「不安神経症で悩んでいます」'07.12
★質問:
- はじめまして、私は今現在漠然とした死への恐怖を感じ苦しんでいます。
始まりは病気不安からでした。健康診断で異常が見つかり精密検査を受けました。
その時から検査結果が出るまで、癌ではないだろうかとか不安で不安でしょうがなく、自分をコントロールできない状況になってしまいました。
そのときから心療内科にお世話になり現在デパス0.5mgを1日2錠リスミーを1錠処方してもらい飲み続けています。
幸い検査の結果は特に問題ない結果でした。これで不安から解消されると思ったのですが、そこから漠然とした死の恐怖感じるようになりました。突然事故で死ぬのではないか、等毎日考えてしまいます。
何もやる気がおきず、仕事以外外出するのもきつい状態です。
ぜひともアドバイスをいただきたくすがる思いです。よろしくお願いいたします。
★回答:
- Kさん、こんにちは。今現在漠然とした死への恐怖を感じ苦しんでいます、とのことですね。なるほど。
それ自体は誰にでもある自然な感情です。なお、始まりは病気不安からで、健康診断で異常が見つかり精密検査を受けたが、結果が出るまで、癌ではないかと不安で自分をコントロールできない状況になった。とあります。健康診断での異常は、誰もが不安になるものですね。よくわかります。さらに、検査の結果は問題がなかった。これで不安が解消されると思ったが、そこから漠然とした死の恐怖を感じるようになり、突然事故で死ぬのではないか、等毎日考えてしまう。 とのことですね。これは大変ですね。健康診断で強まった不安が治まらず続いているようです。
- 森田療法では人間が生きていく限り、不安は自然なものと考えます。むしろ人生のことを真剣に、大切に受け止める姿勢があるほど、不安も強まると考えているのです。Kさんもおそらく自分の人生を大切に、貴重なものとして受け止めるかたなのだと想像いたします。不安は人生に対する強い思いへの裏返しなのでしょう。それでいいのです。
ただ、その不安をどのように生かすかが重要です。
また、Kさんは何もやる気がおきず、仕事以外外出するのもきつい状態になっている、とのこと、不安の中でのお仕事、ご苦労様です。大変な努力がうかがわれ、頭が下がる思いです。一体そういう中でどうやって仕事に取り組めておられるのですか?不安の中でもやるべきことをやる、目的を果たしている、その勇気ある態度がとても重要なものと存じます。その体験は今後も不安と向き合っていく上で大切な財産となるでしょう。是非その態度を続けていただきたいものです。
- さて、人間にとって生きていく限り当然の不安をいかに生かすか、ということを考えてみます。避けられない不安にこだわったり、それについてあれこれ考え込んだりすることはかえってそれを強めてしまうものなのです。自分の不安から何を学べるか、という問いかけが大事だと思います。今回の症状の不安の根本にあるのは、「健康でいたい」というお気持ちです。その不安を「健康でいる」ために日常生活の中でどのような努力をするか?ということを考えたり、考えたことを行動に移すきっかけにするというように受け止めたらいかがでしょうか。健康診断で異常を指摘されたことは、ご自分の健康でいたいという気持ちに気づくきっかけであった、と考えれば、結果的にはかえってよかったかのもしれません。これからさらなる健康を保つために新たに日常生活を見つめなおす、というきっかけにすることは難しいかもしれませんが、可能であると思います。どんな不安でも成長や変化のきっかけとして生かせないものはないのです。強い不安の中でも仕事に取り組んでおられるKさんならご不安を十分に生かせると思います。ご参考にしてみてください。
(鹿島 直之)
「職場復帰の不安」'08.01
Mさんが2月からの職場復帰を前に、職場の人と話す時に失敗しないだろうか、上手くやっていけるだろうかと考えて不安な様子です。休職前には上司や先輩の足音が聞こえてくるだけで具合が悪くなったりミスが多くなってしまったとのことで、復職を前に強く不安を感じているようです。Sさんも書かれていますが、復職前には「また同じようになるのではないか」と誰しも不安になるものです。その不安は、「戻るからにはきちんとやりたい」という思いの裏返しでもあり、あってはいけないものではありません。「ミスがあってはならない」という考えから身動きがとれなくなるのではなく、現実的に仕事というものは、ミスを修正しながら進めていく試行錯誤がつきものです。例えば、自転車の練習で転ばずに上手になる人はいませんね。転びながら慣れていきバランスを取るのが上手くなっていきます。失敗しながらも進めていくことが大事なのです。
