
- 対人恐怖'98.11
- 強迫観念症には、強迫神経症と恐怖症が含まれます。掲示板に発言されている方の大部分は、恐怖症特に対人恐怖の人たちです。視線恐怖、赤面恐怖、電話恐怖、におい恐怖(自己臭恐怖と呼ばれます)、その他対人関係で悩む方などさまざまな恐怖が述べられています。対人恐怖の人は単に人が恐いのではありません。自分の弱点と思える症状が他の人にどのように思われるか、嫌われないか、避けられないか、を恐れ、またそのような自分がいやで受け入れることが出来ません。いってみればわれわれが人間関係で悩むことを鋭く、強く、激しく悩んでいる人たちといえましょうか。それだけ普遍的な悩みの一つであると思います。それは思春期にも、青年期にも、成人期にも、そして中年期でも表われてきます。また欧米では社会恐怖(社会的、対人的状況への恐怖)として1980年頃から知られるようになりました。森田療法の考えが役に立つと共に、集団での経験(発見会などでのグル−プ体験)が重要です。またなかなかグル−プに入れない方は専門家に相談していくことが必要です。
- 森田の生涯学習の重要性'98.12
- “森田は生涯学習”という考え方はとても重要なことです。生活の発見会でも中間層のマンネリ化についてはよく話を聞きます。どうしても、ある程度自分の不安を克服できたと思うと次の段階が見えなくなります。森田の学習も惰性となります。しかしそれは生きること、生活すること自体もマンネリ化していることを意味します。このようなマンネリ化は常に起こります。森田療法の治療でもある時期にはマンネリ化がおこりますし、生活の発見会の学習でもでもそうですし、私たちの人生でもやはり同様です。初心に返ること、そして自分の欲望とはなにか、自分の人生とはなにか、をもう一度問い直すことが重要です。生の欲望の発揮にはマンネリはないでしょうから。
- ”盲従”ではいけない'99.1
- 心が行動へ向かっていない時期に目的本位、行動本位を強調すれば、自分で自分を苦しめてしまう結果になります。それが自分の神経症を強めてしまうこともあります。森田療法でいう行動本位、目的本位は、森田療法のめざす心のあり方へ到着するための一つの手段です。重要なことは自分を内省すること、自分の欲望を見つけていくこと、それに沿った行動を心がけること、自分を受け入れることなどです。まず森田療法に対して疑問を持つことは、その人の内省する力を養い、自分としての体験を獲得する最初のステップとなります。森田先生が嫌ったのは盲従です。その疑問を話し合うことから、自己理解や森田療法に対する理解も深まると思います。
- 対人関係で悩んだら..'99.2
- 若者らしいやりとりも盛んに行われているようです。学び、時には失敗し、挫折し、そこから成長する。大いなる目標に苦悩あり、苦悩の背後に欲望あり、人生のドラマは始まったばかりです。会社の同僚や上司などが嫌いですぐ態度や顔の表情に出てしまう悩みも対人恐怖の一種です。明るく振る舞わなくてならないし、それに疲れてしまうし。対人関係をうまくやろうとすると、失敗します。嫌なやつは嫌なやつ、変えようがありませんが、それと仕事は別と言い聞かせ、とりあえず仕事に注意を向けてみることが大切です。仕事に入ることで、嫌だという感情も変化するかもしれません。
- ”生の欲望”に気づく'99.3
- 集談会で自分の悩みが十分伝えられない、わかってもらえないという悩みは、人間にとって受け入れられることの大切さを表しています。悩みをうまく生かして、自分自身をよく理解できたらよいと思います。私たちはこのような悩みから自分を理解し、成長していくものです。このように自分を表現できたことは大切なことです。またここでのフォ−ラムでは重要な議論がなされています。離人感についての苦しみなども挙げられています。生きることの意味を探し、それを求めすぎると、逆に生き生きとして自分の感情を感じられなくなります。われわれには自ずからわきあがる悲しみ、苦しみ、喜びなどさまざまな感情があるはずですが、あることにとらわれるとそれすら注意を向けられなくなります。一つ一つの生活での行為とそこでの感情を大切にしながら過ごされるとよいと思います。悩みの背後に自分の欲望、森田では生の欲望といいますが、それを発見し、発揮していくことがわれわれにとって生きるということでしょう。これには多分理屈は要らないことだと思います。
- 対人恐怖の裏側に..'99.4
