて、その時その時の自分をありのままに認めていくことができると、治るプロセスの次の段階に進んでいるといえます。

Fさんの場合はいかがでしょうか。Fさんが書かれている、「一瞬一瞬の気持ちは楽しかったり嬉しかったりする」というお気持ちも、「元に戻らないということを引きずっています」というお気持ちも両方をそのままに認めて、「不安や不快感などそんな思いをもちながら、生活を続けています」、「気分は良くないですが、仕事が終わってこれから家事、子育てをしていきます」と、今出来ることに日々取り組まれているFさんの姿勢が、実は、治るプロセスを歩んでいるということと分かっていただけるのではないでしょうか。気持ちは揺れるままに、Fさんの良さがますます活かされていくことを祈っています。
(金子咲)

「身体の限界が来た時には...」 '23.06 

Oさんはお母さんに対する感情の昂ぶりについて困り、それについての対処法はないかと尋ねています。治癒はあきらめ、それなりに暮らしていたが、それも危うい状態にあるとのことです。

本当にお母さんを大切に思っているのですね。でも自分が我慢できないお母さんのきつさを5年間抑えて、我慢し続けて、それが身体に来て、入院するほどの事態になられたのではないかと推察します。

この5年は我慢することでなんとかやり過ごすことができた。でも突然限界が来てしまって、もうこれまでのやり方だと身体が持たなくなってしまっているのですね。大切なお母さんを守ることができてもOさんが壊れてしまったら元も子もありませんし、そもそもこのままやっていき続けられるのかもわかりません。

是が非でもいつもお母さんに対応するのではなく、ぜひ自分にとって無理のない距離を取ること、苦しさの少ない関わり方を見つけていくことを心がけてください。そのために大切なのは、自分の気持ちを大切にするということです。お母さんを好きな気持ちも本当、そして母のきつさがダメなのも本当なのです。どちらかだけを感じようとすると無理が来ます。

お母さんに対する辛さ、そして、先日感情の行き場がわからないほど気持ちが頂点に達した時に何がつらかったのか、どうしてほしかったのか、自分の気持ちをよく見つめてみてください。これらのことが自分でしっかりつかめそうなら、ご自身の作業として行ってみてください。自分一人ではつかみきれないようであれば、信頼できる人に話をしながら、対話を通じてつかんでいくのもよいと思います。人に話すことは自分の気持ちの整理にもなり、役に立つことが多いです。

気持ちがつかめたら、それに対する改善策を考えていくことが次のステップになります。自分の要求を満たすにはどのようにしていったら一番良さそうか。お母さんの反応や立場を軸に考えるのではなく、自分にとって状況が改善するために考えられる策を書き出します。考えつくものを全部書き出し終わったら、その一つ一つを実際に行えそうか、行った場合の利点と問題点を考えます。

その次のステップは行動です。考えたことを実践していく。自分の苦痛をお母さんにわかる形で伝え、お母さんも問題を認識して、状況が改善されれば一番かもしれませんが、それは難しいのかもしれません。やっていくなかで、これはやらなければよかったなど後悔することもあるかもしれませんが、やってみないとわからないことがあります。場合によっては連絡を取らないことを選択せざるを得ない場合もあります。

多くの心優しい人たちは、私がもうちょっと耐えられたら、私がもう少し違う人間だったらということを考えます。でも専門の立場から考えると、そのように考える時はすでに自分の限界を超えているのです。Oさんが辛いと感じるのにはそれだけの理由があるのです。それは決して逃げではありません。自分を守ってあげられる人は自分しかいないのです。

上記のことを試すのはとても勇気がいるかもしれません。信頼できる人や個別相談、体験フォーラムを利用しながら、ぜひOさんにとってより無理の少ないコミュニケーションのありかたを模索してみて下さい。
(矢野勝治)

「1人で抱え込まないために」 '23.05 

Wさんは元々神経質的、強迫的なところがありました。昨年、やりがいを持って取り組んでいた仕事から異動で急に離れなければならず、モチベーションが下がったことや、異動先の仕事がうまくいかなくなったことから、適応障害となって、休職することになりました。その後、休職中から森田療法の本などを読みながら、自然な欲求のまま、すっと動くことを実践し、現在は新しい職場で働き始めたとのことです。