(矢野勝治)
「不安は不安のままに、手足を動かす」'08.02
Yさん、こんにちは。久しぶりのフォーラムへの参加で近況を報告してくれていますネ。以前、この回答でYさんにコメントしたことを記憶しています。
6年間のパニック障害との付き合いを経て、現在はのびのびと仕事に、日常生活を送ってらっしゃる様子がしなやかな文章から伝わってきます。3月から新しい仕事に変わることとなり、様々な気持ちが交錯するにも関わらず、「こういう時には森田先生だったらどう仰るのかな?」と自らに語りかけ、「そのままで良い。しっかりと手足を動かしなさい・・・」と仰っているのではないかと考え、「不安は不安なままに、手足を動かす」ことを実践されているとのこと。学習と行動の連動が見事に実践されています。非常にすばらしいのではないでしょうか。
千変万化する日常のなか、その時々に応じて臨機応変に行動し、内なる希求である「より良く生きたい」という気持ちに従って行動されているように感じます。そして、そうした体験をフォーラムに綴ることで、「新しい参加者がYさんのコメントを参考にする」という、森田療法の循環が見事に起きているように思います。生きた森田療法の体験ほど、力強いメッセージはないと思います。皆さんの様々な体験でフォーラムがさらに生き生きとしたものになることを祈念します。
(川上正憲)
「神経質性不眠に対する森田療法」'08.03
Mさん、睡眠剤を飲むことかなりお辛そうですね。睡眠剤を飲むとどんなことが辛いのでしょう?服薬した翌朝眠気が残ってしまうのでしょうか?あるいは服薬した翌日にふらついたりするのでしょうか?もしこのような副作用が辛いのであれば、睡眠薬といっても色々な種類がありますので主治医と相談して変更することも必要でしょう。
ただ「日々睡眠薬を飲むか飲まないかにとらわれている」ということはありませんか?睡眠をきちんと取らなければならないと思いそのことばかりにとらわれている状態を神経質性不眠と呼びます。今まで森田先生の本を読んで克服されてきたとのことですのでそれだけMさんには潜在的な「力」があると想像されます。今までの悩みを乗り越えてきた時のように今回も睡眠のことだけでなく、日中に不安なことがあったり悩みがあったりしていませんか?翌日を万全な体調で過ごしたいという構えが強ければ強いほど、その日睡眠をきっちりとりたいという意識も強まりますます眠れなくなってしまいます。つまり睡眠のことばかりに目を向けすぎず、日中起きている生活へ目を向けてみましょう。睡眠時間や睡眠の質のことだけでなく、一日全体をいかに充実させていくかを大事にしていきましょう。
睡眠についての森田療法的な具体的なアドバイスを示します。森田先生は「眠っても眠らなくても七、八時間以上床に尤いてゐてはいけない」と言っており、高良先生は「患者の夜の就床時間を七時間内外に一定し、それ以外の就床域は睡眠を厳禁する」と指導していました。つまり規則正しい睡眠スケジュールを確立することが大切です。
(舘野歩)
「全般性不安障害にどう対処するか」'08.04
Sさんは、10年来不安状態に苦しんでおられるとのことです。身内の方の不幸や環境の変化といったストレスをきっかけに、「胸がいつも重苦しく息苦しい感じが続く」という体の症状と、「気持ちもざわざわと不安で憂うつな、すべてが不安に映る」という心の症状が長期間にわたって持続していることから、全般性不安障害という診断に該当すると思います。従来、不安神経症と呼ばれていた状態は、最近では急性・発作性の不安(パニック発作)を主とするパニック障害と、慢性・持続性の不安を特徴とする全般性不安障害に区別されるようになりました。パニック発作を繰り返すうちに、全般性不安障害が共存するようになる人が25%程度いますが、パニック発作とは無関係に全般性不安障害になる方も少なくありません。Sさんの周囲には似た症状の人がいないということですが、米国の地域調査によれば、全般性不安障害の生涯有病率は一般人口中約5%という結果であり、決して少ないものではありません。精神科よりも内科などの一般診療科を受診する人が多いことも特徴のひとつです。全般性不安障害の際の不安は、特定の内容に固定しておらず、そのときそのときで変化します(浮動性不安と呼びます)。たとえば自分の健康不安や仕事の失敗への恐れ、事故に遭遇するかもしれないといった身近な不安から、地震や戦争が起こったらどうしようといったことまでが心配の種になることがあります。また自分のことだけでなく、身内の病気や死など、家族のこともしばしば心配の種になります。
