大西 輝生
勒いつも胃の調子が気になる
私は17歳の時、虫下しの後にビールを飲んだ事がきつかけで胃を悪くし、それからの25年間、満性の胃弱に悩まされた。症状は、いつも胃の気分が悪く「胃のもたれ、胃の痛み、胸やけ」であった。たびたび薬局と病院に通いながらの生活で、胃の弱いのは私の持病と諦らめていた。病名は、胃アトニー・神経性胃炎。それに多少の胃下垂もあり、医師からは「あまり神経を使わないようにし、適度な運動と消化のよいものを食べる事」程度の指示であった。いつも顔色が悪くて痩せており、飲食の付き合いを避けては周囲の人に心配を掛けていた。
勒ついに栄養失調で病院へ入院
40歳を超えたころからは、風邪・扁桃腺炎・ゼンソク・冷え性などが加わって、会社をしばしば休むようになった。
このままではいけないと、漢方、鍼灸、ヨガといろいろな治療を試みた。ヨガでは少食を良しとし、食事の量を減らすことによって、胃の気分はすっきりしたものの、体重もそれに連れて減ってしまい、54キロあった体重が46キロ(身長は166センチ)まで落ちて、とうとう栄養失調で入院(内科)してしまった。検査の結果「極度の貧血、食欲不振症、胃の働きが鈍い」と診断された。入院していても胃の調子は一進一退で良くならず、それに加えて、半年後には、心臓や背中が痛むようになって、今度は心療内科へ転院した。心療内科では「不安神経症・食思不振症」との診断で、カウンセリングと自律訓練法を受けたが4ヶ月経っても一向に良くならず、途方に暮れる日々が続いていた。
勒自分と似た、たくさんの仲間がいた
その時、偶然に従兄弟から森田療法を薦められ「森田療法シリーズ」(「生活の発見会」発行)を読む機会を得た。森田療法の本は、今までに雑読した医学書と異なり、実に明快に自分の胃の悪い原因を教えてくれた。つまり、自分の性格が原因で作り上げた病気だと言う事である。私の神経質な性格が胃の気分の悪いことを気にしすぎて過大に受け止め、それが自己暗示となって悪循環し、固着したものである。さつそく森田療法に関する本を全て購入し、胃腸神経症の項目をあさるように読んだ。それまでは私のような胃の病を持つ人は、どこにもいないと思いこんでいたが、森田療法の本のなかには私と似た症状の事例がたくさん掲載されており、自分にも同類がいた事を知って、森田療法を試してみる決心をした。
勒胃の不調でも食事はする
最初はおそるおそる実践に入った。本の理論と事例を頼りとした自己判断での試みである。胃の不快感はあっても1日3食必ず食事を摂る、少量でもよい、とにかく3回食べることから始めた。無理に食べれば次の食事の時には必ず胃の気分は悪い、しかし、それでもまた無理に食べる。もし、消化しなければ嘔吐するはずだと思って食べた。そして少しづつ量を増やしていった。その過程で、本の中の先輩諸氏の体験記は、私に大変勇気をもたせてくれた。森田療法の治療で一番大切な実践は「ハラハラビクビクしながら、なすべきはなす」を私なりに応用して「ハラハラビクビクしながら、食べるべきは食べる」とした。どんなに胃の調子が悪くても、自分の胃の神経は狂っているんだと思って実行した。当然、食後には、胃が痛んだり、つかえて苦しかったり、頭痛がしたりする。また、夜に腹が張って眠られなかったこともあったが、それでも食事を抜くことはなかった。過去は胃を大事にして駄目だったのだから、今度は荒っぽく「押してもだめなら引いてみよ」「逆もまた真なり」と開き直った心境だった。森田先生も「疑いながらもやってみる、これが科学する心だ、神経質は森田療法で必ず治る」と言っておられる。
やがて1ヶ月経ち2ヶ月が経つうちに、だんだんと食事に自信がついた。「やっぱり、私の胃の悪かったのは神経質症だった」と確信した。それからも食事の量を増やし人並みの量になるには3ヶ月を要した。その間に体重は48キロから58キロとなり、その後も増えつづけ、6ヶ月後には62キロになった。
それから既に20年を経過している。
胃薬の要らない生活、人並みの食事、お酒は人並み以上で、いたって健康な日々を送っている。森田療法とその出会いに深く感謝する者である。(筆者=メンタルヘルス岡本記念財団・理事)
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