Wさんは前職では大変な事情を抱えた方の支援をされていたとのことです。本当に大変でしたね。その中で、Wさん自身、適応障害になったのは、「職場環境も原因の一つではありますが、失敗してはいけない、ちゃんとしないといけない、自分が全ての責任を負っているから頑張らないといけないという思いが強すぎたことも影響している」と振り返っていらっしゃいます。また、現在は新しい職場で事務量がとても多いということもあって、ちゃんと仕事をこなせるかという不安があるようです。

Wさん自身もおっしゃっているように完璧主義で、ちゃんとしていたい、ちゃんとやりたい、という気持ちが強く、責任感の強い方は仕事など色々と1人で問題を抱え込みやすいものです。そこで、今回は抱え込みやすい人に、抱え込まないようにするためのコツをお伝えしたいと思います。

抱え込まないようにするにはちゃんと誰かに「頼る」「相談する」「お願いする」など協力を得ることが大切ですよね。そんなことは当たり前じゃないか、という感じかもしれませんが、完璧主義の人にはなかなかどうして難しいものです。完璧主義の人は誰かに何かを頼る時に「こんなこと頼んでは相手に申し訳ない」、「こんなことを頼んだら相手に仕事が出来ないやつだと思われるのではないか」、「この程度のことは自分一人でやるべきだ」、「誰かにお願いするより自分でやった方が早い」などと考えて、結局誰にも頼ることが出来ずに抱え込みがちです。そうなれば、自分がやることが増えて、追いつかなくなり、休みを削って仕事をすることになり疲弊してしまいます。疲弊した状態で仕事をすれば、能率は上がらず、ますます、仕事が遅くなっていき…、と悪循環してしまいます。そのため、こんな時は「自分でやらなきゃ」あるいは「自分でやりたい」という気持ちがありつつも、現実に合わせて、誰かに頼っていきましょう。このときに大切なのは「申し訳ない」「自分でやりたい」などの「モヤモヤした気持ち」(不全感)を抱えていくということです。この不全感をすっきりさせようとしてしまうと、結局抱え込みのパターンになってしまいますので、「モヤモヤするな~」と思いながらも、他者の協力を得て、自分が出来る優先順位の高い仕事に手をつけていくことが重要です。他者の協力を得られると、仕事はよりスムーズになり、一人でやる仕事より、より良い仕事が出来るものだと思います。

Wさんも完璧主義を活かしつつ、時にその構えを緩めながら、モヤモヤした気持ちを抱えながら、長く続けられるペースをみつけていって下さいね。応援しています。
(谷井一夫)

「うつの回復のプロセスで調子の悪い波が来たときに」 '23.04 

Mさんは産後うつの状態について書き込まれています。

「波はありつつも右肩上がりできたかなという矢先、強めの悪い波がやってきました。」とのこと。少し光が見えてきたかな、という時に悪い波が来ると、「また来てしまった」とショックを感じますし、「良くならないのではないか」と感じてしまい、本当につらいものですね。ここで知っていてほしいのは、うつの回復のプロセスでは、どうしてもよくなったり悪くなったりの波を繰り返しながら、徐々に底が上がってくる、という性質があることです。良い時の後の悪い波については、「良くなるプロセスでこういうことがある」ということを思い出していただければと思います。それを知っているだけでも時間を味方につける支えになってくれると思います。

そして、「辛い時の過ごし方が自分の中で確立されておらず。それもまた不安要因でもあります。」とのこと、過ごし方を確立、というのはなかなか難しく、やはり手探りになるもの。「前はなんでもなかったことなのに」とか、波があるときだと「昨日はできたのに」と落胆したり自分を責めてしまいがちになりますが、そこを比べるのではなく(比べてしまうけれど戻ってくる感じで)、「今手が付けられること」に手をつけて行きましょう。波がある時期には、手がつけられることはその日その日の調子で違ってくると思います。あまり頭を使ったり判断が必要なことでないことから手を付けるとよいでしょう。家事の中でもお料理などは献立を考えることから買い物、調理などいろいろなプロセスを含むのでハードルが高め、座ってできる洗濯物の片付けや、掃除の中でも蛇口など光る所を磨くなども結果が見えやすくてよい(これはネットの家事の記事から拾った記事ですが)ようです。森田先生の風邪の時の、高熱の時は寝ているしかなくて、少し熱が下がったら弟子に朗読してもらった、もう少し楽になったら体を起こして本を読む、などの状態に応じた過ごし方、が参考になるでしょうか。小さなお子さんがいると「どうしても」のことも多く、調整が難しいとは思いますが、動きと休息のバランスを手探りしてみてください。ご主人の育休明けが近いことも焦りの一因となっているご様子、色々と相談して、ご主人以外からも受けられるサポートを探してみてください。