Sさんは、これまで1度しか病院に行ったことがないといいますが、ことによると薬に対しても心配が強いのかも知れませんね。しかし、ある程度の期間、抗不安薬や抗うつ薬を服用することによって、不安や緊張、ことに胸苦しさや息苦しい感じなどの身体症状の改善が期待できますので、改めて精神科か心療内科を受診して薬もしっかり味方につけてはいかがでしょう? ただし、薬だけで不安を取り除こうとしてもうまくいきません。全般性不安障害の人は、元来心配性で完全主義的傾向を有する神経質性格の方が多いのです。そこで、何とか不安を除去しようと努めるのですが、いくら心配を打ち消そうとしても次々いろいろなことが気になってリラックスできないはずです。では回復の決め手は何でしょうか? 結論を言えば、不安に対する姿勢を変化させることです。つまり、不安は無理に打ち消さなくとも、時間と共に変化していくこと(森田はこれを感情の法則と呼びました)を思い起こし、不安との闘いをやめて、日々の生活の充実を図ることです。1度しか病院に行かなくとも、10年間生活を続けてこられたという事実が、身体的には健康であることを示しています。電車、美容院、外食が苦手になっているということですが、もう一度不安のまま、生活全体を外向的にしていくよう努めてみるとよいと思います。それから、同様の悩みを抱えている方々との交流も支えになりますので、この体験フォーラムや生活の発見会を大いに活用されるといいでしょう。万が一それでも現状を打開できないということでしたら、一度慈恵医大第三病院を受診してください。
(中村 敬)
「かくあるべしの呪縛」'08.05
Hさんは入院した時の経験を振り返り、自由に動けるようになってから精神的に不安定になったことや、新しく同室になった患者さんと思うように接することが出来なかったことについて書き込みをされています。そこで伝わってくるのは、せっかく森田療法を学んでいるのにどうしてうまくいかなかったのだろうという落胆と、ちゃんと対処できるようにもっと森田療法を学ぼうとする前向きな姿勢でした。
Hさんが書かれていることはとてもよくわかります。手術という大変な事態は何とか乗り切ったのに、なぜ点滴もはずれて自由になった頃から精神的に不安定になったのだろう・・・(もうストレスはないはずなのに)。新しい同室の患者さんとの関わりが嬉しい反面、負担となって予定前に退院してしまった。どうして不安感の中にいることが出来なかったのだろう・・・(ちゃんと森田療法を勉強したはずなのに)。うまくいかなかったことだけでなく、( )の中の気持ちが葛藤を生んでいるのではないでしょうか。確かに、客観的にみれば手術当初よりも自由に動けるようになった頃の方がストレスも少ないはず。個室よりも、同室の患者さんがいた方が退屈しないはずです。しかし、そこに「かくあるべし」の落とし穴があるのかもしれません。
手術当初は当然回復に向けて身体も心も精一杯です。他に目を向けるゆとりもなかったことでしょう。一人部屋の時も同じことです。話したくても話す相手もいなかったのですから。でも、自由に動けるようになったら、初めての入院生活について考えるゆとりが出来た。新しい患者さんがきたら、孤独から解放されて嬉しくなった。とても自然な心の動きですよね。ただ、そこで同時に生れたのが、「ちゃんとしなければ」というかくあるべしの構えだったのではないでしょうか。ちゃんとしようと思えば思うほど、眠れない事実や、同室の患者さんとの接し方が気になる。気になればなるほど、それを何とかしようとしてますますパニックになる・・・まさに“とらわれ”です。
Hさんも気づいておられるように、同室の患者さんに対しては、楽しくおしゃべりできなければいけないと考え、無理をしたことがとらわれを生んだわけです。つまり、「楽しくおしゃべりしたい」が「しなければならない」に転じた時、自分自身に縛りがかかってしまったのです。でも、対人的なことだけでなく今回の入院をめぐる一連のことは同じからくりで起きているのかもしれません。つまり、「ちゃんと出来なければいけない」という構え(かくあるべし)というからくりから。特に、繰り返しHさんが書かれている「森田療法を勉強してきた」というところにそのきっかけがあるようにも思えます。「森田を勉強してきたのだから大丈夫なはず」、あるいは「ちゃんと対処できなければいけない」という新たな「かくあるべし」を生んでいたと思うからです。
