症状別アドバイス集

普通神経症の部屋

「手の震えは悪いこと?相手に内容が伝わればよし」 '18.12 

Sさん、はじめまして。

人前で手の震えがあると、緊張して恥ずかしいという意識が強くなり辛い思いをされているということですね。詳細はわかりませんが、手の震えが出やすい薬を飲んでいるとのことですから、なおさら辛いことと思います。

まずごく一般的に医者の視点からお話ししますと、Sさんの場合、他の身体症状はないようですので神経内科の病気は考えづらいです。“人前で”、“緊張すると”、という状況下で手の震えが悪化しやすいようですので、生理的振戦+薬の副作用の範疇と思います。震え自体は心配する症状ではないでしょう。

一人でリラックスしている時に、ご自身の手をよく観察されてください。どんな人でも手はわずかに震えているはずです。人間の筋肉の動きは脳が制御していますが、ロボットのように、ピタッと動きを止めることはできない事実があります。他の人の手を観察してみるのもよいかもしれません。

ある程度の手の震えは正常な生理現象の一つではありますが、一方で精神的負荷がかかると強く症状が出ることも事実です。悔しい、悲しいという感情が伴っているようですので、「恥ずかしい姿をみられたくない」「緊張を悟られたくない」「本当はこんなはずじゃない」という気持ちも強いのではないかと感じました。

森田療法では、不安や緊張の裏には生の欲求(人に認めれたい、評価されたい)があると考えます。緊張したり、恥ずかしく思うこと自体は、誰にも迷惑をかけていません。他者からすれば、「緊張してそうだけど、一生懸命やっている人」など好印象を持たれるかもしれません。少なくとも、私は手がひどく震える人に会って不快に感じたことはありません。

手が震えてきた時は、「ああ、自分は一生懸命やろうと頑張っているのだ」と自分に声をかけてあげてください。手の震えは“そのままに”。そして、相手に自分の伝えたいことが伝えられるように、誠意を尽くしてください。自分の手の震えがどうなっているかを観察するのではなく、字がギザギザになってよいですから、読めるように少し大きめにゆっくりと書くことを心がけてください。次第に不快な感情は去り、いずれ震えも減っていくと思います。
(鈴木優一)

「割り切れない気持ちが生じるのも現実(自然)」 '18.11 

Sさんは「まわりの人の視線や心身の不調、天気などに対していちいち敏感に反応し、その気持ちに振り回されてやるべきことがやれず、過ごしにくいと感じている」とのことでした。このフォーラムで森田療法を学ぶ中で、自分なりに視点や行動を変えようと努めていらっしゃるようですが、“達成したい目標がない”“これをやっても、まわりにとっては当たり前なのに”と行動(目標)を放棄し元の状態に戻ってしまう・・・と書かれていました。

確かに、理想通りにならないことは不愉快ですし、人間関係などで周囲の思惑が気になるのも自然なことです。とはいえ、そうした気分や不快感に振り回されること(振り回されて行動すること)を森田は『気分本位』と呼びました。そして、それを修正するために「今、出来ること」に手を出すよう促したわけです。目的本位・・・というと、何か価値があることに取り組まなければならないと考えがちかもしれませんし、きちんと目標を決めなければ・・・と思うかもしれませんが、そこまで堅苦しく考える必要はありません。家事でも育児でも、『とりあえず』やれそうなこと、出来そうなことに手を出してみるということです。

当初は不快感があっても、行動と共に注意は目の前のことに移っていくものです。そして、それと共に感情も流れていきます。「気分を整えてから・・・」と考えれば不快な気分に注意が集中してしまいますが、気分が整わないままに、行動をしてみて、そこでどんなことを体験するかを自分なりに観察してみましょう。

理想通り、思い通りの結果が得られないと、どうしても納得がいかない気持ちや割り切れない思いが残ると思いますが、それも自然な感情です。言い換えれば「納得できる結果」を求め過ぎるがゆえに、スッキリしない気持ちを強く感じてしまう・・ということでしょう。

実際、Sさんも触れていたように「出来ない自分を認める、受け入れる」ということはなかなか難しいことです。ただ、がっかりしたり、割り切れないからといって「自分を責める、あるいはその行動自体を避ける」方が、もっと後味が悪くなってしまうでしょう。「すぐに」結果を出そうとせず、納得できないのも、割り切れないのも自然な気持ちと受けとめ、せめて自分なりに「ゼロ」にしない行動・生活を心がけてみることが重要でしょう。

理想から自分を見下ろすのではなく、「今の自分」を出発点にして、一歩一歩積み上げていくつもりで生活をしていくと、色々な気分を受けとめる器も少しずつ広がっていくと思います。
(久保田幹子)

「めまいの背後に隠れている力」 '18.10 

Nさんのように、耳鼻科に行っても治らない強いめまいで、森田療法を求めて外来を受診される方は以前より増えたように思います。耳鼻科の治療を受けながら森田療法を受けていた方もいらっしゃいました。

Nさんは自殺を考えるほどの強いめまいが起きるとのこと、とてもつらい状況の中、ウォーキングなど好きなことをして過ごしていらっしゃって素晴らしいと思います。めまいの中でもこれだけ活動できているのであれば、Nさんがおっしゃるように社会復帰について主治医と相談できるかと思います。

私が以前診察していた方の中にも、めまいがあっても社会復帰を果たされた方がいます。そのAさんに初めてお会いした時、Aさんは家族に支えられなければ歩けないほどの強いめまいで、ふらふらと歩いていらっしゃいました。Aさんの意志で入院森田療法を決断され、Aさんは家族と離れて一人で自分の生活をしなければならなくなり、初めはとても不安そうでした。しかし入院生活でスタッフはAさんを助けるのではなく、ほとんどは自分自身でやって頂き、本当にできないことだけ手を貸すようにしました。

このことにAさんは初め不満を持っていました。やはり病院なので、スタッフが助けてくれるべきではないのかと思われたでしょうね。しかしAさんは徐々に変わっていきました。めまいはもちろん続いていましたが、一人でできる事が増えていきました。遂には、得意だった動物の世話を他の患者さんに率先して行うようになり、入院の終わりには別人のようになりました。担当医をしていた私は、めまいはまだ残っているのに、どうしてこのように変わることができたのかと不思議に思ったものです。