- 引きこもっている青年からのメッセ−ジが届いています。対人恐怖で悩む人は、人と接することに恐怖を持ち、そこから回避しようとしてしまいます。しかし人と接触することを避けていては問題の解決にはなりません。それは人と接するのが恐いという気持ちの背後に人一倍、人とうまくやりたい、他の人に認められたい、人間的交流を持ちたいという欲望があるのです。それをどういかすかです。人に認められたいと思う気持ちが強くなりすぎると、逆に人と接するのが恐くなります。あまりに強い人と円満な関係を持ちたい、人に評価されたいという欲望をほどほどに、自分なりと修正することも重要です。対人関係に悩む人は、一般に内弁慶で、家ではそれなりに過ごせますが、外ではだめなのです。人とうまくやるより、まず出来る仕事を優先すると発想を変えてみたらどうでしょうか。目の前の人とうまく付き合おうとする気持ちをとりあえず棚に上げてみて、まず自分で出来ることは何かを問うことです。そこから、むしろ人との関係が築けるようになります。人が周囲が見えるようになります。それが出来て始めて、他の人と人間的交流を持ちたいという本来の欲望の発揮が容易になります。
- 事実唯真'99.5
- 事実唯真がテ−マです。フォーラムにも具体的に述べられていますので、参照ください。さらに私の感想を付け加えると、結局われわれは現実と幻想のはざまで生きている。自分の思い込みからさめることが事実唯真で、そのためにはさまざまなことを知ることが重要なのでしょう。特に自分の弱さを知り、それを受け入れることが心の器を大きくし、そこから自分としての真の強さも知ることができると思います。
集談会に参加できなくて悩んでいる方がいます。集談会のあり方に疑問を持っているからです。このような時こそ、もう一度自分における森田療法を考える絶好の契機です。それは突き詰めていえば、自分の生き方への問いであり、自分の人生を見直すチャンスです。そこから新しい自分の気づき、発見、修正が見えてくると思います。
- 自己中心の克服'99.6
- 確かに私たちが成長するには自己中心性(わたくしはそれを我執と呼びますが)の気づきと修正が必要です。それは単に神経症を克服するという次元を超えて、私たちが生きるというそのもの、あるいは人生そのものと関係します。
- 予期不安について'99.7
- 予期不安ということについて考えたいと思います。手が震える、司会がうまくいかない、声が震える、吃るなど、私たちはどうしても人前での失敗を恐れます。そして失敗をあまりに恐れると、失敗したらどうしようという予期不安がつのってきます。これが曲者です。この不安を除こうとすればするほど不安が強まり、そのような場面を避けてしまいます。失敗してもよい、人前でびくびくするのも自分と思い定めれば、この予期不安は幾分かは軽くなるものです。そこから今までと違った発想が出てきます。
- 対人恐怖'99.8
- 対人場面での悩みを持つ方たちがたくさんいます。現代の社会はそれだけ人付き合いが難しい社会なのかも知れません。われわれの人間関係では、一方で自己を主張することが要請され、他方周囲との調和が必要です。対人恐怖で悩む人は、この両者のはざ間で鋭く苦しむのです。これはなかなか解決できないことですが、自分の足元を固め、自分を成長させていくことが遠回りなようでもっとも着実な方法です。
集談会のような自助グル−プで最も基本的なことは、批判なしに共感し傾聴することだと思います。人の悩みをまず共感的に傾聴する態度が重要です。また、よくなった人の体験は、悩んでいる人に重要な示唆を与えます。
われわれは人の話を聞くことから自分の体験を深め、自分をよりよく理解出来るようになります。その上で自分の体験を絶対視しない立場からの助言は重要だと考えます。そのような相互作用から私たちは、自分を理解し、修正する機会を得ることが出来ると思います。
-
- 完全主義から自然体へ'99.9
- 対人恐怖という人と接することに苦痛、恐怖を持つ人たちが、人と多く接する仕事が向いているのかどうかということについて、心の体験フォ−ラムで話し合われました。恐怖の裏に生の欲望があり、そして人はその欲望を決してあきらめることが出来ない。従って自分の欲望をどのように見つけて、発揮していくのか、が問題です。完全主義ではなく肩の力を抜いた60点主義あるいは自然体が望まれます。それにより自分の欲望をより素直に見つけることが出来ます。
- 率直に伝え、虚心に聞く'99.10
- 悩みの解決のためには、自分の悩みを率直に伝え、そして人の意見を虚心に聞くことから始めましょう。そこで重要なことは、自分の体験を絶対視しないことです。そこから心の成長、進歩が始まります。
フォーラムでは実用的なアイデアが提案されています。例えば「森田の言葉をいろいろな場所にはっておいて、迷ったとき、悩んだときに見ていく」というものです。行動療法でも勧める方法の一つです。強迫観念が浮かんだり、強迫行為をしたくなると、ポケットからそれを禁じる言葉の書いたカ−ドを取り出します。それを見ることで、とりあえず次の行動に移るように心がけます。古今東西人間のすることには多くの点で共通点があります。
- 強迫現象'99.11