しかしそれも、成長したいという前向きな欲求があるからこそ生じるものです。悩みつつも、途中で入院生活の目的を思い出し、軌道修正が出来ているところからも、進歩は十分にみられます。どんな状況でも動揺せず、冷静沈着に対処できることが「ちゃんとしている」ことではありません。初めての入院と手術に動揺しながらも、本来の目的(治療やリハビリ)を思い出しながら、そこに力を注ぐことが出来るならば、立派に森田の姿勢が身についていると言えるでしょう。あまり頑張りすぎずに、今回の経験から得たことを生かしていけば、十分学びになると思います。
(久保田幹子)
「選択肢」と「素直」'08.06
Mさんは、不安発作がまた出るのではという予期不安の中でスポーツ観戦にでかけたことを報告されています。
フォーラムでのやりとりに背中を押されて恐怖突入をされてきたとのこと。
投稿を読んでMさんがとても素直な方なのだな、と感じました。
「素直」は、森田療法で治癒のために重視していることのひとつです。
それは、たとえば理解できなくても、先輩やよくなった人の真似をしたり、「あやかる」こと。やはり自分の殻に閉じこもって、自分の症状は特別だから、ほかの人とは違うから、と壁を作ってしまうと、変化のきっかけはつかみにくくなってしまうもの。
森田先生も「『思いきってぶつかる』とか『自分を投げ出す』とかいう話を聞いて、その苦しいことに同感・同情するとか、元気になり、強迫観念が直ったとかいうことを聞いて、自分もそのようになりたいとか思うのを『感じ』とか『素直』とかいうので、『あの人は、病気が軽いから、なんでもないけれども、自分は特別であるから、治らない』とか『自分は意志薄弱であるから、先生の診断が間違っている』とかいうのをヒネクレとか強情とかうのである。それで素直な人は、よくなった人の話を聞いて、自然にその気合につり込まれて、治るようになる」と仰っています。
一方で「選択肢」という表題に、「何を望み、何を選ぶのかは自分なのだ」という覚悟が読み取れました。
「すぐには自信にむすびつきませんが」とのこと、それでよいと思います。
自信はあとから自然に生まれるもの。ご自身が主観的にどのように評価したとしても、電車に乗って出掛けてみた」というのは変わらない「事実」です。
さらに一歩の後押しを先輩がされています。
これからもチャレンジを続け、「事実」と積み重ねてください。
(塩路理恵子)
「外相を整える」'08.07
Mさんは、現在、過呼吸を恐れ、外出することを躊躇されていらっしゃるようですね。文面から察するにパニック発作と、その予期不安に苛まれて、生活が萎縮しているのだと思われました。そして、このような状況の中で、何度も外出を試み、上手く結果を出せないことに意気阻喪しているように見受けられました。2年以上もこうような状況の中で、孤軍奮闘されているのだから、さぞかし辛い状況であったと思います。
ところで、Mさんは、精神科の治療機関に定期的にかかっていらっしゃいますか?
向精神薬の服薬でパニック発作自体の軽減は可能です。そのため、規則的な服薬を是非心がけてください。発作の軽減が図られるだけでも、外出時の心理的負担を軽くさせてくれると思います。その上で、Mさんの生活自体をもう一度見直していきましょう。
現在、Mさんは、殆ど自宅内で生活しているのでしょうか?
そうだとすれば、自分の部屋が万年床になっている可能性はありませんか? 現在、パソコンが普及し、自宅で情報を簡単に知ることが可能となりました。便利なことに越したことはありませんが、そのことで外出する機会を敢えて自らに課す必要も少なくなってしまいました。
つまり、自らが行動し、様々な体験をする機会も奪われていったように思います。そのため、Mさんには、自宅の中だけでもいいから、変化のある生活を心がけていくことをお勧めします。その際、3点を心がけていってください。
- 1つ目は、今までもMさんが挑戦してこられた、朝決まった時刻に起床し、日の光を浴びることです。
- 2つ目は、外出しなくても窓を開け、外気などを自宅に引き寄せることです。可能であれば、無理のない範囲で自宅周囲の散歩を試みてください。季節感を肌身で感じ取ることが、Mさんの生活感を取り戻す上で意外にも重要なのです。
- 最後にパソコンから離れた生活を一日の半分は持つようにしてください。パソコンは情報を与えてくれますが、豊かな生活は与えてくれません。パソコンの前に座り込んで根を生やさないことです。これらは、不安を直ぐに解決する訳ではありません。しかし、森田療法の基本が生活の回復にあるならば、これらの3つをMAIさんの当座の目標にしていって欲しいと考えます。
一見地道ですが、地道に勝る近道はありません。是非頑張っていただきたいと願っています。
(樋之口潤一郎)
「パニック障害との付き合い方」'08.09