この不思議な力は、Aさんの中に隠れていた力から来ていました。退院後はAさんもめまいの他に不眠の症状を訴えていましたが、外でアルバイトをしたりなどに忙しく、訴えに挙がらないようになりました。

このようにめまいの患者さんの中には、症状の背後に隠れていた力を持っていらっしゃる方がたくさんいます。その力(つまり生の欲望です)を生かすと、人生が変わっていくのだなと実感しました。

Nさんの文章を読んでいると、つらいながらも活動していて生の欲望を強く感じます。今でも素晴らしいですが、それを仲間の中や社会の中で生かしていくと、より変わっていくのではないかと思います。
(大久保菜奈子)

「新しく仕事を始める前の緊張」 '18.9 

Kさんは新しい仕事が決まり、初出勤を前に余計に眠れなくなってしまったとのことです。
退職後、次の仕事が決まるまでの期間はなかなか大変ですよね(神経も使いますし、体力的にも心理的にも)。その中で次のお仕事を決められたことはすごいことですね。

中途覚醒で途中目が覚めてから眠れないパターンはなかなか辛いと思いますが、眠れないことが不安なのはどうしてでしょうか。
不眠恐怖に悩んでおられる方の話を伺うと、ちゃんと寝て睡眠をとっておかないと、翌日の仕事に差し障ること、そしてそれが、今後の自分の職場での対人関係やキャリアに傷をつける可能性を心配されていることが多い印象を受けます。特に新しい職場に行く場合には、しっかりできていないとその後の仕事がしにくくなる、評価が下がるのではないかと心配になるかもしれません。Kさんはいかがでしょうか。

睡眠は完璧を求めれば求めるほど難しいところがあります。しっかり眠れていないと何が不安なのか、自分の心をよく見つめてみましょう。不眠恐怖の裏に、仕事や職場に対する自分の他の心配が隠れている場合もあります。
そして、あまり眠れないままに職場に行った場合に、実際本当にミスをするのかどうか、実際に何か問題が生じているのか、そういった具体的な事実を見てみましょう。よりよい自分をみせなくてはと思うと緊張はどうしても高まるものです。

森田先生は不眠恐怖について「神経質が、不眠なり強迫観念なりを治したい、苦しいことが楽になりたい。それは当然のことである。しかし一度これは病気ではないから、治すべきはずのものでないということを知れば、これを度外視して、普通の人のように働く。そのうちに、仕事に心を奪われて治そうとすることを忘れる。そうして治るのである」(森田正馬全集Ⅴ 185)と述べられています。

Kさんの今持っておられる力が評価されて、採用されたわけですから、心細さは心細いままに、苦手なことがあれば苦手は苦手として、目の前の仕事に最善を尽くすことで、道は開けてくるはずです。最初は身体も疲れると思いますが、評価や結果はやる中で徐々に積み重なってくると思います。どんな小さなことでも構いませんので、また変化があったらご相談くださいね。
(今村祐子)

「身体の症状が気になる」 '18.8 

2018年8月は「病気を気にすること」が投稿されています。

Tさんは熱を出し、大きな病気ではないかと思うようになり毎日泣いていて、心療内科に通っているが家族に症状を理解してもらえないとのことです。Uさんはお子さんの体調の変化を見つけては気にして病院に行って検査しないと気が済まないことを繰り返しているとのことです。

皆さんもコメントされていますが、よりよく生きようと思いが強いと病気になりたくないという思いが生じ、さらには病気になりたくないという思いから、身体の状態を過剰に気にするようになり症状の細部にとらわれてしまいます。よりよく生きようという思いは周囲にも理解しやすく共感も得られやすいのですが、身体の些細な症状にとらわれていると、周囲には理解されにくく辛い思いをされることが多くなります。

「頭では納得できるのですが、身体が理解できていないような感覚」と書かれています。そうですね、森田療法で苦労されることのひとつに、理解していることを実践することの難しさがあると思います。

そんなときには、例えば(お子さんに健やかに成長して欲しい)(健康で自分らしい生活を続けたい)など、自分は何を気にしていたのか、どうしたいのかを考えてみて下さい。自ずと進むべき道が見えてきて周囲とも共有できると思います。そしてその思いに沿って(体調を気にしながら、お子さんの体調が気になりながらも)身近な家のことなど目の前のやるべきことをやっていきましょう。
(矢野勝治)

「コントロールできないものはそのままに」 '18.7 

Hさんは早朝覚醒と理由のない不安感があり、また、対人ストレスから、他者の言動を悪く受け止めてしまいやすくなって、困っていらっしゃいます。そして、睡眠薬は副作用で中止しており、電話でのカウンセリングや有料カウンセリングも効果がなかったようです。

睡眠が上手く取れないと、辛いですよね。また、他者の言動に対しても必要以上に悪く考えてしまうのも苦しいですよね。

確かに睡眠が思ったようにしっかりととれると、気分も良いものです。しかし、残念ながら、睡眠というのは自分の意思でコントールすることは出来ないものです。その日の疲れ具合や調子などによって、身体や脳が勝手に自分を睡眠状態にさせている、といっても良いかもしれません。

睡眠さえしっかりととれれば、という考えにとらわれると、「しっかりと睡眠をとらなくてはならない」「そのためには睡眠の邪魔になるものを排除しなくてはならない」と考えて、現在抱えている不安や悩みもすぐにすっきりさせようとする態度に繋がりやすいものです。そうなると、対人関係で起きた気になることなどを寝る前などに、反芻して「あの言動は〇〇さんが〜と思ったかもしれない」などと色々と考えてしまい、結果的にはますます不安も強くなり、ますます眠れなくなってしまいます。これが不眠や不安を強くする悪循環かもしれません。

残念ながら、我々は、他者の言動に関して、本当にその人がどんな気持ちや考えでその言動に至ったかを知るすべはありません。そうだとするならば、我々に出来ることは、できるだけ、他者に配慮しながら、自分の言動を整えていくことなのではないでしょうか。

睡眠に関しても、対人関係に関しても、共通して言えることは、全て自分の頭で考えて答えが出ないもので、自分でコントロールしようとしても、コントロール出来ないという点だと思います。

今、Hさんが出来ること、つまり自分でコントロールできることはなんでしょうか。どんなことでも良いと思います。ちょっとずつ、出来ることに手をつけていき、普段の生活を充実させていくことが、睡眠や対人関係などの悩みなど、頭ではコントロール出来ないことを「あるがまま」にして、悪循環から抜けていくコツだと思います。是非とも頑張ってくださいね。
(谷井一夫)

