Nさんは「自分を認めて支えてくれる友人がいて救われているが、苛立ちなどをぶつけてしまうと愛想をつかされて離れていってしまうのではないかと考え、信じきれないでいる」と周囲との付き合い方に悩み、時に相手に対して苛立ちを感じているようです。
大切に思う・ありがたいと思う一方で、自分から離れていくのではないかという相反する思いを感じています。ここで感情について、物理で学んだ作用・反作用を用いて考えてみたいと思います。作用・反作用は、例えば床の上に置いている物を動かそうとする(作用)に対して、床との間に動かそうとするのとは反対の方向の力(反作用)が働くという考え方ですね。心の動きも同じかもしれません。物事がうまくいっている(作用)と、何か悪いことが起こるのではないかと心配(反作用)が浮かんできたりするものです。
Nさんは人と仲良くやっていきたい思いがある一方で、(心の反作用)に目が行ってしまうために辛くなっているのではないでしょうか。森田療法では症状(死の恐怖)の背後には(生の欲望)があると考えます。混乱した時にこそ、つらい時こそ、原点に戻り、(本当はどうしたいのか)を考えてみるのもよいと思います。大切な人だからこそ生じる感情だと気付くと思いますよ。
(矢野勝治)
こんにちは、Aさん。20年に渡る神経症、加えてその後の8年にも及ぶ気分障害との闘病生活は、本当に苦労の連続であったと思います。現在、双極性障害に病名が変更されたとのことですが、どちらにしても気分の安定を治療の中心に据えて、主治医の先生と充分に相談を続けていって欲しいと思います。
ところでAさんは、神経症から現在の双極性障害に至る治療経過の中で、ご自身に偏った頑固な考え方があると捉え、カウンセリングを受けようとしています。この点は、今後治療を進める上で、とても大切だと考えます。というのも、私自身が神経症やうつ病の治療に関わる中で、患者さんそれぞれの持っている頑固な考え方を整理することは、自分を知ることに繋がり、病気回復へのステップと考えるからです。得てして患者さんの多くは、長い闘病生活の中で、否定的に自分をとらえることに長けてしまっています。
誤解を恐れずに表現するならば、「頭の中で自分を否定しつくさなければ先に進めない」という考え方に取り付かれてしまっているのです。もしAさんが、この点に少しでも当てはまるとしたら、その解決方法のひとつは、過剰なまでに否定的な考え方に耽こみ、疲労しがちな脳を休息させることです。ただし漫然と寝ていれば良い訳ではありません。睡眠を取るのであれば、一般的に午後10〜午前2時くらいまでの睡眠の質を向上させることが、脳の疲労を回復する上で重要であるといわれています。また、頑固な考え方に終始している時は、人間は慢性的な緊張に陥りがちです。ですから、気ままな散歩やリラクゼーションなどを取り入れ、日ごろの緊張をほぐすように心がけてみてください。
最後に食事は味わって食べていますか? 考えに耽こんでいる時は、味わうという感覚を見失いがちになります。ほんの少しでも構いません、味わう生活を意識することは、自分だけに向きがちだった心の目を外に転換する機会を我々に与えてくれます。今は悩みの渦中かもしれません。けれどもAさんにとってこれらのアドバイスが少しでも役立ち、生活がより良い方向に進むことを心より願っています。是非頑張ってください。
(樋之口潤一郎)
Tさんは、抑うつ神経症と診断されて8年になり、休職復職を繰り返し、自宅で過ごしているとのこと。身動きが取れないと感じる、苦しい状況ですね。Mさん始め先輩たちが、たくさんのアドバイスを返しておられます。
「なにもしないことがあれほどまでにわが身を苦しめていたことを私は知っていますよ」という言葉、Tさんの心に響いたとのこと、私も読んで感銘を受けました。Tさんの文章には活動を求めるエネルギー、人との関わりを求める心が表れているように思います。やり取りの中で、「全く動く気力が出ない時は、どのようにすればいいか」「散歩に出た時は行動を広げていけるけれど、家で何もすることがないときはどうしたらいいか」という話題がでています。また、散歩に出て「帰宅後も特に気分は変わりませんでしたら、このようなやり方でよろしいのでしょうか」と質問もされています。
まず、散歩に出た際について。
雑念に悩まされながらでも、涙しながらでもよいのです。「気分が変わること」が散歩の「目的」ではなく、歩いてくることが散歩の目的なのですから、帰宅後に気分が変わらなくてもよいはずです。買物など、目的があったほうがよりいいかもしれませんね。うつむきながら、黙々と歩いていると、足元の様々な石が目に入るはず。また、今の季節であれば、ふと小さく芽を出している草が目が止まるかもしれません。そうしたら、目を上げてみれば、木々の芽も固いながらも膨らんでいることに気づくはずです。そのように注意が移り変わることを大切にしてみてください。家の中でも、同じこと。
森田先生が「休息は仕事の中止に非ず。仕事の転換にあり」(これもとても動き方の参考になるう言葉)ということを紹介している文章の中で、「・・僕は着物を着換えながら何かに目をつけて、一つでも二つでも整理を始める。けっして昔のように、仕事の順序を考えたり、時間の見積もりをしたりするようなことはない。すなわち、するかしないか、いつから仕事にかかるか、などの決定の必要は少しもない。なんでも目に当たるままに、仮に手を出すのである。仮に決めるのであるから、いやならいつでも中止するし、ほかに用事ができれば直ちにその方を向くこともできる。」と先生のやり方を書いています。
家の中でも、「取りあえず」目についたことに手をつけてみましょう。「取りあえず」であれば、途中でやめてもよいし、続くようなら続けていけばいいですね。そうすることで過度の予期感情で身動きが取れなくなることを防ぐことができるわけです。どうしても身を起こすことができないときは、寝床から目をあげて目についたゴミをゴミ箱に入れる、といったことでもいいかもしれません。ご自身の身体を動かすことができるのはご自分だけ。まずは手を動かしてみてください。
(塩路理恵子)