Sさんは、今年6月に心臓がチクチクしたことから恐ろしくなり、その後健康に過度に気をつけているなか、7月にも発作が生じました。経過からパニック障害と思われます。パニック発作は、恐怖や不安とともに身体や精神の症状が突然出現し、短時間でピークを迎えるものです。身体症状としては動悸などが多く、最初に発作が生じたときには心筋梗塞などを起こしたのではないかと大変驚いて救急車を呼ぶ方も多くいらっしゃいます。しかし、症状は10分以内にピークを迎え数十分で落ち着くので病院に到着する頃には症状はだいたい治まっているものです。
パニック障害は身体のメカニズムだけで発作が生じるのではなく心理的プロセスが介在します。特に発作が繰り返されると、また発作が生じるのではないかという「予期不安」が生じてきます。気にすれば気にするほど強まる予期不安は病気を長引かせる因子とも言われ、薬ではなかなか改善しません。そのため症状をなくすのではなく、症状との付き合い方を身につけ、その人らしい生活を送ることを目標とする森田療法が予期不安との付き合い方に有効になってくると言えます。
さてSさんは病院にかかるようになり症状は治まりましたが、薬なしでは生きていけないのではないかという心配がつのっていったのですね。そのような心配から、いきなり薬を中止すると、反動で不安や緊張が強く現れることがありますので、医師と相談しながら、徐々に減量・中止するほうが無難です。しかし最終的には、おっかなびっくり飲まずにやってみる決心も必要です。このサイトがきっかけになって、そのような決心をつけられたのは何よりです。
今のSさんの悩みは、吐いてしまうのではないか、という恐怖感とのことでした。これも予期不安の一種です。家族の前であまり食べないと心配をかけるのではないかと気にされており、発作のときにも母親に心配をかけまいと受診を躊躇していたことからも、Sさんの家族を思う気持ちが伝わってきます。しかし、人は時に調子が悪かったりすると食べられないときもあるものです。御本人が心配しているよりも家族はSさんの状態を受け入れてくれているのではないでしょうか。「一応は食事をする」「無理に全部食べなくていい」というSさんの方針は適切なものです。構えすぎずその調子でよいと思いますよ。
(矢野勝治)
「外出を試みてはいますが」'08.10
Mさん、いろいろとお疲れ様。森田療法を忠実に実行されようとしておられる努力に頭が下がります。皆さんからのアドバイスで恐怖なくして外出することは無理だと新ためて気付いたこと、何よりです。とても大切な気付きですね。これを忘れないでくださいね。途中で帰ってくるものの、次の日から早速近くのお店へ行こうと思い出かける、これも素晴らしい実行力だと感じます。そういうMさんが私はとても好もしく思われます。
途中で帰ることを何日か繰り返し、2分行けば着くのに、その道を渡りお店の中に入ってと考えると、不安で過呼吸になって苦しい思いをするんだ、でも不安や怖い思いは仕方ないんだ、と色々な思いがめぐり、結局帰ってくる、 今日も挑戦したが、いつもと同じ所で帰ってきた、とのことですね。ご苦労さまです。何度も挑戦するその努力はとてもいいと思います。結果はどうあれ、挑戦してみなければわからないのですから。これも良くなるための貴重な経験なのです。
さらに、そういった中で、また頑張るつもりで、できるようになるまで諦めません。 とおっしゃられているのには驚かされました。本当にファイトあふれる言葉だと思うし、この気持を持ち続けられれば、必ずいい方向に行くことと存じます。Mさん、この気持ですよ。
さて、次ですが、あまりにお店まで到達できないので、まずは駐車場まで行ければOKというふうにしようかと、まずはハードルを下げようかと思った、とのことですが、これもいいのではないでしょうか。目的を果たせればもちろんいいのですが、不安が強すぎてそれができない場合が往々にしてあるのです。そのハードルを下げるために森田療法をしながらでも抗不安薬などを使用することも多いのです。いろいろとお考えのようですが、Mさんもお気づきのとおり、最終的に目的を果たせばいいのです。そもそもMさんの目的は買い物を含め自由に外出して、日常生活を普通に送れるようになることでしょう。だとすればとりあえず近くまでの外出を繰り返す、これも役に立つ目的本位の行動でしょう。小さな目的にこだわらなくてもよいと思います。大目的があるのですから、できるところから取り組んでください。
ただ、Mさんのしたいことを買い物に限らず、いろいろとお考えいただきたく存じます。他の人も言ってくれているように、本当にしたいこと、やらなければならないことがはっきりしてくれば勇気も意欲も出てくるものです。お気づきのように、恐怖があっても行動できた経験こそ貴重なものです。ぜひやりたいことを追求し、その上でハードルの低いことから、多少の不安があっても飛び込み、徐々にハードルを上げ、行動範囲を広げてみてください。心の境界線を破るのは行動の積み重ねです。ファイトあるMさんならできると信じております。
