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■感情の法則■

私の神経質に対する精神療法の着眼点は、むしろ感情の上にあって、論理、意識などに重きを置かないものであるから、さらに感情のことについて、少し説明を加えておかなければならない。まず感情の法則、すなわち感情の事実として、およそ次のような場合を考えることができる。

第一、感情は、そのままに放任し、またはその自然発動のままに従えば、その経過は山型の曲線をなし、ひと昇りひと降りして、ついに消失するものである。

  • たとえば苦痛、煩悶も、これを自然に放任して、これに耐えしのんでいれば程なく、次第に消失することは、私の臥褥療法によっても、これを見ることができる。
    古い教訓の中に、「もし怒って喧嘩しようと思うときには、三日考えたのちに、はじめてこれを決行するがよい」ということがある。これはその三日の間に、感情が自然に消失するということを応用したものである。

  • その他、悲しい時に泣いて悲哀を発散し、あるいは腹をたてた時に怒鳴って気が晴れる、とかいうようなことは、感情はこれを表出し外にあらわせば、急に静まるものである。これを次の第二の法則により代償的に、その衝動を満足させたものと見ることができるようであるけれども、またこれを感情の自然の経過とも解釈できる。
    ジェームズは、「私たちは、悲しいから泣くのではなく、泣くために悲しいのである」といって、悲哀の情と表情との前後の関係を反対に見ている。けれども、私は泣く表情と悲しみの自覚は、同一の事実を客観的と主観的との二方面から見た相違だけであって実は同一の現象と見なすものであるから、これらの発情が自然の経過によって、放散するものと理解してもよいと思うのである。

第二、感情はその衝動を満足すれば、急に静まり消失するものである。

  • たとえば飢えた時、食事をとればその苦痛が消えるように、あるいは「結婚は恋愛の終結なり」とか、いうようなものである。神経質の患者は、しばしば刺激性の心情や悲観的の感情に対し、その衝動を発散して、その苦痛を脱しようと試みることがある。患者はこれによって、一時の快を得ることができるけれども、その結果、理性的自責感が起こって、後悔し、かえって煩悶を増すようになるものである。それ故患者は、常に感情にたえ、衝動を自制することをけいこした方が得策である、ということを知るようになる。

  • これに反して、意志薄弱性素質者は、同じく衝動を達した時の快感を得ても、神経質のような道義的観念による後悔と抑制力とが欠けているから、経験を重ねるほど、ますます快感だけをむさぼって、衝動を制することができないようになるものである。

第三、感情は同一の感覚に慣れるに従って、にぶくなり不感となるものである。

  • たとえば寒さも暑さも、これに慣れると共に感じなくなる。あるいは子供がいつも叱られてばかりいると、ついにはその叱責の言葉にも、慣れっこになって気にもとめなくなるようなものである。神経質患者に対する冷水浴も、感覚的苦痛に慣れることを目的とし、頭重その他の不快感でも、作業によって、これにたえることを学べば、その苦痛が消失するようになるものである。

以上は感情の消失する場合の条件についてあげたのであるが、なおこれに、種々の条件の加わったときに、感情は持続し、あるいは強盛となるものである。

第四、感情は、その刺激が継続して起こる時と、注意をこれに集中する時とに、ますます強くなるものである。従来、感情はこれを表出するに従って強くなる、といっているのもこの条件によるものである。

  • たとえば喧嘩なども次第にはげしくなるのは、怒りの刺激が継続して加わるためである。もしはじめの一言を注意することができたら、喧嘩にいたらずに終ったであろう。神経質者が、その家人や他の人に自分の症状や苦痛を訴えるのは、それが細密にわたるほどますますその症状に対する自己の注意を深くし、その上他人の自己に対する同情の不足をうらむなどの条件が加わるために、いっそう症状を重くするものである。それ故私は、常に神経質患者に対して、まず第一にその家人に対して、自分の症状を訴えることを禁ずるのである。

第五、感情は、新しい経験によって、これを体得し、その反復によって、ますます養成される。

  • たとえば飲食することによって、初めてその味を知り、実行によってその趣味を理解することができるようなものである。

  • 私たちが努力と成功との経験を反復することによって、はじめて勇気と自信とを養成するのは、努力による苦痛に慣れ ると共に、一方には成功による快感を体得するためである。
    これに反して、努力、失策、不成功を反復、経験すること によって、その人がますます臆病、卑屈となるのは、その努力、失策、不成功による不快感を忘れることができないから である。これらのことは神経質の体験的療法において、もっとも注意しなければならぬ事柄である。

(「神経質の本態と療法」森田正馬・白揚社)

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