「精神的緊張について」 '18.6 

Hさん、初めまして。頻回なゲップに悩まされているようですね。ゲップは自分の意思とは関係なく一方的にやって来ますから、さぞかし辛かったと思います。ましてや下痢や嘔吐、最終的には突発的な不安や脳の痺れなどに襲われたとしたら、その苦痛は相当なものでしょう。ただ、適切な形で医療機関に繋がり、全般性不安障害という診断のもと向精神薬が処方され軽快に至ったことは幸いだったと思います。

この一連の流れから、私は様々な自律神経症状や不安の背景には、慢性的な緊張があるのではないかと考えました。文面にこそ表れていませんが、Hさんは日頃様々なことに奮闘し、かなり頑張られているのではないでしょうか。その分だけ、気を張り詰め、緊張を作り出しているように感じました。我々は一般的に不安になるから緊張すると思いがちですが、緊張が不安を引き起こすという点にも注目する必要があります。そうであるとすれば、緊張を和らげるための生活上の手立てを模索することが、回復の道標になります。

まず、睡眠は十分とれていますか。脳の休息は緊張緩和の要です。つい我々は夜更かしをしがちですが、それは睡眠負債をため込み、緊張の抜けない体を作っていることに他なりません。また運動を通した体作りも忘れはいけません。何も激しい運動を奨励するつもりはありませんが、便利な文明社会に頼り切っている我々は、筋肉を鈍らせることが当たり前になってしまいました。やせ細りしなやかさを失った筋肉は、外的な変化やストレスに対し容易に緊張を募らせるようになってしまったのです。それ故、ちょっとしたストレッチ、ウォーキングなどを通した体力増進は、緊張を持ち堪える上での安定剤的役割を果たすだけでなく、自律神経バランスの改善にも一石を投じています。

勿論、このような取り組みがすぐに効果を発揮する訳ではありませんが、健全な肉体に健全な精神が宿るという言葉のように、体の健康を見直すことが心の健康回復の最大の近道と考えて頂ければと思います。まだまだ大変な最中とは思いますが、より良い回復を願っております。
(樋之口潤一郎)

「普通神経質と森田療法」 '18.5 

Tさんは「私は今39歳ですが18歳ぐらいから、 起きている間は常時、浮遊性めまいに悩まされています。 心療内科にもかかりましたが、私にはなかなか薬が効かないようです。」と書き込まれています。 20年あまり、浮動性のめまいを抱えながら生活されてきているのですね。

めまいは、通常の「身を起こして活動する」ことを揺るがす症状なので、森田は、種々の身体の不調や、不快な感覚にとらわれているものを普通神経質と呼びました。症状としては頭痛、めまい、頭内のもうろう感、身体の倦怠感、耳鳴り、胃腸症状、不眠などが挙げられています。現代のICD分類では身体表現性障害(最近のDSM5では身体症状症と呼びます)の一部、全般性不安障害の一部に重なるとされています。森田先生は普通神経質を神経質の典型と考えました。そして身体的な不調や違和感、不快な感覚に対し、不安な注意を向けることでますます感覚も鋭敏となり、不調が強くなるというように、注意と感覚に悪循環が起こることが言われています。身体症状ではとくにこの「感覚の鋭化」は、症状を強め固定するものになります。 さらに神経質の人では、「仕事、勉強を円滑に進めるためには体調を整えておかなくては」といった「かくあるべし」が強く、前記のような悪循環をひき起こしやすい、とも言われています。

Tさんも20年余り症状に悩み、薬もあまり効かないということで、森田療法にたどりつかれたとのこと。フォーラムの皆さんの体験やアドバイスを参考にしながら、少しずつ行動、生活を広げてみてください。

なお、めまいの症状を持つ方は、「体調が悪くならないように」と生活を狭めてしまったり、横になりがちになることでかえって生活が不規則になり、自律神経のバランスが乱れてしまうことがままあります。まずは生活リズムを整えることから取り組んでみるのもよいと思います。
(塩路理恵子)

「心気症に対する森田療法」 '18.4 

Oさん、病気の心配で辛そうですね。血便のことから今度は卵巣の心配へ対象が移っていますね。

病気の心配をする神経症の中には「心気障害」というものがあります。まさに「心に気に病む」という言葉がぴったりで、専門的にはICD10という国際分類を紐解くと「(1)繰り返される検査により説明困難であるにも関わらず重大な体の病気が存在するという頑固なとらわれ」、「(2)何人かの医師からの保証を受け入れない」ことが定義とされています。Oさんは(2)については微妙でしょうか。血便についてはある程度医師の説明をご納得されているようですが、卵巣については不安が募っているので(2)を満たすことになるかもしれませんね。

まず心気障害に対する一般的なアドヴァイスを致しますね。まず病気ではないかと心配で色々な身体の病院へかからないことです。その都度身体科の医師であれば一通りの検査を致します。それを多くの施設で行うことに意味はありません。世の中には色々な医師がいて不安な面もあるかもしれません。しかしご自身が通われている医師がきちんと誠意をもって診療してくれているのであれば、その先生のアドヴァイスを受け入れ、診察ペースは医師の指示通りにした方が良いと思います。また心気障害の患者さんは得てして自分の感情を言葉にすることができない場合が多いです。体の心配が大きくなった時、「自分はどう思ったかな?」とか、「どう感じたかな?」を自らに問い直してみて下さい。

この上で心気障害に対する森田療法の考え方を示します。森田療法では病気を心配する背後に「健康でありたい気持ちが強い」(=生の欲望が強い)と理解します。不安と欲求とは表裏一体のものであり,その両面を有することが自然な心のあり方です。このような自然な感情としての不安を排除しようとすればするほどますます不安は増大するという悪循環にはまってしまいます。そこで森田療法では不安を排除することをやめ、不安を抱えつつ不安の裏にある本来の欲求(生の欲望)に従って行動することを推奨します。これを端的に表現した言葉が「あるがまま」です。つまり森田療法は不安に対する態度の転換を図っていきます。「病気の心配」を排除しようとせず、「病気の心配を抱えつつ」、今「本当にしたいこと」をしていくことが大事になると思います。Oさんご参考になさって下さい。
(舘野歩)