(鹿島直之)
「現在になりきる」'08.11
Uさん、Cさん、Wさん、こんにちは。皆さん1人1人が、不安を感じながらも毎日をご自分なりに奮闘されて生活されている様子が伝わってきます。我々人間が、生きていく上で「より良き明日を思うところ」に不安が生じるのは必然のことかもしれません。「明日への希望」と「不安」は表裏一体と言えましょう。明日への希望を願う気持ちが強ければ強いほど、同時に抱く不安も強いのではないでしょうか。こうした不安とどうのように付き合っていくか・・・。なかなか難しいものですね。
森田正馬先生がよく使われた言葉に達磨大師の「前を謀らず、後ろを慮らず」という言葉があります。これは不安にとらわれ、今現在がすっぽりと抜け落ちている我々に、「現在になりきる」姿勢を指導する言葉です。過去を憂えても、未来の不安に慄いても、何も変わることはありません。我々に出来るのは、今この瞬間をいかに充実させるかのみです。コツコツと目の前の必要な関わりに取り組んでいきましょう。「現在になりきること」、このことが未来への活路です。
(川上正憲)
「どっちも辛い」'08.12
hさんは不安神経症と診断され、現在の生活は人に頼って甘えている、病気と向き合う覚悟が欲しい、と悩んでらっしゃるのですね。
hさんがどのような不安や症状があるのかまでは分かりませんが、その不安や症状の為に仕事を休んだり、人に頼ってしまったりしているということでしょうか。そうであるならば、休んだり頼ったりした際にはきっとhさん自身が「また休んでしまった」などと嫌な気持ちになり、辛い思いをされているのでしょう。一方で、どこにいても不安などの症状は辛いものです。
つまり、仕事を休んでも休まなくてもどちらにしても辛いのではないでしょうか。
どちらも辛いのであれば、とりあえず仕事に行ってみる事を試みてはいかがでしょう。症状はおそらく最初のうちはどこにいても出てくるものです。それであれば、「休んでしまった」と自己嫌悪にならないだけ、仕事に行った方が楽なのではないでしょうか。「病気と向き合う覚悟を決めなくては」と思っても、なかなか心は思うようにはいきません。本当はそんな悲壮な覚悟は必要ないのです。「どっちも辛い」それなら、とりあえず今日一日だけは仕事に行ってみようと、家を出てよろよろとでも職場に向かいましょう。
そしてもし今日なんとか仕事ができたなら、明日、もう一日だけ同様に出勤してみましょう。明日もなんとかなったなら・・・・明後日hさんはどうなさいますか?
(谷井一夫)
「あせらずに」'09.1
二ヶ月前から急激な食欲不振で三週間ほどご入院されたとはとても大変だったと思います。今どのくらい行動したらよいのかは本来は病気の種類や程度にもよりますし、担当医ともよく話し合うことが大事です。しかしそれでもうまくいかなくてここにかきこまれているかもしれないので書き込み文章からの範囲で少しでもお役に立てるようコメントいたします。
情報が少ないのでなんとも言えないのですが、退院後だるくて寝てばかりの日が続いてから「このままじゃ絶対にいや!!」と思えるようになってきたのはさながら入院森田療法での臥褥期から開けた患者さん彷彿とさせます。
そして少しずつ行動を広げようとしていらしたのになかなか思うようにいかず苛立ちが募っていられるのですね。確かに退院されたのに身の回りのことを家族にしてもらっていると内面的には前向きになっていても外から見られている状態(行動)は何も変わっていないと思いがちですね。しかしご家族のおっしゃるように「なんでもやれるような気分になっただけ進歩」と私も思います。
薬をもっと飲んだ方がよいのかどうかはやはり病気の種類や病気の程度にもよります。よりうつ(病気)としても要素が強ければ抗うつ薬の増量も有効でしょう。しかしもし病気というより生活の仕方が完全主義に陥っていて改善がスムーズにいかないのであれば薬の増量はあまり効果がないでしょう。
また色々自分のことをみつめて考えることばかりしているとますます内面のことへとらわれてしまいます。なるべく抽象的なことを考え悩むのではなく、具体的に悩むことが重要です。今まで色々試行錯誤されてきてうまくいかないと否定的に自分をとらえがちだと思いますが、その中にもSさんの「生の欲望」の実現の過程であるような気がします。今までやってきたことのマイナス面だけにとらわれずできたことをふまえた上でこれから「どうしていきたいのか?」を少しずつ具現化していっていただければと思います。
