B.個々の症状とその対策

k.劣等感

神経質症状を有するほとんどすべての人に共通のことであるが、特に対人恐怖を持つ人には例外なしに劣等感が強いものである。何事につけても自分が人より劣っているように思う。人のように気がきかない、間が抜けている、理解力も、記憶力も、実行力も、何もかも劣っているように思われる。何事にも引け目を感じて、自分の顔や身体までみすぼらしいもののように思う。そうなるとますます引込思案になり、積極的行動を取らなくなるので、実際人並のこともしなくなって、人より劣っているという状態になってしまう。

ところが、かかる人々を我々が指導して種々なことをやらせると、実際は決して人より劣っているのではなく、真の劣等ではないことがわかる。彼らは完全欲が強いので、少しでもまずいところがあると、そればかりを問題にしてとらわれるのである。とらわれると自分の真の能力を正しく見ることが出来ない。メンタルテスト等やって能力が決して劣っていないことを証明しても、なかなか承知しないもので、まぐれ当りだとかいって、強情に自分の力を信じまいとするように見える。

本来劣等なものは己れの劣等を気にしないもので、真の低能者が己れの低能を悩まぬのと同様である。己れの劣等を欺く人は、真の劣等ではなく、完全欲の現われに過ぎないのである。生の慾望が強いから死の恐怖があるというようなものである。

劣等感に悩む人は、例えば鋸引(のこび)きをするにしても人よりうまくやれないという。ところが鋸引きを始めからうまくやれる人は少ないもので、彼らはすでに前から幾度もやっている人と自分を比較して自分がまずいと思うのであり、自分が練習していないことに少しも想い到らぬのである。また他人の苦悩は自分にはわからぬもので、他人は人前で楽に物をいう、楽に勉強し、仕事をしているように思う。そして自分だけが何事もすらすらとやれないものと独断しているのである。劣等感のとらわれは、自分が努力して大抵のことはやれるということを体験しなければ癒りにくい、苦しいから、劣るからといって慣れないうちに中止するようではいつまでも脱却することは出来ない。劣等感の人は食わず嫌いの人が多いのである。始めから出来ないものとして手を出さぬようでは、真の劣等者と同列におかれても仕方はないのである。
癒れば、劣等感があるということが、我々の努力、活動性を刺激して、精進の生活への拍車になることが理解されるのである。


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