「“時間”を味方につけてみましょう」 '18.3 

Mさんは体調不良になると、なにか大きな病気ではないかと不安になり、またその不安を解消すべく全力でいろいろな方面から原因を調べるけれども不安はなくならず体調も悪い、といったことで悩んでいらっしゃるということですね。

医師の立場から少しお話ししたいと思います。医師は患者さんを診察する際、体調不良の原因として、かぜ症候群といった自然に回復する病気から、癌や免疫疾患等の命に関わる病気まで、幅広い病気を鑑別に上げて診察を行っています。Mさんが書き込みされている通り、医師も完璧ではないでしょう。臨床経験があり優秀な医師は、自分が完璧でないことを自覚しており、初めて会った患者さんをその日に完璧に見立てるのは不可能であることを知っています。そこで、どんな工夫をしているかと言うと、“時間”を味方につけることです。自然回復が見込まれる患者さんの場合は、再診までの間隔を空け、この患者さんはなにか病気が隠れていると判断すれば、再診までの間隔を短くします。いわゆる“経過観察”というものです。“経過をみる”ということも立派な治療であります。

Mさんは体調不良になり医師の診察を受けた際、100%の保証を求めていないでしょうか?実は医師も常に不安を抱えています。“時間”を味方につけて日々の診療が適切に行われるように工夫しているのです。次回診察を受ける際に医師に聞いてみるとよいかもしれません。医師と信頼関係が築けるとよいと思います。

それから、Mさんは不安になるとインターネットで体調不良の原因を調べられるのですね。インターネットは便利な道具ですが、嘘も本当も混じっています。薬のことも賛否両論いろんな考えがインターネットには載っていると思います。Mさんもご自覚されていると思いますが、調べれば調べるほど不安は増強するものです。インターネットに割く時間を○分と決めて切り上げ、不安な気持ちはそのままに、その日やるべきことに意識を向けられるとよいでしょう。

森田療法の言葉を借りれば、不安の裏には生の欲求があるということ、不安を抱えながらも建設的な生活を実践することにより、生の欲求が賦活されるということです。

Mさんは、病気の不安がもし無かったら何をしたいですか?“時間”を味方につけ、生の欲求を発見し生かすことができるようになれば、きっと生き生きとした生活が実現できるでしょう。そう願っています。
(鈴木優一)

「死を恐れるのは生きたいためである」 '18.2 

Hさんは、もともと心配性であったのが、お子さんを出産されてから病気が非常に怖くなり、実際毎日身体のどこかしらに痛みや違和感があるとのことでした。それゆえ、症状をインターネットで一日中調べ、悪い病気と繋げては落ち込んでしまう毎日に悩んでいると書き込まれています。

出産後にこうした悩みが強くなっているのは、お子さんのためにも自分がここで病気になったら大変・・・という気持ちがあるからではないでしょうか。つまり、母親としてしっかりしなくては、健康でいなければ・・・という気持ちが強くなった分、「万が一・・・」と心配がつのっているのかもしれませんね。心配になると、どうしても意識は体調の変化に注意が向いてしまいます。おそらくHさんの場合も、朝起きた瞬間から体調をチェックし始めて、逆に体調の些細な変化に敏感になってしまい、ますます違和感を強めてしまっているのではないでしょうか。森田はこうした注意と感覚がお互いに強め合ってしまうことを精神交互作用と呼んでいます。まさに不安ゆえに一層体調不良を探し出し、かつそれを強めてしまうというわけですね。

ではどうしたらいいでしょうか。森田は「死は恐ろしい。恐れまいとしても無理である」「少年時代から四十歳頃までは、死を恐れないように思う工夫をずいぶんとやってきたけれども、『死は恐れざるを得ず』ということを明らかに知って後は、そのようなむだ骨折りをやめてしまったのであります」と述べています。ではどうして私達は死ぬことが怖いのでしょうか。森田は「死を恐れるのは、生きたいためである」と答えています。生きたい、健康に過ごしたいという欲求があるからこそ、死はとてつもなく恐ろしいものになってしまうのです。とはいえ、私達の命には限りがあるものです。だからこそ、1回きりの人生をどのように生きるのかが重要になってくるということでしょう。

Hさんの場合も、母親になり、大事なお子さんを授かったからこそ、これまで以上に健康でありたい、病気が怖いという意識が強まったのだと思います。では病気にならないためにはどうしたらいいのでしょう。残念ながらこの問いに対する『絶対、確実』な答えはありません。規則正しく、バランスの良い栄養を取って、適度に運動をして・・・という心がけが出来るくらいでしょう。折角大事なお子さんを授かったにもかかわらず、大方の時間を病気の不安とそれを払拭するためのネット検索に費やしてしまったら、お子さんと心を通わせ、触れ合う時間はなくなってしまいますよね。

お子さんを大切に思う気持ちを、「今しかない」お子さんとの時間に活かしてあげることが大事なのではないでしょうか。不安材料を探してばかりでは自分でストレスを生み出すことになってしまいます。お子さんのために出来ることを実行し、共に笑い合い、ご家族と共に子供の成長を喜ぶことこそが、Hさん自身の心身の健康に最も効果的だと思います。
(久保田幹子)

「過敏性症候群〜診断は同じでも病状によって対応は異なります〜」 '18.1 

今回はお二人の方が過敏性腸症候群での悩みを挙げられていたので、それについて取り上げます。同じ診断でも病状によって対応は異なります。

まずはMさんですが、かなり大変な状況ですね。体調不良に加え、子育て・お父さまの看病などに追われていらっしゃいます。過敏性腸症候群だけでなく、体の痛みも出ており、さらに気持ちも落ち込んでいるということですね。過敏性腸症候群は自律神経の失調症状ですが、このような症状が長引くとうつ状態に至ることがあります。Mさんの場合、うつ状態かどうかはわかりませんが、まずは負担を軽減したほうが良いでしょう。ご主人といると落ち着くという事ですので、ご主人と共にお子さんの子育て、お父様の看病について負担が軽減できないか考えてみてはどうでしょうか。家族の中で負担軽減が難しい場合は役所での福祉サービスなどが利用できるかもしれませんので、お二人で相談に行かれるのもよいかと思います。主治医にも眠れないことや気持ちの落ち込みについて伝えてみましょう。