(舘野歩)
「不安の『モグラ叩き』から脱するには?」'09.2
Pさんは、「結婚してから、漠然とした不安、妻は幸せじゃないんじゃないか、私以外に好きな人がいるのではないか、会社で異動させられるんじゃないか、など、考え始めると何も手につかなくなってしまいました」。とあります。
Pさんは、日常生活で次から次へといろいろなことが心配になり、リラックスできない状態が続いておられるようですね。このように不安が特定のことに限られず、漠然と様々なことに広がっている状態は浮動性不安(自由に漂う不安)とか全般性不安と呼ばれます。こうした絶えざる心配に見舞われている人は、たいてい頭痛、頭のふらつき、肩こり、筋肉の緊張、発汗、脈拍の増加、浅い眠りなど身体のほうにも緊張が現れており、それだけに疲労感も自覚しやすいようです。生活を妨げるほどの強い心配が長期間にわたって持続する場合は、全般性不安障害(かつて不安神経症と呼んでいた病態のうち、不安が持続するタイプ)と診断されます。
全般性不安障害には、一般に抗不安薬やある種の抗うつ薬が有効です。このフォーラムは薬を中心に考える場でありませんが、薬でも何でも味方になるものは利用するという考えでよいと思います。その上で、Pさんが考えておられるように森田療法を学んで、事態を積極的に打開する手がかりをつかんでいただきたいと思います。
Pさんのように様々なことへ心配が広がっている人は、ともするとひとつひとつ不安になるたびに、その不安を解決しようと焦ることが多いのです。たとえば子供が交通事故に遭ったのではないかという心配に駆られて、度々学校に電話して無事を確かめていた患者さんもいました。しかし、浮動性不安(全般性不安)の特徴は、次々にいろいろなことに心配が移っていくことですから、一つの心配が解消したとしても、すぐ別のことが心配になってしまいます。ちょうど不安の「モグラ叩き」のような按配になり、しかもゲームと違って数分で終了するわけではありませんから、切りなく叩いているうちに疲れきってしまうのです。また、たとえば奥さんの気持ちを繰り返し問い質したりすれば、いくら夫に対して愛情豊かな奥さんでも時には少し苛立った態度を示すかもしれません。そのような苛立ちを見て、「妻は幸せではないのではないか」と一層心配になることだってあるかも知れません。このように不安のモグラ叩きをしているうちに、かえって不安をつのらせることが少なくないのです。
Pさん、こうした苦しい状態から脱するには、まず上記のような不安の性質をよく知り、「モグラ叩き」を止めてみることです。苦しくても、心配なことをすぐ確かめようとせずに、時間をおいてみましょう。
まともに相手にしなければ、不安はひとりでに流れていくものです。Pさんは「考え始めると何も手につかなくなってしまった」ということですね。このように、心配事について堂々巡りの考えに陥っているときは、たいてい行動が止まっているものです。対処のヒントはここにあります。堂々巡りに入っていると気づいたら立ち上がって、机の上の片付け、書類の整理、風呂掃除、なんでもいいので身を動かして行動してみましょう。この場合、なるべくテキパキと動いていくことがコツです。そうすれば、じっと考えに耽っているよりも、不安は早く流れていくことが実感できるでしょう。
さらに言うと、心配の種になるのは、普段大切に考えている事柄す。Pさんはきっと愛妻家なのでしょうね。それならば、その愛情を生かし、奥さんが喜びそうなことを積極的に実行に移してみてはいかがでしょう。何をすればいいか、それはPさんがよくご存知のはずです。
(中村 敬)
「短気は損気。喜びや楽しさは、後からじんわり出てくるもの」'09.3
Nさんはパニック発作に悩んでいらっしゃいますが、それに加えて、結婚や仕事など将来のことや新しいことに対する不安との付き合い方にも悩んでいらっしゃるようです。保障されていない将来、先が見えない未来というのは、やはり不安ですよね。誰しも、傷つきたくないし、失敗はしたくないと思うものです。これは、人間が持っている本能的なものかもしれませんが、それだけ安全を求めているということでしょう。こうした思い(不安)が強いということは、言い換えれば、それだけ「幸せになりたい!」という欲求が強いということです。
これは、生きていく上でとても大切なパワーと言えます。ただし、100%の安全を確保しようとするあまり、0.1%の危険性も排除しようとしたら・・・? おそらく、どれもこれも不安で身動きがとれなくなってしまうでしょう。パワーが一転して、ブレーキになってしまうのです。
