不安神経症の部屋
「温故知新」 '26.03
Kさんこんにちは。東京慈恵会医科大学西部医療センター精神神経科の半田です。
15年前からパニック発作が波がありながら続き、3年前に大きな発作があってからは様々な不安も出現しているということですね。その後森田療法を学んで、一度は何かをつかんだものの、最近また発作や不安が出現しているのですね。また「あるがまま」と「かくあるべし」の違いについてご質問いただきました。
経過が長いと、焦りますね。克服したと思っていたのに、またパニック発作になってしまうと、自信がなくなって色々なことが恐ろしくなりますね。たとえば電車の中で「こんなところでパニックを起こして人に迷惑をかけてはならない」と思って発作や不安が起こらないようにコントロールしようとすると、しばらくはうまく抑えられても、いつかは我慢の限界が来て、堰を切ったように溢れ出してしまいます。このような場合は思想の矛盾という悪循環に陥っています。
不安も他の神経症の症状も波があります。それは、常に不安が0な状態にすることはできないということですが、同時に常に不安100%な状態が続くわけでもないということでもあります。焦らず、今までの経過を振り返ってみましょう。症状が治まっていた時もあったということは、意識はしていなくとも流れの中でいつの間にか不安と付き合えていた期間もあったのではないでしょうか? また、森田療法のどういった部分が腑に落ちたのか思い出してみるのも大事なヒントだと思います。
そして「あるがまま」と「かくあるべし」の違いについてですね。苦しいときは苦しいし、楽しいときは楽しい。これは「あるがまま」ですね。ですが苦しいときに楽しいと思おうとしたり、楽しいときに苦しいと思おうとすること。これが「かくあるべし」です。たとえば電車内でパニック発作になりそうになったときは「大丈夫!」と我慢するのではなくて、いったん諦めて降りてお茶でも買って一呼吸入れてから、また乗るといいかもしれません。
(半田航平)
「自分に合った過ごし方を見つける」 '26.02
Hさんは、長い間、不安や身体症状に悩まされる中で日々を過ごしてこられたのですね。特に朝方の不安や身体のざわざわ感など、毎日続くとなると、気持ちが折れそうになるお気持ちも無理のないことだと思います。また、半年以上経っても症状が続いていることで、「先が見えない」と感じてしまうのも自然なことかもしれません。
一方で、書かれている内容を拝見しますと、Hさんが不安を抱えながらも実に様々な行動を続けてらっしゃることが伝わってきます。カーブスに通い、合唱やウクレレを再開し、古民家カフェのお手伝いもされているのですね。さらに家事もこなし、雛人形まで飾られたとのこと。不安や身体の辛さがある中で、これだけ生活で多くのことに取り組まれているという事実は、大変重要なことだと思います。
そのように生活を送られているにも関わらず、Hさんは「もっと良くならなければ」「まだ足りないのではないか」とご自身に厳しく向き合っておられるように感じます。そのように感じてしまうのは、それだけ「きちんと生きたい」「良くありたい」というお気持ちが強いからかもしれません。森田療法では、そのような気持ちを神経質の向上欲として大切に考えます。また、今回のお悩みは、娘さんの流産がきっかけになったとも書かれていますね。「心配で心配でとらわれていった」とのことですが、それだけ娘さんのことを思うお気持ちが強いからこそ、心が大きく揺さぶられたのだと想像します。また、40年程前のご自身の経験とも重なり、さまざまな思いが蘇ってしまうのも自然なことだと思います。
Hさんは、集談会やこちらの体験フォーラムで多くの方とやりとりをされて、気づきを得ると共に、励まされていらっしゃるようですね。そのようなご様子から、人との繋がりを大切にされる愛情の深い方なのだと感じます。これまでHさんは、子育てをし、定年まで勤められた後に、お母様の介護をされ、いつも人のために忙しく過ごされていたようですね。そうした日々が当たり前であったことを考えると、何もしない時間というのはどこか物足りなさを感じ居心地が悪くなってしまう面もあるのではないかと想像します。「何かをしていないと不安感が増す」というのも自然な心の表れと言えるかもしれません。
森田療法では、症状や不安があるままに、建設的な行動を促していきます。しかし、やみくもに行動を増やせば良いという訳ではありません。大切なのは、ご自身が「どうしたいか」という想いに沿った生活を送ることです。「本当にやりたいことは、何なんだろうと考えてしまう」と書かれていることから、Hさんはご自身が何をしたいか、模索している最中でいらっしゃるように感じます。とても大切なことだからこそ、是非ここはじっくり悩みながら、今度はHさんが、色々な人に頼りながら相談しながらご自身に合った過ごし方を見つけていかれていただきたいと思います。
(金子咲)
「二者択一の落とし穴」 '26.01
Oさんは、頓服薬を飲むか飲まないかということで悩まれているようです。頓服薬を飲むと楽になるという感覚もあるようですが、根本的な解決にならないと考え飲まないようにすることもあり、そのような日はとても苦しいと感じるようです。
薬を飲むか飲まないかという考えに立つと、どうしても不安の有る無しを観察する目が鋭くなりますから、結果として不安を敏感に感じ取り、不安を高めるといったことになりそうです。これは森田療法でいう悪循環でもあり、二者択一の落とし穴とも言えそうです。でも実際は第三の選択肢もあっていいのですよね。
アドバイスの中に「杖がなくてどこにも行けないより、杖があればどこへでも行ける」という例えがあり、Oさん自身も心に響いたとのこと、本当にその通りだなと私も腑に落ちました。森田療法では、不安や症状があるかないかではなく、それらがあったとしても必要な行動ややりたいことが出来るということを大事にしていますから、薬は日常生活を送りやすくするための補助輪のようなものかもしれません。補助輪があるかないかではなく、自転車に乗れればちょっと遠くまで行ける、買い物が少し楽になるといった生活の広がりが生まれます。あるいは風を切って走ることが気持ちよいといった豊かな感情体験を育みます。0か100の二者択一ではなく、日常生活を広げていくことを大切に第三の選択肢を探っていくことが落とし穴から抜け出す糸口になるかもしれませんね。
そしてOさんはこれから復職を考えていらっしゃるとのこと。色々とつらい状況も経験されてきたようですが、ここまで本当に頑張ってこられたのですよね。環境変化への不安や緊張もあると書かれていますが、それはとても自然なことのように思いますよ。私たちは環境の変化に直面すると、ああかな?こうかな?と揺れるものですよね。その時にも、薬は揺れを支える杖であり、先に進むための補助輪になってくれるかもしれません。杖や補助輪があっても踏み出すその一歩から得られる実感をしっかり味わっていきたいですね。応援しております。
(渡辺志保)