落ち込みが多少改善してきましたら、森田療法を生活に活かしていけます。お腹の不調、身体の痛みがありながらもやりたいことがあるだろうか、など自分の中の「〜したい」を大切に感じてください。Mさんはとても真面目な方なので今はおそらく人のために生きていらっしゃいますが、自分のための時間も大切にしてください。自分を大切にすることが、家族にとっての喜びにもつながります。やりたいことを実現できていくと、「不快なものを取り除きたい」生活から「楽しいことを行う」生活に変わっていくでしょう。

もう一人はSさん、高校生ですね。「おならが気になる」、これは思春期の方で悩まれている方が多い症状で同じく過敏性腸症候群の一つの型です。 一般的に静かな状況になると「おならをしてはならない」という気持ちになる →おならをしないため精一杯努力するようになる →それにより注意が集中して益々おならが出ないか気になる →緊張するとお腹の動きが活発になり、おならが出やすい状況になる(自然な現象です) 上のような状況はまさに森田療法の「注意の集中と身体症状の悪循環」ですね。まずおならが出るとどうなってしまうのが心配かを自分に問いかけます。おそらく「周囲の人に迷惑をかけないか」「自分が嫌われるのではないか」という心配・恐怖が背景にあるかと思います。しかしその恐怖の裏には必ず「生の欲望」があります。「人と仲良くしたい」「人に好かれたい」などの気持ちがあるからこそ、症状を気にするのです。「人と仲良くしたい」気持ちは失くせないため、症状が気にしないのは難しいでしょう。気になりながらも、目の前の行動を避けないことがポイントです。おならは自然な生体反応なので、コントロールすることはできません。おならを鳴らしながら自分のやりたいことを避けずにやっていってください。
(大久保菜奈子)

「愛情深い素敵なお母さん」 '17.12 

Dさん、Kさんのお二人が心気症について書かれていました。Kさんは子どもが生まれてからとのことです。不安に駆られるのはとてもつらいですよね。何度受診しても(検査を受けても)繰り返し不安になってしまうなんて、やっぱり自分はおかしいと思っていらしたりしませんか。Aさんがおっしゃっていたように「健康を願っているからこそ不安は大きくなる」。お二人とも異常ではないし、愛情深い素敵なお母さんたちなのだと思います。

不安な時には何がそんなに不安なのか、すぐに答えは得られなくとも、まず一旦自分に問いかけてみましょう。自分が何を恐れているのか、不安の内容がわかってくるとその気持ちを抱えやすくなっていきます。もし病気になって子どもの世話ができなくなることが不安なのだとしたら、子どもが呼びに来たら考え事をしていても手を止めて対応したり、今の時間を大事に過ごせるといいですね。気になることがあると、そのことに気を取られることは誰にでもあります。例えば、楽しかった思い出をふと思い出したり、嫌なことがあるとそれが繰り返しよみがえってきたり、そういう経験はありませんか?嫌な気持ちを早くなくそうとしたり、蓋をして出てこないようにしようとすると、そこにより注意が行ってしまいます。元気に過ごせることが今のあなたにとって特に大事なことだとすると、そのことが頭をよぎるのは致し方ないことなのです。よぎる=異常ではありません。

よぎることがどうしても耐えられないとすると、身体の不安を感じることがどうしてそこまで辛いのかをちょっと考えてみましょう。

また心気症になる方々はもともととてもエネルギーがあり、そのエネルギーの向け先に困っている方たちでもあるように思います。必要なことを行いながら、どこにエネルギーを向けているときに生き生きするのか、元気が出るのか、向け先を探していけると良いです。
(今村祐子)

「耐えるだけでなく、どうせやるなら」 '17.11 

Hさんが困っています。職場に勤続年数が長い年上の方がいて、管理職でもないのに口を出してきて、常に視線を感じるためストレスになっているようです。

口うるさい人を気にしながら仕事をするのは大変だと思います。あと4か月の辛抱とのことですが、ここは耐えるだけでなく、どうせ続けるなら森田療法の考えに沿って、直面しなければならない辛いことにも付き合う術を身につけてはいかがでしょうか。相手の方が好き嫌いを表に出し接してくるとのことですが、自分は気分に(流されそうになるのをこらえて)流されずに仕事と割り切り、「教えて下さるのはありがたい」とプラスの面でとらえていることもあるので、外相を整えて接してみてはいかがでしょうか。「耐える」とは違う体験が出来ると思います。

また日頃から娘さんのてんかんの出現を気にしているなか、体調不良と不眠が出現し、さらには息子さんの手術もあるとのことで大変な状況だと思います。そんなときには、「落ち込む日が来るのではないかと怖いです」と書かれていますように、(マイナス面)に目が行くものです。こういう時こそ(あれもこれもとならないように)優先順位をつけてひとつひとつやっていくことです。大変でしょうが頑張って下さい。
(矢野勝治)

「ちょっとでも動いてみる」 '17.10 

Nさんは、約20年、うつ病の治療を受けながらお仕事を頑張ってこられました。その後、少し負担の少ないお仕事に転職をされたようですが、最近、些細な不安や将来への不安が強くなったり、頭痛、胃痛などの身体症状が頻繁にでるようになったりして、現在は入院をされています。

うつ病を患いながら、ハードなお仕事を続けてこられて、とても立派なことだと思います。それだけNさんには力があるということの証ですね。それだけに、現在の状態はギャップも大きくて辛いことだと思います。現在は入院治療を受けておられるということですが、その後はいかがでしょうか。主治医の先生とも良く相談されているとは思いますが、Nさんの現在の症状がうつ病の悪化によるものだとすれば、まずはしっかりと休息や薬物療法を受けることが必要だと思います。

ただ、それらの症状がうつ病の悪化からくるものでないとすれば、もしかしたら、Nさんが少し楽な仕事に転職されたことで、自分自身に注意が向く時間が増えたことがきっかけで、それらの症状にとらわれてしまっているのかもしれません。というのも、転職前は先々の心配やご自分の体に注意がいかないほど忙しく、充実していた生活をされていたものが、比較的時間に余裕が出来たことで、先々のことや、自分の身体に注意が向きやすくなってしまったからかもしれないからです。

そうであるならば、森田療法の治療方法でもある、「今、現在の生活を充実させていくこと」がそれらの症状にとらわれていることからの脱却に繋がると思います。入院中ということなので、出来ることは限られてしまうかもしれませんが、Nさんが元々好きだったこと、やりたかったこと、あるいは今やれそうなこと、どんな些細なことでも構いません。まずは少しだけ、手をつけてみてはいかがでしょうか。ちょっとでも行動する(動く)ことで、気分が変わってくるかもしれません。とても大変な状態ではあると思いますが、元来のNさんの力であれば、出来るはずです。是非ともチャレンジしてみてくださいね。
(谷井一夫)