人は、何か行動に移すとき、それに対する見返りを期待するものです。特に努力が必要なものであればあるほど、また求めるものが大きければ大きいほど、目に見える形で成果を期待します。これは自然な心でもありますが、そこにちょっとした落とし穴があるのです。期待をして思うような結果が得られなければ、当然落胆する・・・その「思うような」のところが落とし穴の入口です。つまり、判断するタイミングが早すぎたり、“理想”がいつの間にか“当然”になってしまう・・・という落とし穴です。
Nさんも、不安だから早く結果が欲しい、辛い思いをした(する)のだから、それ相応の成果が欲しい、と急いでいるところはないでしょうか?文面からは、何とか手がかりを見つけようと努力している様子がうかがわれますが、いつも不全感や心もとなさが残ってしまって、果たしてこれでいいのだろうかと不安に思っておられるようです。
不安だから手がかりを得ようとする、その気持ちが、気づかないうちに結果を急ぐことになっているのかもしれません。あるいは、目に見えない何かを追いかけるあまり、足もとにある小さな変化や喜びはたわいないものとして流されてしまっているのかもしれません。じれったいでしょうが、結果が出るには時間が必要です。それが出る前に、意味がないと諦めてしまっては、可能性を自ら捨ててしまうことにもなりかねません。短気は損気・・・。あぶり出しを待つような気持で、何が経験できるのかをもう少し待ってみませんか?「結婚できるのか」「新しい仕事をやっていかれるのか」と不安に思うのも、すべて「幸せに暮らしたい」と思うからこそです。見えない将来の結果よりも、そこに続く道のりとして、「今」の生活の中で小さな喜びを探してみたらどうでしょうか。無理にチャレンジしようとか、頑張るのではなく、気力がないままに・・・。
そんな道のりを歩んでいく時に役立つのが日記です。不安神経症のグループでは、皆さんが日記をつけて共有していますが、これはとても良いことだと思います。自分の生活を振り返るだけでなく、他の人の日記を通して改めて気づくこともあると思うからです。ご自分の日記を、少し間をおいて読み返してみるのも良いでしょう。案外、あぶり出しのように、かつては思いもしなかったことをじんわりと感じるかもしれません。
(久保田幹子)
フォーラムで『あやかる』『つられる』'09.4
いつもながら、いやいつも以上にこの部屋のやりとりは活発です。そこで、やり取りをお読みして、感じたこと、少し付け加えることをお書きしたいと思います。
Mさんの「今日は久しぶりに最悪で症状がつらくて最後まで踏ん張れなかった」という書き込みにuemyさんがご自身の体験を踏まえて「お気持ち、わかります!」と共感し「今答えを急がないで」とアドバイスされ、MAさんのアドバイスがそれに続いています。フォーラムならではのやりとりですね。
フォーラムや身近な人で「いいな」と思う人に接し素直に「あやかる」ことは、回復への動きにつながります。森田先生も「あやかるとは、うらやましくて、その人のようになりたいと思い、その人の謦咳(けいがい)にでも接することである」と書いておられます。
「行動本位」が大切と十分理解はしていても、「行動するべき」という自分の意思だけで動き出すのは本当に難しいこと。そうしたとき、身近な人の動きや、あるいはフォーラムの先輩の動きに触れてみると案外「つられて」行動に入れるものです。ダンスのステップなどでも自分の頭で考えている時はこんがらがってしまうものが、先生と一緒に体を動かしてみると自然に踊れてしまうようなこともありますよね。
また、MさんやUさん、Nさん、Wさん・・皆さんの書き込みにこれだけのレスポンスやアドバイスがあるのは、具体的に、うまくいかなかったことも含めて正直に書き込まれているからだと思います。「正しい取り組みを書かなければならない」「行動したことを書かなければならない」「我慢して頑張らねばならない」と構えてしまうと、悩みを抽象的にしてしまい、相手にも伝わらない、自分でもどこから取り組んでいいかわからず圧倒されるようになってしまいます。具体的に、正直に書くということは、「人に知られたら恥ずかしい」という構えを超えて、「よくなりたい」という気持ちを生かすことにもつながっていくことでしょう。
Uさんの「あるがままがまだまだ」という表題、響きもよくてなんだか気に入ってしまいました。「あるがまま」、柔らかい言葉ですが「こういうことかな」とわかったように思っても、また何日か経つと「あれ・・」とわからなくなって。そんな繰り返しの中ですとん、と見えてくるのが「花は紅、柳は緑」なのでしょうね。
(塩路理恵子)