「きっと死にたくないから死にたいと思ったり消えたいと思ったりすることに過敏なのだと思います」とも書かれており、これは、大切な気づきだと思います。「でも今の状況がほんとにしんどい、生きづらい。こんなのいつまで続くんだろう」というのも、ありのままの、正直なお気持ちなのだと思います。「相反しているようですが」とのことですが、ご自分の中の相反する気持ちをよく受け止めておられると思います。
(塩路理恵子)

「広場恐怖症に対する森田療法」 '23.03 

混雑している電車に乗れなかったり、映画館にも入れない症状は広場恐怖症と呼ばれる物です。広場恐怖症とは、強い不安に襲われたときにすぐに逃げられない、または助けが得られそうにない状況や場所にいることに恐怖や不安を抱く状態です。多くの場合、そのような状況や場所を避けたり、多大な苦痛を感じながら耐えたりします。

T様は、広場恐怖症の前に、漠然とした不安が主の全般性不安症や動悸息切れと言ったパニック発作を主とするパニック症や病気の不安をする病気不安症(心気症)の要素もあるような気がします。色々な病気が入り交じっていると思ってご心配になるかもしれませんが、以上に挙げた病名の根幹は不安ですので一緒です。要は不安とどう対処するかが大事になってきます。それだけ不安になる裏には「健康でありたい」という過大な気持ちがあるわけです。ですので不安を排除する必要はないです。不安を排除するのではなく、不安を抱えながらご自身の本当に「~したい」ことを少しずつされていくことが大事になってきます。広場恐怖症を乗り越えるのに大事な点は、あくまで苦手な場所にあえていって我慢することばかりを練習しないことです。これは心理療法の一つである行動療法の曝露反応妨害法に近い接近の仕方です。これで改善する方もいますが、苦手な事へチャレンジしようとすることでかえって症状にとらわれ自信を失うことも少なくありません。認知行動療法と同じ心理療法である森田療法では苦手なことをあえてする方策を当初とりません。混雑の電車へチャレンジするのではなく、まずは各駅停車を利用してご自身が買い物など目的達成することを主眼に置きます。そのときも不安や症状があってはならぬと思わずに、不安ながら、びくびくしながらでも目的を達成することを大事にしていきます。そうしていくうちに、各駅では遠方なところでの外出目的が出来て、満員電車を利用し行ってはいかがでしょうか。少しずつ電車で行動が広がってきて、映画を見たいという思いがでてくるとチャンスです。映画については上映時間中見ないといけませんね。しかしここでも映画館での症状がでるかでないかの我慢大会ではなく、不安を抱えつつ映画を楽しむことを大事に飛び込んでみましょう。最悪つらいときは途中で短時間トイレに行けば良いくらいの気持ちでいるのも一案です。

広場恐怖症の方によくありがちなのが、「万が一、狭い場所で不安に圧倒され倒れたらどうしよう。」というお気持ちです。不安はずっと不安のままではいません。必ずピークが来れば必ず放っておけば下がります。森田療法の創設者森田正馬先生は感情の法則を挙げています。第一に、「感情はそのまま放任し、または自然発動のままに従えば、その経過は山形の曲線をなし、ひとり昇りひと降りしてついに消失する」と述べています。パニック症で不安はピークが来れば必ず下がりますと述べましたが他の感情にも時間がたてばクールダウンしていきます。第二に、感情は同一の感覚に慣れるに従って、にぶくなり不感となるものであると述べています。つまり例えば寒さや暑さに慣れるとともに感じなくなるとの例を森田先生は挙げています。ただ、「不安がそのままか下がるか」という「症状測定器」になっているとますます不安は増大します。そのときの事に集中していると不安はいつのまにかピークが来ても下がるという体験ができると良いですね。