「自律神経を鍛えるとは」 '17.9 

Kさんは様々な自律神経症状に悩まされているようです。特に今年のように不順極まりない天候は、Kさんの心身に大きな負担を与えているのではないかと思います。

ところで、人間をはじめとする生命体は良く出来たもので、外的環境が変化すれば(例えば暑くなれば、汗をかいて体内から熱を逃がすなど)、その変化に呼応して、心身が順応しようとします。その際、これらの機能を支える神経系が自律神経であり、生命活動を円滑に保つ上で欠かせないものなのです。「自律神経が乱れ・自律神経失調症」などという言葉をよく耳にしますが、これは自律神経が故障して駄目になっている訳ではありません。環境の変化に対し、その反応が過敏であったりやや遅れたりするなどして、心身の違和感が増長している場合に、この様な言葉が用いられます。ですから、生活の送り方を見直すことで状態の安定を取り戻せる可能性があるのです。

このような乱れを増長させる要因にはどのようなものがあるでしょうか?その一つに心身の慢性的な疲労が挙げられます。二つ目には過度な緊張があるでしょう。特に現代社会は、人間に対し過酷な環境(例えば労働環境など)への順応を容赦なく強いてきます。疲弊や緊張を繰り返すことで、上述の自律神経の乱れが引き起こされる危険性を、我々は常にはらんでいるのです。

これらの背景を踏まえ、自律神経の乱れを緩和する対策の要は何とっても心身の休息に尽きます。特に不眠の解決は自律神経の安定の上で、最大の近道と言えるでしょう。そのため、あまりにも強い不眠などについては、睡眠薬などの一時的な内服は検討に値すると思います。そして、過緊張は心身の冷えをもたらし、自律神経のバランスを崩すことにも繋がります。胃腸を温めること、軽めの運動から新陳代謝を上げること、そして就寝前のリラクゼーションなどは、心身全体の冷えを緩和するだけでなく、自律神経の活動を安定させ、免疫力の回復にも一石を投じると言われています。

最後に、人間は自律神経を自分の意志でコントロールすることは絶対にできません。まさに人間の意志から自律しているのです。そうだとすると、自律神経症状に悩み、「何とかしたい」と思いを強めることは、却ってその身体症状へのとらわれを作り出し、過緊張を増長させることとなってしまいます。つまり、自律神経症状への不安をそのまま持ちこたえながら、身体を常日頃から労わることこそが、自律神経を鍛えることに通ずるのです。今はKさんにとって、しんどい日々でしょうが、新たな展開があることを心から願っております。
(樋之口潤一郎)

「不調を"がまんすること"と"あるがまま"の違い」 '17.8 

Oさんは目の奥の締め付けられる感じ、首筋の違和感、倦怠感など「とにかく体調が悪いのです」と書き込まれています。「23歳の時に通勤電車の中でめまいを起こして以来、また起きたらどうしようと不安が先に来て、症状の波はありますがいつも体調が悪い状況です。」とのこと。その症状を持ちながら、約30年間会社員として働いてきたというのは、大変な、尊敬すべきことだと思います。「気力だけで頑張っています」とも書かれています。

書き込みから、身体の不調にとらわれる一方で粘り強い、森田神経質の方なのだと感じます。Oさんはお仕事を続ける中で、上司、同僚、お客さん・・多くの人に関わり、お仕事に取組み、工夫もこらしたはずです。逆にそうでなければ30年お仕事を続けてくることはできなかったはずです。今一度、そうした関わってきた人やものごとに目を向けてみましょう。 そして苦しい中ではありますが、今目の前のことを見つめて、心に浮かぶ「感じ」をお仕事に生かしてみてください。

さて、森田療法の診療をしていると「あるがままにするって我慢するってことですか?」と聞かれることがよくあります。不安や症状をあるがままにすることには、やはり耐えること、我慢することも含まれるもの。しかし「我慢」は自分の内側に注意が向いた状態ともいえます。 一方不安や症状を「あるがまま」にすることは、ものそのものになり、目的に沿っていくことを含みます。

他の人が元気に活発で生き生きとしているのを見ると自分と思われることも、生の欲望の強さを表わしています。体調への不安は「生き生きと生活したい」からではないでしょうか。持ち前の粘り強さを生かし、「生の欲望」を発揮していってください。
(塩路理恵子)

「動悸、吐き気は何かきちんとしたい気持ちのサイン」 '17.7 

H様、せっかく念願の仕事に4月からついたのに6月から動悸と吐き気に悩まされさぞお辛いとお察しします。

念願の仕事について約二か月がたち、もしかしたら一見順調に見えても実はH様は他のスタッフが辞めたりして仕事で別の役割が増えたりしていませんでしょうか?そのせいであるいは御自身のがんばろうとしすぎているところもありませんでしょうか。神経質性格の方が、「こうあらねばならぬ」「頑張らないと」との想いが強くなりすぎ、周りの人へ頼らず自分のみで頑張りすぎていることが多くあります。

というのは、このような動悸や吐き気が出てきたということの自覚はしていないでしょうけど何かしらの不安が大きくなったから出てきているのではないかと推測します。不安が大きくなった要因に以上に挙げたことを考えました(もちろん違っていたらごめんなさい)。H様にとって嫌でなく念願の仕事とのことなので、不安が増えたということはその仕事をきちんとしたい気持ちが強まったからではないかと森田療法では理解します。

森田は、「神経質の症状は欲望の過大から」と言っています。また、森田は治療について「一方にはその恐怖または苦痛に対する態度と、一方にはその自己が本来に具有する欲望の自然の発動をうながして、苦痛と欲望との調和の心境を会得させ、自己の現在の境遇、降りかかる運命に対して、絶対服従の心境を会得させることにある」と述べています。ここで誤解してほしくないのは症状を我慢して仕事場にいることを推奨しているわけではないということです。周りの人へわからぬことを尋ねたり、頼るところは頼ることが大事になってきます。