- 強迫現象ということについて感想を述べます。フォーラムで発言されている方々を私は簡潔に完全主義者の挫折だと理解します。現代社会は常に完全であることを要求します。私たちも完全でありたいと思うわけですが、それが行き過ぎると自分で自分を縛ってしまいます。元来不完全な私たち人間を認めていくことから、私たちは成長し、自分の完全欲を現実に生かしていけると思います。
-
- イライラする時は'99.12
- わたし達がイライラするときにその原因は多くのものがあります。しかしそれが耐えがたいものである場合は、「今ここで」の生活が充実していないことが多いようです。そのときには、イライラの原因を探るよりも、どうしたら自分としての充実した生き方ができるだろうか、と発想を変えて自分の生活の再点検をしてみたらいかがでしょうか。自分の生活がそれなりにやれてくれば、森田の言う感情の法則が体験できると思います。
- 完全を求めない事'00.1
- 対人関係での悩みが多く寄せられています。現代は人間関係が希薄な時代ともいわれますが、それゆえに、多くの人たちは対人関係で悩むのです。
わたしたちは元来対人関係で傷つきやすいものです。なかなか自分の感情を率直に表現できないものです。そして対人関係は行き詰まりやすいものです。まずは自分がなにが苦手なのか、恐怖なのか、そしてその背後にある自分の欲望とはなにかをしっかりと見てみることが重要です。
恐怖の後ろに必ず欲望があり、恐怖を取り除こうとするよりも欲望を発揮すること。あまり完全を求めないことが大切です。それとともに傷つくことを恐れるあまり、防衛的になり、元来の人と接触したい、人と何かを分かち合いたい気持ちを見失なわないこだと思います。
- 不安の逆説'00.2
- わたしたちは、不安恐怖になったときに、「なぜ自分がこんなに苦しまなくてはならないのか」「他の人は楽しく人と話しているのに」「他の人は何の人間関係の問題もないようにみえるに」とわれとわが身をのろい、自分の運命を嘆くこころがその不安を耐え難いものにします。
不安の逆説を体験することの重要性と言い換えることが出来ます。不安恐怖は、取り除こうとすると、結局自分で自分の不安を強めてしまいます。それがいつまでも追っかけてきます。不安恐怖はそれに入り込んでしまえば、不安の元来の変化し、流動するという体験をすることが出来ます。これをわたくしは不安の逆説と読んでいます。
- 不潔恐怖'00.3
- 不潔恐怖で悩んでいる人は多いようです。
不快な感じを持ちこたえ、放っておける心の態度を作る必要があります。強迫神経症の欲望はしばしば逆になりますので要注意。
不潔恐怖の人は不潔を恐れるあまり不潔となってしまいます。「清潔で気持ちがよいな」という元来の現実的な感覚を取り戻すことが肝心です。
- 薬物療法'00.4
- 以前に不安神経症のところでパニック障害の薬物療法について述べましたが、ここでは強迫神経症や対人恐怖の薬物療法の意味とその終結の仕方について述べましょう。強迫神経症に抗うつ剤SSRI(ルボックス、デプロメ−ル)が効果あることは知られています。しかしこの効果も症状をすっかり取り去るものではありません。強迫行為や強迫観念が減少する程度です。私は薬物療法と精神療法とは必ずしも対立するものとは考えていません。簡単にいえば急性期に薬物療法は必要ですが、その治療を終わらせるには精神療法が必須です。不安、不全感、不快な感情をそのまま受けとめられる心を作っていくことがより少量での薬物療法を可能とし、それが治療の終結に結びつきます。慢性期になればさらに精神療法の役割は大きくなります。
対人恐怖も、抑うつを伴う場合には薬物療法も一時的に効果を認めます。またアメリカでは社会恐怖(対人恐怖とほぼ同じタイプの神経症)にはある種の抗うつ剤の効果が認められるという報告があります。しかしその根本的治療は強迫神経症と同様に不安に対する心を作っていくことにあります。薬物療法で気をつけてもらいたいのは、自己判断による急激な服薬中断です。中断による症状の悪化が必ずみられ、それがまた薬物への依存や自分に対する自信をなくさせます。そのため主治医と相談して、精神療法と併用しながら減薬することがベストです。
- 森田療法'00.5
- 森田療法に関する考え方について意見を述べてみたいと思います。森田療法で得られる体験を Step1:理論森田 Step2:有森田(実践森田)Step:無森田(実践とかいう「言葉」さえ
「無」い)と分けて考えている方の例です。Step1:理論森田は高良先生のレベルで、発見会の体験発表はStep2:有森田(実践森田)だそうです。これも森田の理解のひとつでしょう。しかし私はこれにあまりこだわることには反対です。私が日頃から主張しているように、森田の読み方、理解の仕方はそれぞれの今までの人生、価値観、年齢、直面して