また不安で孤独とお書きになっています。孤独を感じているときほど内心実は人を求めている気持ちが強いと思います。不安、孤独を感じる背後に、ご自身が本当は何を求めているのだろうかを少し見つめてみてください。実は色々な森田が言う「生の欲望」が潜んでいる気が致します。

広場恐怖症の対処から不安に対する対処、本当にご自身が何を求めているかを述べました。全部出なくてもどれか一つでもご参考になれば幸いです。どうかお大事になさってください。

(舘野歩)

「森田療法を深める」 '23.02 

Cさん。こんにちは。東京慈恵会医科大学附属第三病院精神神経科の半田と申します。

高校生の頃から不安や不眠に悩まれていましたが、森田療法をしっかり実践して今までうまく付き合ってこられたのですね。とても素晴らしいことだと思います。

さて、現在悩まれているうつ症状は、環境や体調の変化もあり、どこか、今までと違うなと感じておられるのですね。更年期症状については、書かれているように時期が過ぎれば落ち着くと思われますが、たとえば昔と比べるとぱっと動けなくなったなとか、我慢がきかなくなってきたなとか、そういった変化は、年齢とともに訪れる自然な変化なのかもしれません。時の流れには従うしかない。けれどもそれは、嫌なことばかりでもないのではないかと思います。もしかしたら、若い頃は疲れを感じていても気合でカバーしてあれこれ動けたり、不安を感じていても我慢して待つことができたりしていたのかもしれません。それはそれで、若い頃の森田療法との付き合い方としてはいいのだと思います。ただ、森田療法のうつとの付き合い方はそれだけではなかったりします。疲れを感じた時は、無理せず休む。不安を我慢するのではなく、不安だなと感じながら待つ。そんな、ある意味武術の達人のような、余分な力の抜けた森田療法の使い方ができるようになるのは、たくさんの人生経験を積み重ねた現在だからできることの一つなのではないかと思います。
(半田航平)

「上司への態度に工夫を」 '23.01 

Nさんは職場での上司との関係に悩んでいらっしゃるとのことでした。指摘が多く気持ちが折れそうになりながらも、不安はそのまま、やることをやろうと思って、少しでも仕事でできることを増やそうと頑張っていらっしゃるのですね。

仕事は期限もありますし、助言や相談を求めている部分と違うところを毎回指摘され、仕事内容については結局話せないとなると、仕事も捗らず、フラストレーションが溜まられることと推察します。そういう状況であれば、上司の人に対して嫌な気持ちになるのは自然なことだと思います。 前任者も続かないということになると、上司の方に問題もありそうな気もします。理不尽なことや内容が一貫性のないことばかりで指摘することで憂さ晴らししているような形でしたら、今の場所が仕事の全てではないので他の方同様に異動も選択肢だと思います。

ただ逆の立場になってみると、上司の方もうまくいかない現実に心に鬱屈したものがあり、常にも増して、自分のプライドを傷つけられることに過敏になっているのかもしれません。人間誰しも厳しく指摘されれば、その人に対して嫌な気持ちになるのは自然なことだと思います。 ただそれが態度に出てしまっては、過敏になっている相手の神経をより逆撫ですることに繋がりかねません。例えば、苦手な人にはその人と話したくないと思って避けたり、指摘されないように仕事を完璧にやろうとして、報告が後手に回ることもよくあります。自身の身を守るためにも、いい意味で相手の顔色を見て、柔軟にやり方を変えることは処世術の一つです。

なので、上司への気持ちは変えずに、態度を工夫してみてください。挨拶、言葉遣いに気をつけ、敬意を感じられる態度に変えることをおすすめします。周囲に上司の方とうまくやっている同僚がいたら、真似してみる、はやめにホウレンソウ行うことも一つです。ここでポイントは上司への嫌な気持ちはそのまま起こしながら、その表現のみ控えて、行動を建設的にということです。また、社会人になってホウレンソウなどのやり方やお作法を一から指導してくれる人は少ないものです。ご自身でも苦手と思われているコミュニケーションを学ぶ、チャンスかもしれません。つらくなったらまた皆さんと話したり、森田の教えを思い出して、お仕事頑張ってください。
(市川光)

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