きちんと仕事をしたい気持ちが強いから不安が強まり、動悸や吐き気が出てきたので、この不安はある意味あってよいものではないでしょうか。このように動悸や吐き気がでたことをマイナスととらえずに何かきちんとしたい気持ちが強まったサインとしてプラスに考えます。ちょっと他人へわからないことを聞かず独りで抱え込みがんばっているようであれば恐る恐る周りへ困った時は相談してみてはいかがでしょうか。
(舘野歩)

「良き娘婿とは?自分の心に素直になれたら」 '17.6 

Tさんは、胃腸炎をきっかけに3ヶ月間で10キロも痩せられたということは、たいへんな苦労があったのだと思います。日々の診療でも、ストレスが胃腸症状に出る患者さんによく出会います。Tさんは奥様と義理のお母様との関係の中で悩んでいらっしゃるようですね。なかなか難しい問題でありますが、奥様と義理のお母様の関係は長年培われてきたもので、そう簡単に変わらないかもしれません。共依存と表現されている状況は必然だったのかもしれません。Tさんは良き娘婿であろうと懸命にがんばってきたのだとお察しします。

良き娘婿とはいったいどのようなものでしょうか?Tさんは、家族と共に本当はどのように生きたいのでしょうか?おそらく、胃腸症状が強く出ているということは、自分の気持ちと、“かくあるべし”が大きく解離しているのではないかと思います。

一人で悩むことは時に思考の幅を狭めます。奥様に、“自分はこうありたい”という気持ちを一度率直に話してはどうでしょうか?奥様はTさんのことをどう思っているのかも気になります。奥様と話し合うことが難しければ、ご友人、カウンセリング、精神科や心療内科の受診といった方法もあります。

“自分はこうありたい”に近づこうとし過ぎて、車のお抱え運転手になり、かつ仕事をされて無理がたたり、その信号として胃痛、胃のもたれといった症状が出てきたのかもしれません。つまり、これらの症状が出たということは、ご自身への“無理しすぎ”のサインとも取れませんか?それだけ無理をされれば様々な体の症状が出るのはむしろ当然と言えます。ご自身の生活スタイル、妻や義母へ無理をしているところを少しでも“緩める”ことが大事な気がいたしますがいかがでしょうか?

すべてが丸く納まるということはないかもしれませんが、人生の主役はTさんです。もう一度、自分の素直な気持ちを掴み取ってください。今回のご投稿がその一歩になれば幸いです。
(鈴木優一)

「体調や病気に対する不安は、生きたい気持ちの証」 '17.5 

Bさんは、息苦しさに悩んでいるとのことでした。内科で検査をしても異常はなく、元々軽い喘息があるため窒息しそうな恐怖感からますます息苦しさが増し、仕事も辞めることになってしまったそうです。また、お子さんの病気(その後完治)やご主人のケガなどが原因で病気に対する恐怖心が強まったことがきっかけと振り返っておられます。

確かにお子さんの病気は心配ですし、重ねてご主人も手術となると心労は相当なものだったことでしょう。

体調不良は不愉快なものですし、ましてや理由がわからないとなると、体調不良の原因や改善策を探りたくなってしまうものでしょう。しかしそうなると、どんどん自分の身体の状態に注意が向き、些細な変化もチェックするようになってしまうので、身体もそれに呼応するように敏感に反応してしまいます。とはいえ、「気にしないように・・」「自然に・・」と考え方を工夫しようとしても、それもまた難しいものですね。つまり、身体の調子にしても考え方にしてもなかなか思い通りにはならないということです。逆にそんな中でも本を読んだり、絵を描いている時には苦しさを忘れている・・・といった経験をされているのは、重要なポイントになります。他の方も指摘しているように、注意が身体から離れて目の前のことに向いていると苦痛が生じないということですね。

病を恐れる気持ちはとても自然なことです。それは健康で、安全に生活したいという気持ちの証だからです。息苦しさの恐怖心はすぐには無くならないかもしれませんが、それがあっても何とかなる・・・という経験を積み重ねることによって、失っていた“自分自身への信頼”“自分の身体、健康さへの信頼”を少しずつ取り戻していくことが大切でしょう。息苦しさへの不安をあえて忘れようとする必要はありません。怖いものは怖いし、嫌なものは嫌なのです。ただ、その中で何とか「出来たこと」は流さずに、「やれたね!」と褒めてあげましょう。最近の書き込みでは、安定剤を飲むことで(飲めるという安心感も含め)動きやすくなっているようですね。今は、薬を補助輪として使いながら、ご自身が少しでも「いい一日だった」と思えるように過ごしてみましょう。その際には、あくまでも体調の安定ではなく、今日一日の過ごし方、同じ一日なら何をしようか・・と考えてみると良いですね。ウォーキングにしても、絵を描くにしても、呼吸を忘れるためにやるのではなく、実りある一日にするためにやるのです。森田は「治そうと思う間は、どうしても治らぬ。治すことを断念し、治すことを忘れたら治る」と言っています。つまり、気になることを取り去ろうとしている間はそこに注意が向いて、逆に意識してしまうということを示しているので。とはいえ、断念するのは難しいでしょうから、「治す」ことをちょっと先送りにしてみましょう(すぐに・・・ではなく)。そして、まずはBさんも書かれているように「色々織り交ぜて・・」少しでも良い一日になるように工夫してみたらどうでしょうか。いずれ、“かさぶた”がいつの間にか取れていることに気づくように、自由に動けている自分に気づくと思います。
(久保田幹子)

「やり続ける事で先が見えてくる」 '17.4 

Rさんの書きこみを読ませて頂き、力強さを感じました。レンタルビデオ店での出来事ですが、悔しい気持ちを持って戻ってきたり、車の中で記入したりなど、何とかして目的をはたそうとする逞しさがあります。回避することは簡単ですが、あえて簡単な道を選ばず乗り越えようとしています。

コメントの中にもありましたが、回避すれば回避するほど人間はさらに恐くなってしまうのです。震えようが、店員さんにどう思われようが、自分のやるべきこと、やりたいことをやりとげた今回のような体験を増やしていってください。同様に不安と共に行動できた体験を重ねていくと、不安を多少感じてもそれほど気にならずに行動できるようになっていくのです。

当院で森田療法の入院治療をした患者さんが退院の時にこのように話していました。「気分の善し悪しと実際出来たことの結果は関係していなかった。どんなに調子が悪くてもできたことも多かった」と。この言葉は、私たちに「必ずしも良い状況でなくても、やり続けることで先が見えてくる」という希望を与えてくれます。

