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【体験談】不安の坩堝をぬけて

配置転換を機に不安症状が

私は、貧しい農家の長男として生まれ、五歳のとき父を亡くし、妹弟の父親がわりとして、一家の柱として、農事を手伝い、母を助けながら成長しました。
学校の成績は比較的よかったのですが、中学卒業後、現在の会社に就職し、そこで学歴社会の壁につきあたりました。

母を幸せにすることは出世すること、出世すればすべてが解決すると考えていた私は、定時制高較、大学(二部)へと通い、教師への転職をめざしましたが挫折しました。
折りしも第1次オイルショックのあおりで構造不況が到来。私は思ってもみなかった部門へ配置転換されました。ちょうど新婚の時期であったにもかかわらず、長期間現地へおもむき、危険な作業に従事せざるを得なくなりました。
実習のための四ヵ月の出張時は、夜勤もあり、疲労のため歩いていてもフワフワする感じで、夜寝ていると、このまま死んでしまうのではないかという恐怖感がありました。しかし気を張ってがんばっていましたが、正月に帰宅し、ホッとした初出勤の日のことです。まさに頭から足の先まで凍りつくような、強い恐怖に見舞われ、とにかくじっとしておれなくなりました。

それからこの症状はますます激しくなりました。不安と恐怖の坩堝のなかで、発狂したらどうしよう、自殺するのでは…という様々な強迫観念が頭のなかを駆けめぐり、身の置きどころがなく、何がどうなったのかわけもわからず、何を見ても不安で、恐怖に震えながら毎日を送っていました。
神経科を受診し、もらった薬を飲みながら出張していたものの、今にも死にそうな気分に見舞われ、現地の上司に連絡もせず逃げ帰ってきたこともありました。

この不安・恐怖さえなければと、カウンセリング、ヨガ、自律訓練など、悪戦苦闘を続けました。しかし、それは不安をとり除くための努力だったので、かえって症状を強めることになっていたのです。


実践によって失地回復

職場でも信用を失い、失意のときに森田療法を知りました。
そして、私と同じような症状を克服されたかたの体験を読んで、不安感情に負けて現実から逃避し、周囲や妻に依存しようとしている自分に気がついたのです。
同じ悩みを克服されたかたがたくさんいるという事実は、私に大きな勇気を与えてくれました。私は、森田療法の考え方を知るべく、学習にとりくみました。
まず「すべての不安の根源は死の恐怖である。その不安は、生の欲望の強さの裏返しであり、不安は欲求達成のための 不可欠の要素である」ことを知りました。

さらに、同じ神経質症で悩んだ人たちの会では「あなたが職場で少しでも役に立つよう動きなさい。今は十分に仕事ができなくてすみませんという気持ちで、自分にとっては軽すぎると思う仕事でも、どしどし見つけてやってゆきなさい」とアドバイスされました。家庭に於いても、職場に於いても、ともすれば不安に目を向けがちな心をそのままに、「症状にさからわず」実践を繰り返していきました。プライドが高すぎてできなかった雑用にも次から次へと手を出していきました。

その結果、不安に注意が向きがちだった心も流れ、幼弱的な逃避行動にも歯止めがかかりました。不安をとるための努力ではなく、自分本来の欲求へと、努力する方向が修正されたのです。
おかげで、現在では出張もでき、家庭ではいろいろなことに手を出していけるようになりました。
自分のことのみ考えていた人間でしたが、今では、他の人のことも配慮できるようになりました。

出世したい、人の上に立ちたい一心で、趣味は持たず、職場と家庭にだけ生きがいを求めていた狭い考え方が崩れ、生活にもゆとりと幅が生まれてきました。テニス、盆栽、麻雀、野球と、趣味も広がっています。症状の悩みよりも「なにが、どうできたか」が問題であることも実感できます。
とはいえ、われ知らず有頂点になっているときには不安が顔を覗かせます。「傲慢になっているよ」「仕事に身が入っていませんよ」と、不安が赤信号を出して警告してくれているのです。今後も不安や症状に教えられながら、森田理論を実生活に活用して軌道修正しつつ、「有能な人間であることを認めてほしい」という欲求に向かって歩んでいきたく思います。


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