いる問題、そして現在の環境と密接に関連します。森田療法の理解に深い、浅い、ステップ1から3というレベルがあるとは思えません。それぞれの個人の問題に合った森田の理解があり、そこからどのように自己の問題を洞察し、解決していくかが問題です。そして固有で自然な生き方を見つけることが出来るかです。ある人はさまざまな自分が好きになる方法を探しました。これは心理学的用語で自己受容といい、苦悩の解決の最も重要な点です。そこで森田療法を基本に内観療法とアサーション(認知行動療法の技法の一部で自己主張訓練とも呼ばれます)が彼に合った方法だとわかりました。私たち森田療法に関わり、興味を持つものは、自分にあった森田療法、時代が求め
る森田療法をその本質を押さえながら、発展させていく、自分のものとしていく時代ではないでしょうか。
- 対人関係'00.6
- 現代は以前に比べて個人主義的となってきたといわれますが、やはり対人関係はわれわれの楽しみであると共に苦悩ももたらします。対人関係で悩む人は、仕事の場面は何とかなるが、皆がリラックスしたときに、どのように話したらよいのかについて悩みます。 このようなリラックスした時間でのコミュニケ−ションは、難しいもの。出たとこ
ろ勝負という開き直りが大切でしょう。 対人関係に悩むということは、他の人の評価に敏感で、それに合わせた自分を演じてしまうことです。それは結局自分の持ち味を殺すことになりかねません。自分は自分で、自分のそのままを少しずつ率直に表現することが大切だと思います。
- 「対人恐怖でも恋愛できるのか」'00.7
- 対人恐怖に悩む人たちは、何よりも人が好きです。人が好きであるということが恋愛をする第一の条件です。恐怖の背後に欲望あり。人に接近したい欲望が対人恐怖で悩む人は強く持っています。それがしばしば強すぎて、人の評価が気になりすぎてつらいのです。しかし実際にはそういってもなかなかすぐに思ったような恋は出来ないでしょう。また好きな人が出来ても、その想いばかりが募り、なかなかその気持ちをうち明けられないでしょう。しかしそれは誰もが、少数の人たちをのぞいて、そうなのです。まず身近な対人関係を大切にすること、そこでの率直な自己表現を心がけること、自分としての生き方を求めていくことが大切だと思います。その延長上に恋愛があり、結婚があるのだろうと思います。
- 不潔恐怖の解決'00.8
- 不潔恐怖で悩む人は、当然深刻ですが、それと共に家族の悩みも深いものがあります。どうしても家族を巻き込むことが多いからです。不潔恐怖の解決は、逆説的ですが、ほどほどに清潔に自分の住んでいるところや自分自身を保つことですが、それがなかなか出来ません。 何か汚れたものを見たり、想像するだけで、恐怖にとらわれてしまうからです。そしてその恐怖を消すために、手を洗い、あるいは汚れていないか家族に確認し、肝心な清潔であることがおろそかになってしまいます。
恐怖の対象を避けないで出来るところから手をつけていくこと、なるべく家族を巻き込まないこと、家族は完全に本人をサポ−トしようとはせず出来ることと出来ないことをはっきりさせていくことなどが重要です。
- 関係の中で生きる言葉'00.9
- 森田の言葉、あるいは森田療法の持つ知恵はさまざまなものを含みます。しかしそれが自分のこころに届き、ある種の感情を伴って「あ−そうだったのか」といつも思えるとは限りません。森田療法の言葉がこころに届くときには、悩むこころが軽くなり、今までと違った自分の理解に達すると共に前向きな姿勢が出てきます。それは多くの場合、人との関係、親しいそして信頼できる友人、同じ悩みを持つ人たち、あるいは治療者とのやり取りから起こります。言葉を生かすには、まず安定的な関係が必要なのです。森田療法を学ぼうとする人たちはある人を信頼できる能力を持っています。それが森田療法の持つ知恵を学ぶことを容易にします。
- 対人関係で悩む'00.10
- 対人関係で悩む人の多くは、人一倍人に認めてもらいたい気持ちが強いのです。そのために逆に人前では、緊張してしまい、目の遣りどころに困り、顔が引きつります。そしてそれが人にイヤな感じを与えているに違いないと悩みます。そしてこのように悩む人は、自分を殺して人に合わせてしまう傾向があります。
しかしこの悩みは単純なものではありません。一方、対人関係で悩む人は、誇り高き人です。人前でのそのような反応自体は自然で人間的なのですが、それを自分の弱い点と思い、受け入れることが出来ないのです。そしてそれを取り除こうとして、悪循環に陥ります。
人前での恐怖の背後に人と仲良くしたいという自然で健康的な欲望を意識し、まずは自分のすべきことをする、自分が何をしたいかを基準に考えていけると、その悪循環から抜ける手がかりがつかめると思います。
|
|