最後に、「子供の習い事を一緒に体験しに行かないかとママ友から誘いがきている」と書かれていましたね。その時にパッと感じた「行きたい」という思いが大事なのです。失敗したり、恥をかいたとしても「やりたいこと」をやることこそ、人生に輝きを与えてくれます。Rさんの中に、よりよく生きたいという克己の姿勢が認められました。その気持ちを活かして「やりたいこと」を避けずに実現していってください。強さ、逞しさを持つRさんならできます。健闘を祈っています。
(石山菜奈子)

「書痙について」 '17.3 

Jさんは以前も時折手が震えることはあったものの、3年前の単身赴任以降、書痙の症状が急激にひどくなり、この1年半ほどは自室で一人書類に記入する際も緊張して手が震えてしまうとのことです。手の震えの原因は色々あるにしても、震えをより気にするようになった背景には自分がどうありたいかという思いや対人場面への身構えなども関係しているのかなと思います。3年前が大きな転機ということで、家族や慣れ親しんだ場所を離れたことに加え、転勤で職場の雰囲気や仕事の内容、役職が変わられたといったような変化もあったのでしょうか。手の震えを意識してしまい、同じことにならないようにと努めれば努めるほど手が震えてしまうというのは辛いですよね。

森田先生は退院患者さんを対象に開いていた「形外会」で何度か書痙についてお話されています。その中で何度か登場するのが山野井さんという方です。この方は書痙の背景に、対人恐怖もお持ちでした。森田先生のところに入院して40日間作業をとにかくやって、退院の頃にはあまりよくなった感覚がなかった。良くならなかったので会社を辞めたかったが、森田先生に会社に戻らねば治らないと言われてしまい、恐る恐る重役に面会に行くことになった。その際、重役の部屋に入るまでは不安でたまらなかったのに、一言二言話すうちにすらすらと話すことができ、初めて入院の効果に気付いたとのことです。その後書痙も改善していきました。森田先生は山野井さんの改善のメカニズムをこう分析しています。「退院時に思い描いていたようによくなっていなかったことで、ご本人には森田への恨みの気持ちがあっただろう。しかしこの恨みと同時に一方にはむしろもう治らぬものと覚悟し、捨て鉢になった時に初めてここに心機一転の時節が到来したのだ」。

Jさんの「絶対乗り越えます」には強い意志とガッツを感じます。その力を(もうそうされているかもしれませんが)手の震えを止めることそのものよりも、仕事や生活で必要なやることを進めていくことに向けていただけたらと思います。手が震えないようにと思ってしまう気持ちは我々の心の自然ですから、その気持ちはそのままに。でもできる範囲でやることをやる。森田先生は「(手が震えないようにと)はからう心はそのままに、ただペンの持ち方は自分の心持のよいように持ちかえるのでなく、必ず正しい持ち方をして、字は震えても不格好でも遅くとも読めるように、金釘流に書くということを忘れさえしなければよい」と述べられています。震えが気になる裏にある自分の気持ちや考えについて、カウンセラーの方とともに振り返り理解しながら、日常生活はこのように送っていただけると良いかと思います。また体験フォーラムでもその後の様子を教えてください。
(今村祐子)

「身体の症状と付き合いながら」 '17.2 

Kさんが頭のふらつきや頭重感、身体の揺れに困っています。心理的ストレス場面で強まるようです。家に閉じこもって横になっているとめまい感が強くなるようですが、病院で検査しても特に異常はないと言われたとのことです。薬を飲むにも(耐性が出来て効かなくなった際には症状に苦しむのではないか)との不安があり、薬をやめようとしたところ、身体のグラグラ感から横になってもいられず、生活自体が出来なくなってしまったとのことです。

眠っている間は頭重感は生じないのは、寝ている間は症状に意識を向けないからだと考えます。「症状を書くほど治るのが遅れる」というのは、書くことにより症状に視点を向けることで「精神交互作用」により症状を強く感じるようになるため、そういう治療姿勢にならないように述べられたものだと思います。

薬の内服を「はからい」と書かれていますが、主治医の先生と相談して内服しているのであれば、決して「はからい」ではありません。セニランによって頭重感は和らぐとのことですので、「また症状が出るのではないか」と常に気にする状態でいるのでなく、まずは薬を定時に飲むようにして、出来ることから行動してみることです。また、その取り組みのなかでもし症状が出た場合にも、(きちんと定時薬を飲んでいるので)すぐに頓用薬で対処しようとするのでなく、症状を感じつつも出来る範囲でやってみることをお勧めします。

「死んでも構わないという開き直りの心境になれない」とのことですが、誰もが森田先生のように思える訳ではありません。焦らずやって行きましょう。
(矢野勝治)

「とらわれにくくするために…」 '17.1 

Aさんは約2年前に回転性めまいをおこし、耳鼻科、カイロプラクティックで加療されましたが、思わしい改善はありませんでしたが、現在はリハビリを続けていらっしゃいます。めまいは気持ち悪くなったり、立っていられなくなったりなどの症状も伴いますし、本当に辛かったと思います。その中で良く頑張ってリハビリを続けていらっしゃいますね。その甲斐もあって、大きな発作は起きなくなっているとのことですね。めまいに対しては自律訓練法も有効な方法だと思いますが、Aさんは「とらわれやすい性格」とのことですので、森田療法的な考え方・方法も役に立つと思います。

めまいは不快ですので、「なんとかなくしたい」という気持ちは良く分かります。ただ、とらわれやすい人が、めまいそのものをどうにかしようとすると、「今、めまいはしていないかな」「今日、めまいはでないかな」「外出しても大丈夫かな」などと考えがちで、どうしてもめまいに注意がいってしまいますね。その結果、自分自身の身体に注意が向いて、自律神経が乱れてめまいをおこして、さらにめまいが気になって、と悪循環になりがちです。ですから、「めまいをなくす」ということに力を注ぐよりも、「日常生活を豊かにする」という所にエネルギーを注いでいくことをお勧めします。めまいのために、あるいはめまいへの恐怖のために本当はやりたかったのに、できなくなってしまった、もしくはやらなくなってしまったことはないでしょうか。どんな些細なことでも構いません。Aさんがやりたいこと、やってみたいこと、少しずつ手をつけていきましょう。今の生活を充実させていくことが、とらわれにくくするコツです。是非とも頑張って下さいね。
(谷井一夫)

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